イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト

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67.ベテラン俳優はモブ役者に光を当てる

 たった今、権藤ごんどうさんから言われたセリフに、フリーズしてしまう。
 だって『変わった』のではなく『もどった』だなんて、まるで元の僕の演技をおぼえているかのような発言だ。
 僕の記憶するかぎりでは、これまで共演したことなんて、一度もなかったはずなのに!?

「あぁ、そんなにあわてなくて大丈夫だよ。君との共演は、このシリーズがはじめてでまちがいない。ただ私が勝手に見て、知っていただけだから」
 もしや忘れているだけで、過去に共演したことがあっただろうかとあわてる僕を気づかうように、権藤さんは笑みを深める。

「えぇと、あれはたしか……『戦国の修羅』だったかな?2~3年前の年末にやった特番時代劇に出ていただろう?」
「あ……はい、そうです、ね……」
 ずいぶんとなつかしいタイトルが、権藤さんの口から飛び出してきたことに、少し面食らってしまう。

 今、権藤さんが口にした『戦国の修羅』という時代劇は2年半ほど前、まだ東城とうじょうと出会って間もないころに放送された、僕にとってはある意味で忘れられない作品のひとつだった。

 主演は大手事務所に所属する、確かな演技力に定評のある中堅の俳優さんだった。
 殺陣たてにしたって、これまでに何度も舞台やテレビの時代劇でつちかってきた技術があったから、それとあいまって実に骨太な演技で魅せてくれたのだけど。
 その主演の俳優さんバーターとして出ていた後輩のイケメン俳優が、僕にとっての鬼門だった。

 その大手事務所にとって絶賛売り出し中という彼は、主に女子中高生を中心に支持を集めていて、そういう意味では、ふだん時代劇を見ない層の視聴率を稼ぐために必要な存在と言えた。
 けれど残念なことに彼には、時代劇に出演するために必要なあれこれ───主に演技力と殺陣の技術が欠けていた。

 演技をすれば独特な抑揚のついたセリフまわしが大仰すぎて感情がまったく伝わってこず、何度指導をされても一向に変わることはなかった。
 さらに殺陣をすれば抜刀や納刀はおろか、所定の手数てかずすらおぼえられずに太刀筋はよれまくり、切り結ぶ敵役のベテラン役者すらもタイミングを見失ってしまい失敗させるという、絶望的な実力の持ち主だったんだ。

 とはいえ、そんな状態であろうと番組のメインスポンサーの意向は、くまなきゃいけない。
 だからその残念なイケメン俳優くんには、物語のカギをにぎる主人公の弟役という、おいしい役どころをあたえ、ことあるごとに出番を用意することになっていた。

 もうこの時点で、その後の展開が容易に予想つくと思う。
 実際、あまりにもひどい出来栄えに何度も撮り直すことになり、監督をはじめとするスタッフさんたちは皆あたまを抱えるはめに陥っていた。

 その一方で、当時の僕はどんなに見切れる位置でも、絶対に手は抜かずに細かなところまでしっかりと作り込んだ演技をしていた。
 そのイケメン俳優の巻き起こす事故演技に辟易としていたスタッフさんたちには、そうした僕の演技が、ある種の光明に見えたのだろう。

 できると知るや殺陣師さんもいろいろとむずかしい手をつけてくれたし、監督もまた、その期待に必死にこたえようとする僕の演技を評価して、何度も抜きで撮ってくれた。
 おかげで、当初の予定よりも僕のもらった役はずいぶんとおいしい役まわりになりそうだったのだけど、そこはそれ。
 そううまくはいかないのが、世の常だ。

 このままでは主人公の弟役の彼よりも僕のほうが目立ってしまうからと、スポンサーや主演の俳優さんの所属事務所をはじめとする方々への忖度が行われることになってしまって。
 ふたをあけてみればテレビで放送される際には、編集で削られすぎて僕の出番がほぼなくってしまったという、いわくつきの作品だった。

 もちろん僕も当時『無名の役者が調子に乗るな!』と番組のプロデューサーから、それはもう厳しくお叱りを受けた。
 当初は、なぜこんな理不尽なことを言われなければならないのかと思う気概はあったけれど、それにくわえて別件で颯田川プロデューサーからの連日の罵倒もあり、とうとう演技で目立つことにたいして恐怖をおぼえるようになってしまったわけで。

 その経緯を思えば、もはやトラウマの原因のひとつと言っても、差し支えないような気さえする。
 だからそんな現場のことを、特におなじ事務所の人が出ていたわけでもない権藤さんが、なぜ知っているのだろうかってことがふしぎだった。

「……実はね、あの現場のカメラマンのひとりとは長年のつきあいがあってね、見せてもらったんだ───『幻のお蔵入り映像』を」
「えっ?」
 なんだって……?!
 とっさに権藤さんの言う単語の意味がわからなくて、首をかしげてしまった。

 でももし、その時代劇に『幻のお蔵入り映像』なんて呼ばれるものがあるとしたら?
 そこにはきっと、あのときほとんど削られてしまった僕の演技や殺陣がのこされているんじゃないだろうか。
 そう思い至った僕に、権藤さんはゆっくりと口をひらいた。

「あぁそうだ、そこには編集でカットされてしまった君の演技のすべてが収録されていた。今でも当時のスタッフをやっていた友人たちと飲むと、いかにひどい現場だったかという話になるくらいでね。『スポンサーの意向さえなければ、もっとタイトルロールにふさわしい、素晴らしい作品に仕上がっていただろう』と、ね」
 ツラそうに眉をひそめる権藤さんに、閉ざされていたはずの当時の感情がよみがえってくる。

「っ、それは……」
 どれだけいい演技をしようと、僕なんてしょせんは端役が似合うモブ役者にすぎないんだって、そんな卑下する気持ちとともに、それとは真逆の怒りにも似た、芸能界の持つ理不尽さをなげく感情がわきあがってくる。
 それは、全力の演技とともに己のなかへと封じていたはずの思いだった。

 得意な殺陣と演技がその道のプロであるスタッフさんたちに認められ、もっと見たいとばかりに撮影現場でいきなり出番が増える。
 あのときだって、たしかに僕は持てる己の力のすべてを出して、成功をつかもうとしていたのに。
 でもそれは、スポンサーの意向という『権力』の前には、決してゆるされないことだったんだ。

『お前のようなモブ役者が、画面に出たところで映えやしない』
『いい演技をしようなんてこざかしいことはかんがえないで、無難な演技をして引き立て役に徹していればいいんだ』

 耳の奥によみがえるのは、当時その番組のプロデューサーに叱られた際に言われた言葉だった。
 それとまったくおなじことを、颯田川さんにも言われたっけ───あっちはもっとひどい言いまわしだったけれど。

羽月はづき君、私はね、芸能界は『夢のある世界』だと思っているんだ。学歴や家柄なんかも関係なく、だれでもトップを目指すことができるという」
「はい、そうですね……」
 たしかに芸能界には、そういう一面もあると思う。
 実際には、そう甘くもないのだけど。

「もちろん現実はそんなに甘くないから、そこには嫉妬や欲望、金銭なんかも絡んでくるのだけれど。でもだからこそ───『実力は正しく評価されるべき』だと思っている」
 こちらを見つめる権藤さんの瞳は、まるでドラマのなかで犯人を説得しているときのように真剣で、そしてその奥に満ちる慈愛の心がにじむものだった。

「権藤さん……」
 この人は今、僕に大事ななにかを伝えようとしているんだってことが、それだけで伝わってくる。
 よけいな言葉を差しはさむより、すなおに耳をかたむけたいと、そう思った。

「───私が見たその『秘蔵映像』というのはね、当時のスタッフがどうしても君の演技をそのままお蔵入りさせたくなくて、スポンサーには絶対に内緒で、寝食を惜しんで必死に再編集したものでね。存在することは一部のスタッフしか知らないものだ。友人があまりにもくりかえし褒めるものだから、気になって2年ほど前に見せてもらったのだけどね……」
 と、そこで権藤さんはいったん言葉を区切る。

「それを見た瞬間、私は激しく後悔した。なぜ、この現場に参加できなかったのかと!君の演技は、思わず我を忘れて見入ってしまうほどの熱量を持っていたし、それと同時にこの才能を埋もれさせるしかなかった共演者たちを恨んだよ。どうして周囲の大人が守ってやれなかったのかと!」
 そのセリフににじむ怒りのとおり、白くなるほどに強くにぎりしめられたこぶしは、小刻みにふるえていた。

「君が見せた、怒りのあまりにまとう空気すらも塗りかえていく演技は、本当に素晴らしかったんだ!見ているだけでゾクゾクとして、気がつけばふるえが走っていた。私も長年この業界にいるのだけど、あのときの君に感じた衝撃は、とても言葉では言いあらわせないくらいだよ」
「ありがとう、ございます……っ!」
 うれしさのあまりに、鼻の奥がツンとなり、一瞬にして視界がにじんでくる。

「君が負けたのは実力とは関係のない、いわば『大人の事情』というものでしかない。そんなくだらないもののせいで、君のような才能あふれる若き役者がつぶされるなんて、あってはならないことだと思った───だから『是非に』と、オファーをかけたんだ。幸いにしてこの現場なら、私にもそれなりに発言権があるからね」
 そうして権藤さんはおどけたようにウインクをしてきた。

「権藤さん……!!」
 こんなにも前から、権藤さんが僕を評価してくれていたなんて知らなかった。
 よく言われる『たとえその場で評価をされることがなかったとしても、腐らずにいれば、きっとだれかが見ていてくれる』なんていうのは、ただのきれいごとでしかないと思っていたけれど、本当にあり得ることだったのか……!

 カァーっと、からだの芯から熱くなってくる。
 これは己の演技が認められたことにたいする、純粋なよろこびだ。
 そしてそれとおなじくらい、これまでの僕が権藤さんの期待を裏切ってしまっていたことがくやしくてたまらなった。

 だって僕はあの現場での一件と、そして東城と共演をしていた現場での一件があって以降、すっかり無難な演技しかしないモブ役者になり下がってしまっていたのだから。

「僕は今まで、そんな権藤さんのお気持ちを裏切ってしまっていたんですね……なんとお詫びしたらいいのか……」
 気がつけば目からは、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。

「さて、君にこのシリーズに出るようオファーをして出演してもらってから1年半がすぎたわけだけど、今度こそ、その実力を余すことなく見せてもらえるね?」
「はい、必ずや権藤さんからの期待にこたえてみせます!!」
 僕にとって、絶対に破ることのない『誓い』のような気持ちを込め、大きくうなずいたのだった。
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