イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト

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68.モブ役者は、落ち目のイケメン俳優に嫉妬される

 あれから休憩時間が明けて権藤ごんどうさんと沼田ぬまたさん、主役のおふたりの個別シーンの撮影がはじまっているころ、僕はスタッフさんに呼ばれた控室で、との対面を果たしていた。
 この後に待ちかまえている撮影は、僕とその人とのシーンになるから事前に引き合わせておこう、ということらしい。

 だけど正直、こんなキャスティングが行われているとは思ってもみなかったというか。
 久しぶりに生で目にしたの姿に、衝撃が広がる。
 もちろん、彼自身がなにか悪いことをしたわけではないし、なんなら権藤さんにお借りした台本を読んでいた際にセリフをおぼえるほうにばかり気を取られて、うっかり配役のページを見逃がしてしまっていた僕のほうが悪いのだけど。

「どうもー、西尾にしお斎樹いつきです。今日の撮影では相手役ということで、よろしくお願いします!」
 サラリと流れる黒髪をゆらし、一目見ただけでまぶしいくらいのイケメンであるとわかる彼は、笑みをうかべたまま握手を求めるように手を差し出してくる。
 そのしぐさはあくまでもさわやかで、若い女子たちに人気があるというのもうなずけた。

「……どうも、羽月はづき眞也しんやと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
 けれど僕にとってはそれどころではなく、とっさにどうリアクションを取ればいいのかわからなくなって、その手を取るのが一瞬遅れてしまった。
 そうして、どうしても先立ってしまいそうになる苦手意識を必死に押し隠し、けっして初対面ではないはずの彼に笑顔を向ける。

 それもそのはず、目の前に立つ西尾と名乗った彼は───先ほど権藤さんが話題にしていた、2年半前に放送された年末特番時代劇、『戦国の修羅』の主人公を演じた俳優さんの後輩であり、物語のカギをにぎる主人公の弟役を演じていた少年だった。
 今はあのころよりも少し年齢を重ね、少年というよりは青年に近くなってきているのだけど。
 まぁそれはさておき、スポンサーからのごり押しを受けておきながら、壊滅的な演技と殺陣のせいで、現場に大いなる混乱とダメージをあたえていた例の彼だ。

 その彼が今、今回の犯人役───つまり僕の演じる役の友人役として、目の前にあらわれたわけだ。
 こんなのどうかんがえたって、とまどいをおぼえずにはいられないだろ!
 だって、よりにもよって彼が演じるのは、『』なんだから。

 視聴者からは『2時間サスペンスドラマを見ていて、途中に大物演技派俳優や人気のタレントが出てきたら、それがどれだけいい人そうに見えようと、まず犯人だと思え』なんて言われてしまうこともあるくらい、人気や実力をかねそなえた大物をあてることが多い役柄なんだ。

 つまり、それなりの演技力や知名度が要求される、ある意味でおいしい役でもあるわけで。
 それなのに、そんな大役を壊滅的な演技力だった彼にまかせてしまって大丈夫なのだろうか?!
 とっさにそんな心配がわきあがってくる。

 ギュウゥッ

「っ!」
 まさか、そんな失礼なことをかんがえていたのが顔に出ていたのだろうか、あいさつ程度で軽くにぎっていただけの手に突然、まさかのにぎりつぶされそうなくらいの圧力が込められた。

「あ、あのっ!?」
「───あぁ、すいません!最近ちょっと時間ができたので、からだを鍛えているものだから。うっかり握力強すぎましたかね?」
 まるで敵意を見せる相手への宣戦布告のような握手に、とまどいの声をあげれば、すぐに笑顔であやまられた。

「……いえ、大丈夫です」
「本当ですか?今をときめく人気のスター俳優さんにケガなんてさせたら、ボクがお叱りを受けちゃいますからね、気を付けてくださいよ?」
 気のせいだろうか、こちらを気づかうようなセリフを口にしているのに、その目はちっとも笑っていない。

「そんな、スター俳優だなんて、とんでもないですよ。僕はただの若輩者ですから」
「またまたご冗談を!最近はネットでも話題になっていたじゃないですか、ねぇ『』?人気絶頂のアイドルからは妄信的なまでに慕われて、それに天下の『三峯みつみねミステリー』では原作者の先生にも相当気に入られたみたいじゃないですか!いったいどんな手を使ったんですか?ぜひとも教えてくださいよ~」
 ひとまず否定をすれば、語尾に重ねるようにすばやく否定がかえってきた。

 なんだろう、こちらを褒めているようでいて、その実、ちっとも褒めてはいない。
 いわゆる慇懃無礼というヤツだろう。
 なんならそれは言い方を露骨にすれば、『モブ役者ごときが、人気のある人たちからちょっとくらい気に入られたからと言って、つけあがるなよ』と、くぎを刺されたようなものでしかないと思う。

「えっと……その、よくご存じですね…?」
 でも失礼だと怒りをおぼえるよりも先に、とっさに浮かんできたのは、僕の本心からの言葉でもあった。
 だって、彼にとっての僕なんて『はじめまして』とあいさつされてしまうくらいには、記憶されていない存在でしかないはずなんだから。

「やだなぁ、そんなに謙遜しないでもいいんですよ?どれも誇るべき功績じゃないですか!」
 ……うん、笑顔に見えても、やっぱり彼は全然目が笑っていない。
 まるでむき出しの敵意を向けられているような相手の態度に、どうにもとまどってしまう。

 こんなの、向こうが僕にたいして嫉妬しているみたいな感情を向けてくるなんて、ありえないだろ!
 相手にたいして遺恨のようなものを抱いているのは、彼を目立たせるために出番がカットされまくってしまった僕のほうだけだろうに。
 なんだろう、そこに妙な引っかかりをおぼえてしまう。

 過去に共演したことがあるといっても、例の時代劇の現場では直接絡むこともなかった。
 第一、僕はあのころから芸名を変えてしまっているし、所属の事務所だって変わってしまっているわけだしな……。

 ただ、心あたりがまったくないというわけでもなかった。
 今回僕はあわてていたから見落としてしまったけれど、ふつうならば台本が配られたら、まず配役のページから確認するものだ。
 そこで知らない名前があれば、共演者に失礼がないようにと、ある程度調べたりもするわけで。

 まして今回の彼は僕の役と友人関係にある役どころなのだとしたら、多少なりとも興味を持つだろうし、いっしょのシーンも多いだろうからと、場を和ませるために共通の話題を探そうとするだろう。
 そうすれば僕の名前はこのごろネット上で、矢住やずみくんの名前や三峯先生の名前なんかとともに出てくることも多い。
 僕の名前は知らなくても、彼らの名前は有名だから、無名な役者が分不相応な活躍をしていると思われてもおかしくはないという推測が立つ。

 それになにより、問題は彼自身にもあった。
 なぜならば彼は、このところテレビでの露出が減る───いわゆる『落ち目』と言われるような状況に陥っていたからにほかならない。

 もちろん、あの時代劇以降もしばらくは、所属する大手芸能事務所やスポンサーからのひいきを受けて、一流メーカーのCMキャラクターを務めたり、テレビの人気バラエティ番組のレギュラーを務めたりだとか、ラジオでも冠番組を持ったりと、大きな仕事が立てつづけに入っていたし、趣味の音楽やダンスを生かして楽曲をリリースしたりもしていたし、相当マルチな活躍をしていたように思う。
 そのおかげもあって、『デビューしていきなりの人気絶頂』という表現が似合うくらいには、世間で名前や顔が知られていた。

 けれど今から1年くらい前だろうか、グラビアアイドルだかとのスクープが撮られてからは状況が一転した。
 さわやか系イケメンとして売ってきた彼にとって、その熱愛スキャンダルは致命的な一撃で、一気にファンが減るという事態に発展してしまったんだ。
 その結果として、ほとぼりが冷めるまでは……とテレビでの露出が減り、このところはすっかりなりをひそめていたような状況というわけだった。

 さっきも『最近ちょっと時間ができた』なんて、あてこすりのように口にしていたし、たぶん本人もこの状況には、忸怩たる思いをかかえているのかもしれないな……。
 だからこそ彼は、僕のことが気に食わないんだ。

 僕だって、かつては『自分よりも演技力が劣る』東城にたいして、世間からの人気だのなんだので負けていることに激しい嫉妬の炎を燃やしていたからこそ、彼の抱いた不満もわかる。
 客観的に見ても、『世間での知名度や容姿が劣る』僕が、自分よりも大きな仕事をして着実に実績を残していることが気に食わないんだろうってことは、容易に想像がつく。
 高いプライドを持つ芸能人にとっては、自分よりもなにかしらの実力が劣ると思う存在に負けることほど、くやしいものはないからな。

 ───もちろん、だからといって今回ばかりは遠慮をするつもりはないのだけど。

 以前の僕なら、きっとそこで腐って終わっていた。
 でも、こんな僕でも期待をして、その活躍をよろこんでくれる人たちがいるんだ!
 だったら、そういう人たちのためにも、がんばらなくちゃって思えてくる。

 たとえ相手が棒演技だろうと、珍妙な節まわしだろうと、今度こそ僕は負けない!
 なにがあろうと編集で出番をカットされない───いや、むしろカットしたくなくなるような演技をしてみせる。
 そんな強い気持ちが、僕の心を熱くし、支えてくれていた。


     * * *


 そうしてのぞんだ撮影のリハーサル開始の時間、そこで僕は本日二度目の衝撃を受けていた。

「『なぁ、おまえはどう思う?』」
「『───あぁ、うん、そうだね、別にいいんじゃないかな?』」
「『なんだよ、それ!ちゃんとかんがえろよな?!そんな適当に言うなってば!』」

 たとえどんな棒演技や珍妙な節まわしが来ても大丈夫だと覚悟を決めていたというのに、彼───西尾さんの演技は思った以上に自然なものになっていた。
 もちろんイントネーションがおかしいということもないし、こちらへ向ける表情もいたってふつうだった。

 そう、ここはただの気の置けない友人同士でリラックスして会話をする日常シーンだからこそ、特別な表情やしぐさなんてものは必要ないんだ。
 ただ求められるのは、いかに相手との距離の近さを感じさせられるかという自然な演技だけで。
 そういう意味では、覚悟を決めていた分、肩透かしをくらった僕のほうこそ若干の不自然さが出てしまっていたかもしれなかった。

 いやもう、これには相当おどろかされたというか。
 衝撃の棒演技から3年弱経っているとはいえ、かなりの上達ぶりであることは言うまでもない。
 あれから西尾さんは、演技のお仕事をまったくしていなかったから、てっきりお芝居に懲りてしまったのだと思っていたのだけど、どうやらそうではなかったらしい。

「どうです?これでも久しぶりの演技の現場に、めちゃくちゃ気合い入れて来てるんですよ、こっちは!」
 監督のカットの声がかかった直後、こちらにむかってそう言い放った西尾さんからは、僕にたいするライバル心のようなものが隠すことなくあふれていた。
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