~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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㉓その視線に囚われて

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早朝、まだ誰も登校していない時間帯。
今日はクラスの係の仕事をするために、私が生活科を通り過ぎ、魔法科の廊下を歩いていると。

「おっはよー、アリセア。早朝から元気がいいね」
「ひゃあ!」
後ろからいきなり耳元に囁かれた。
「フォート?!」
慌てて背後を振り向き、視線を上げると、そこには相変わらず、不敵にほほ笑む彼がいた。

「フォート、最近休んでたけど、どこか体調悪かったの?」
「んー??嫌、ちょっとばかし風邪ひいて……と表向きにはしてたんだけど、ちょっくら向こうで体鍛えてた」

「え?…鍛えるって…それに、"向こう”って?」

一部の記憶は戻ったけれど、フォートに関しての記憶は、まだ蘇ってない。

だけど、慣れない学校生活の中で、裏で支えて助けてくれていたのは彼で。

そんな彼が風邪をひいていたとは……。

あれ?表向きはって言ってたよね?

「風邪は嘘ってこと?」
「ん~?さぁ、なんの事だろうね」
「もう、心配してたのに、はぐらかさないで」

彼は私の言葉に笑いながら、ふと、真剣な眼差しになり……こちらを見てくる。

……何だろう?

「……ごめん、アリセア。俺の目を見てくれる?」

「目を……?」

彼の暗い紫の色味が、この瞬間だけは、鮮やかに光っているように見えた。
その光の中に……色とりどりの、お花が咲いているように見えたような気がして。
……どこか、懐かしい気持ちになる。

「……綺麗な瞳ね」


口をついて出た言葉と同時に、体がわずかにこわばった。
まるで何かに囚われたみたいに、動けない。
「あれ?」

「……アリセア、そんなに警戒心緩くて、大丈夫そ?」

私の言葉に呆気にとられた表情の彼だったが、

ふっ……と優しく笑って手を伸ばしてきた。

「えっ?」

唐突に、フォートの綺麗な指先が、私の唇に触れる。


人差し指で、まるで何かを確かめるようにゆっくりと、でも、優しく触れられ。


「んんっ?!」

フォートの眼差しは、どこか真剣味を帯びていて。

彼のそんな表情と行動に、私はとても驚いた。

なぜなら、今までの軽薄さがまるで嘘のようだったから。

「フォー……ト?」

一体何して……。

「しっ……黙って」


彼の低い声に、身体が固まる。

足も手も動かない。

カバンを強く握ったまま、立ち尽くしていた。

びっくりしすぎて動けなくなってしまったのか。


驚きと戸惑いで、鼓動が早くなる。


その時だった。


フォートが、ハッと、何かに気がついたように、隣にあった教室内に転がった。
と。
同時に先程まで彼が立っているはずだった場所……まさにアリセアの目の前で激しい水柱が上がる。

「きゃあっ」

声をあげた瞬間、水柱は嘘のように消え去り、代わりにふわりと白い羽と光の粒子が、どこからともなく降り注いできた。

ようやく、金縛りのように固まっていた身体が動く。

けれど、あまりの出来事に足から力が抜け、アリセアはその場にへたり込んでしまった。

「あっ……」

頬に触れたのは、ひとひらの白い羽。
まるで宥めるようにふわりと舞い、何も残さずに消えていく。

アリセアの視線の先。

そこに立っていたのは──

「おはようフォート」

声の調子は穏やかで、やさしく響く。

……けれど、その瞳だけが、氷のように冷たく光っている。


「何をしていたのかな」


その一言に空気が張り詰める。
笑みを浮かべているが、怒りは隠しきれていない。
むしろ、わざとそう見せているかのようだ。

その彼の手には、眩い光を放つ白い大剣と、美しい装飾が施された鞘が握られていて。
どうやら、大剣から先程の水の攻撃がくり出されたようだ。

精霊に愛されしもの……ユーグが幼少の頃授かったと言われる、特別な剣である。
誰でも持てる代物では無い。

「一体何のつもりだ」
そう言って、ユーグが静かに怒りを抑えながら近づいてくる。


「……ルシエルグレア、もういいよ、ありがとう」
ユーグストが、大剣を鞘におさめると、それに応えるかのように鞘ごと震え、彼の手の中からすうっと消失した。


「っ、……ユーグ」


その光景に、私は息を呑む。
普段の穏やかな彼とは違い。
今の彼は、王族としての風格と威圧が確かに垣間見れた。

彼はただそこに立っているだけなのに、誰もが勝てないような、そんな空気が支配している。

だが、そんな彼を見ても、フォートは気にした風もなく立ち上がり。
こちらにやってきた。


そして。


「ごめん、アリセア、立てる?」


ユーグストの言葉を完全に無視をして手を差し出すフォートの言葉に。


アリセアは青い顔をしながら、無意識にふるふると首を振った。

「無理だよ……」


ユーグの静かな怒りを垣間見て、私はとてもでは無いけど、差し出されたこの手を取ることは出来ない。


それに、あまりの出来事に腰が抜けて……立てそうにない。


「アリセアに触れないでもらおうか」
「ひゃあ……」
ふわりと地面から足が離れ、私は一瞬で宙を舞う。
気がつけば、彼の腕の中に抱きとめられていた。

──風魔法だ。


「アリセア、おはよう?」


優しく問いかける口調。
けれどその声音とは裏腹に、彼の目は氷のように静かで冷たく感じて。

「お、おはようございます……?」


こ、怖い。
そう言ったら彼を傷つけるだろうか。

これは怒っている。

以前、ユーグの喜怒哀楽を見たい、と私も願ったけれど、普段怒らない人が怒るのはとても、心臓に来るのだと、初めて分かった。

でも、その怒りはフォートに向けられたものと分かっているので、まだ耐えられたのだけど。

「ユーグスト殿下、私の軽率な行動で、誤解させていたら申し訳なく思います。ですが、彼女に攻撃が当たったらどうするつもりだったんですか」


フォートは畏まった言葉を使っていたが、不遜な物言いは、決して王族に対しての態度ではない。


「当たるはずがないよ」

ユーグは静かに答える。

「先程の剣……ルシエルグレアには、最初からそう"指示”している。だけど、私が何も言わずとも、彼女を傷つけることはなかっただろうね」

「そうですか。その剣、……初めて見ましたよ」


フォートがため息をつき、黒い髪をかきあげる。

「私も見せたのは、アリセア以外で、君がはじめてかな」

水柱が上がった所は、水滴ひとつ落ちていない。
まるで何事も無かったようにいつもの壁や床、廊下で。

アリセアは二重に驚く。


対象だけを、水の柱の中に閉じ込めることが出来る。


そんな、高度な魔法があるとは知っていたけど。
それが実際に、目の前で見れるなんて。
きっと、以前の私が、見たことあるのね。

フォートが苦笑いをし、一礼する。


「申し訳ありません、謝罪致します。少し調子になってスキンシップをしてしまいました。……アリセア嬢も、申し訳ない」

最後の言葉は、私に視線を合わしながら向けられた。

「……もうあんなことはしないで」


微妙な空気を感じながらも、一応は謝罪を受け入れる。
それでも、ユーグの怒りがおさまっていないことは、私でも、感じ取ることが出来た。

「アリセア、朝の係の仕事は私も手伝うよ。一緒にひとまず保健室へ行こうか」


「え?!あ、……はい」


私は彼の言葉に、もうそれ以上は何も言えなかった。



ちらっとフォートを、見る。
私のお願いは、瞳が合っただけでフォートは理解出来たらしい。
彼は深々とお辞儀をして教室へ去っていった。


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