~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

文字の大きさ
5 / 66

⑤こんな距離にまだ慣れなくて

しおりを挟む
アリセアが午前中は演習だと知っていたから、訓練後もユーグストはそのまま外で待っていた。

だが、少し離れた場所で、フォートがアリセアの腕を掴んでいるのが見えた瞬間、胸の奥がざわりと揺れる。

それが支えるための動作だったと理解していても──どこか、落ち着かなかった。


ユーグストは手綱を引きながら馬を歩ませ、そっとアリセアに声をかけた。
「教室に戻ってる途中にごめん、ちょうど姿が見えたから」

声はできるだけ穏やかに。

彼女に会いたかったのは本当だ。

「きっと、心配で、様子を見に来て下さったのですよね?ありがとうございます」

彼女は少し目を伏せ、照れたように微笑む。

(……本当に、無理していないだろうか)



彼女の小さな体が自分の腕の中にすっぽりと収まっていて、自然と手綱を握る手に力が入る。

彼女の頬にも赤みが見えた。

(意識しているのは"俺”だけじゃないんだな)

ふっと笑みがこぼれそうになり、それを悟られぬように口元を引き締めた。


アリセアは、すぐ近くで彼の声が聞こえるこの状況に、まだ胸が高鳴って慣れない。

お昼は殆どの生徒が食堂に集まるので、演習場付近の校庭は、人が閑散としているのだけが救いだ。

アリセアのクラスメイト達もあまりおらず、ホッとした。
(からかってくる方なんていないだろうけど、やっぱり恥ずかしいものね)

そう考えていると。
「心配でもあったけど、単に私が会いたかったからね」
「え……?」
思わず、彼の顔を見上げてしまった。

(あ、すぐ目の前に……)

近くで見つめ合う状況に、アリセアの唇に震えがはしる。

ユーグストの眼差しに、ほんのり甘さが加わっている気がして。

「えっ、……と」


なにか気の利いた言葉を話したかったが、間の抜けた声しか絞りだせなかった。


すると私の返事に、ふっと笑う声が耳元のすぐ近くで聞こえる。


笑われてしまった。

(……とても恥ずかしい)

馬をしばらく走らせ、2人は奥まった静かなところに移動した。
丁度先程の演習施設の裏手にあたる場所かな?
小さな花壇とベンチもある。

「少し、降りて話そうか」


演習が二限に渡ってあった為、今からちょうどお昼だ。しばらくは時間がある。


「あ……」

私とユーグが馬からおりると、自然と馬が、元来た道の方に引き返してしまった。

「大丈夫なのですか?」

「あぁ、あの子たち馬は頭がいいから、例えば戦で主が落ちたとしても、馬単体で、自力で帰れるように訓練されているんだ。この学園の距離なら心配ないよ」
「なるほど」


そんなに頭がいいなんて。
確かにここは学園で安全だし、さほど馬屋から離れていない。

近くのベンチに腰掛けた私たち。
ここなら誰も来ないとユーグはほんの少しだけ悪い顔をした。
普段は優しい表情の彼だけど、こんな顔もするんだ。
意外な一面が垣間見れて、心がぽかぽかした。


「疲れただろう、これを渡したくて」
「これは、いちご味の体力回復ポーション?」
わ、と声を思わず上げる。


「復帰したてでかなり疲労しただろうから、特別に貰ってきたんだ、アリセアにあげるよ」

アリセアは絶句した。

「とても有難いのですが、このポーション、かなりレアですよね?」

「そう、やっぱり驚くよね?」

「それはもう」


私の勢いに、ユーグは目を細めて笑う。


「そんなに驚いてくれるなんて、持ってきた甲斐があったかな」

「これが……王宮専属医師のソード様が作られたというレアアイテム」

「あぁ」


普段私たちが飲む体力回復ポーションは、野草味で、美味しさの、欠片もない。

良薬口に苦し。


その名の通りの代物である。

ただ、この数年は、野草味以外の、美味しさに特化した味付きタイプの回復ポーションが、気まぐれな周期で出回っていた。

手の中の透明な瓶には透明な液体が入っている。

正面のタグシールには、苺のイラストも描かれデザインも可愛い。


味付きポーションを開発したのは、異世界からきたと言われる家系でお生まれになった子孫、王宮専属医師の一人。
なんでも異世界の技術が組み込まれているとか。

自分に深く関わっていない方への記憶はあった。

でもそのお陰でこのポーションがどれほど貴重なものかわかった。

「貴重なものを、ありがとうございました」

ユーグ殿下の、お心遣いがじーんと心に響く。
丁寧にお礼を伝えた。


「アリセアの素直な気持ちが聞けるのは、嬉しいな」

そっと頭をひと撫でされた私は硬直した。

優しい瞳を向けてきた殿下は、ゆっくりと私の髪に手を滑らす。


本当にうれしそう。


「あの、私、そんなに変わってますか?」

恐る恐る口を開く。

「……まぁね?」


「聞くのが怖いのですが、殿下さえ良ければ改めて教えてください。以前の私はどんな感じだったのでしょうか」

「うーん、そうだね、……一言で言えば」

「いえば?」

ごくりと唾を飲み込み、続きを待つ。

そんな私を見て殿下はくすりと笑った。

少し前のめりすぎたかもしれない。


姿勢を正す。



「真面目な子だよ」

「え?」



思っていたのと違う答えが返ってきた。

「てっきり、言葉が冷たいとか、わがままだと……言われるかと思いました」

復帰前の、あの他者に対するツンツン言葉の指導の日々を思い出す。

「アリセアは決してわがままじゃない。むしろ、根っこは今の君と同じ真面目だし、優しい子だよ。ちょっとだけ言葉が……冷たく聞こえるだけで」

「ちょっとだけ?」

………本当に?


殿下は優しいから、私を前にして言葉を濁してくれてるのかもしれない。

話半分に聞いておくべきか……。

そんな疑いの眼差しを送る私の様子を見て、ユーグは苦笑しながら、分かりやすく伝えるためにどう言おうか悩んでいる様子だった。

「たとえば、そうだね、多分私が記憶がある君の頭にこうして同じように触れたとして」


言いながらユーグは先程と同じように私の頭にそっと手をのせ、滑らせる。


「はい」


「きっと彼女はこう言うだろうね。『ちょっとユーグ、そういうのはやめて』ってね。で、そのまま席を立ってどこかへ行ってしまうと思う」


「あ、なるほど」


確かに一度はビックリしたけれど、今の私は特に疑問も抱かず、受け入れていた。

そして――
私たちの距離は、想像していたよりもずっと近かったのだと、初めて気づく。



(ユーグと今はまだ、遠慮のないタメ口で話せる自信はないな……)

婚約者ではあるけれど、私の中では彼は王族なんだ、と、ある意味一線を引いてしまっていた。

過去の私は、殿下に対してどう思っていたのだろう。



「でもそれは、こんな事を言ったら怒られるかもしれないが、彼女はただ恥ずかしがっているだけだと思うんだ。まぁこれは私個人の願望も入ってるけどね」

「あ…」


言われてみれば、そうかもしれない、とアリセアも感じる。

きっと照れ隠しもあったのではないだろうか。

本音では嬉しさや楽しさを感じても、それをうまく表現する事が出来なかっただけかも。

こんなに穏やかで素敵なユーグスト殿下なら、
以前の私も、例え恋愛の好きじゃなくても、人間的に好ましいと思うはず。


(だから記憶をなくしても、私は彼を受け入れてたのかもしれないな)


「そういえば、ヤールがね。あれは市井で流行っている言葉、『ツンデレ』ってやつじゃないですか、って言ってたよ」

「ツン……デレ?」

ツンに……デレ? なんのことだろう。
とりあえず、デレの意味を誰かに聞きたい。



「真面目で努力家で……アリセアは私は努力家ではないって否定するかもしれないけど、いつも彼女は、暇さえあれば魔法塔や図書館にいて常に勉強しているようだ…った」


言いながら、彼はハッと何かに気がついたかのように言葉を閉ざす。


「アリセア」
「あ、はい!」
「今日の放課後学園に残っていて。迎えに行く」
「あ、分かりました!」
「とりあえずポーション飲んで、お昼からも頑張ってね」
「ありがとうございます」


ユーグは軽やかに立ち上がると、どこからともなく現れた赤髪の男性――
ヤールと一緒に校舎へと姿を消した。

気づかなかった……影から見ていたのかしら。

あの方には、以前いろいろと指導してもらった。


「あ、私も行かないと」


でもその前に。


ポーションを開封する。



きゅぽん。



蓋を外す時の良い音。


香りは甘い苺だ。

美味しそう、「頂きます」

1人でひっそりと呟き、
ごくごくと飲むと、口の中に広がる甘いフレーバー。

「美味しい……」


体力が一気に回復するのがわかった。
先程の演習の疲れで出ていた倦怠感もすでになく。
効き目が早い。

さすが、王宮専属医師さま。


午後からも頑張れそう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

秘密の館の主に囚われて 〜彼は姉の婚約者〜

七転び八起き
恋愛
伯爵令嬢のユミリアと、姉の婚約者の公爵令息カリウスの禁断のラブロマンス。 主人公のユミリアは、友人のソフィアと行った秘密の夜会で、姉の婚約者のカウリスと再会する。 カウリスの秘密を知ったユミリアは、だんだんと彼に日常を侵食され始める。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...