~記憶喪失の私と魔法学園の君~甘やかしてくるのはあの方です

Hikarinosakie

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54:揺れる心

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騎士科、魔法科の、決勝の試合が終わったあと。

ユーグが、胸ポケットに手をやって、遠くからハンカチを掲げてくれた。

それは、きっとアリセアにだけ、分かるサイン。

「あっ……!」


持っていてくれたんだ。

顔が熱くなるのを感じる。





それは、一昨日のことだった。

アリセアは、思いを馳せる。

あの日、アリセアは、震える足を押し殺して、ユーグがいるであろう騎士科まで足を運んだ。

放課後は、いつもユーグがアリセアの教室に来てくれる。
だけど、その日は、早めに授業が終わったから、それならと。
自分がユーグのいる騎士科校舎に足を踏み入れたのだけど。


(緊張する……)

ぎゅっと、手の中の紙袋の紐を握る。



そうすると、少しだけ安心できる気がした。


以前案内してくれていたお陰で、3年生のユーグのクラスには難なく近づけた、のだけど。


ちょうど授業が終わったらしい廊下は人で溢れかえっていて。


魔法科とは違い、男性ばかりだから、知らずしらずのうちに肩に力が入る。



そんな時ーー。



「あれー?アリセアさん。こんにちは、騎士科にくるなんて、珍しいね。ユーグスト殿下に用事?」


人混みの中。


ふと目が合ったその青年は、オレンジブラウンの髪に、どこかつかみどころのない笑みを浮かべていた。


(何度かお見かけしたことある方だ……)


知らず、緊張が少しだけ解けた。


ユーグスト殿下はいつも、ヤールと一緒にいるイメージだけれど、この方ともよくいるのを、見ていた。

「ん?なにか渡しにきたの?……ユーグスト殿下なら……。あぁ、あそこにいるよ」



そう言って指を指してくれた先を見ると、確かに彼の姿が、見えて。


「ありがとうございました」



緊張しながらも、お辞儀をして、その先へと足を伸ばした時。


「あの人の前では、ちゃんと“君自身”でいなよ」


背後から、そう声を投げられたーー。



(え?)

どういう事?



そう思いつつ振り返るが、もう彼の姿はなく。



「何だったんだろう……」



気持ちを切り替えてユーグストの側まで、歩みを進める。



さらさらな金髪の……いつもの逞しい彼の後ろ姿が見えて、こんな時だけれど、小さくときめく。



だけど。


「あ……」


ユーグスト殿下は、騎士科の、数少ない女子生徒に。



「囲まれてる……」



背を向けていても、談笑して、にこやかに対応しているのが分かる、穏やかな声。


もしかして...?


先程の意味はこれを示唆していた??



『騎士科の女子生徒は、さばさばしている女性が多くて、話しやすいよ』
ユーグスト殿下が言っていたことがあった。


その時は私もいつか騎士科の女性とも、交流できたらな、と、にこにこして話を聞いていたのだけれど。


実際、こうやって楽しそうに話されてる姿を見ると、……酷く心がざわついた。

騎士科の女性の方々は立ち振る舞いが堂々としていて、彼のそばにいるのがまるで当然のように、きらきら輝いて見えた。

それに比べて私は……。
知らず、伏し目がちになる。

その時だった。


その中の女性の1人が、笑いながらユーグストの腕に触れた。

(え……!)

アリセアの心に、戸惑いの影が一瞬、落ちる。

けれど、ユーグストは穏やかに談笑しながら、自然にその女子生徒の手から離れた。

避けられた女子生徒も、ユーグストの自然な体の動きで払われたことにさえ気がついていないようだった。

身体をずらしたことで、彼の柔らかな横顔が見える。

(ユーグ……さすがだわ)

公的な立場の彼だからこそできる対処の仕方だろうか。

対応の仕方が大人びている。

女子生徒も、甘えて触れると言うよりは、感情が高ぶって腕に触れたらしいのがわかる。

ユーグストは優しい。

だからこそ、女子生徒の方も気を許して、あぁした行動を、無意識にとってしまう気持ちが分かる。

けれど………。

じゃあ何で私は、それを見てモヤモヤしてしまうのだろう。

この、モヤモヤの正体は……?


けれど、好きだと告げてさえいない自分が、こんな気持ちを抱く資格がない気がして。


それでも、何故かじくじくと心が痛むのも事実でーー。

ほんの少しだけ、気持ちが落ちてしまう。

「……今、ユーグは何を思っているんだろう」

アリセアは、未だに女生徒たちに囲まれている彼を、静かに見つめ続けた。

まるで彼の表情から心の内を読み取ろうとするように――


****

騎士科の女生徒たちに囲まれたユーグストは、一見、穏やかな笑みを浮かべていた。

けれどその眼差しの奥では、まるで別の場所を見つめている。

女生徒たちと話すのは、苦ではない。
彼女たちは礼儀正しく、遠慮もせず、時に真っ直ぐで――以前アリセアに言った通り、話しやすい相手だ。

けれど、彼は別のところに意識を向けていた。

視線を逸らさぬよう気をつけながらも、つい、感じ取ってしまう。

あの柔らかな気配、そして心が落ち着くような、ほんのり甘い香り――彼女が近くにいることを。

(来てくれたんだな)

心の奥が、不意に温かくなる。

嬉しかった、けれど、それを今、表に出すわけにはいかない。


公の場では、感情を露わにすることは控えるべきだと、いつも教えられてきた。

「殿下、先程の模擬試合、あの立ち回りと剣の動きが完璧でした!」

「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟だと実感しています。実戦では特に」

「あれで未熟なら、私たちはどうすれば……!」
クラスメイトの女生徒たちが、冗談のように笑いながら言う。

けれど、その瞳には尊敬の眼差しが潜んでいた。

ユーグストは自然な流れで会話を続ける。


そのとき、不意に腕にふれる柔らかな感触。

(……これは)

反射的に、ほんのわずかに身体をずらした。
笑みを保ったまま、角度を変えるだけで、相手には気づかれずに距離を取る。

相手の無意識な行動であることはわかっていた。
だからこそ、穏やかに対応をした。

けれど、内心に浮かんだ感情は、否定しようがなかった。

(アリセア以外の女性に、触れられたくない)

そう、強く思ってしまったのだ。

早くアリセアのところに行きたくて、彼女達との会話が途切れるのを待っているのだが――

(……視線が……)

気配が、わずかに揺れた。
アリセアの。

(何か、あった?)

不安とも、怒りとも違う。

けれど、彼女の中に生まれた揺らぎのようなものが、なぜかはっきりと伝わってきた。

彼女が今どんな顔をしているのか、どうしても確かめたくなった。

女子生徒たちに言葉を返しながら、タイミングを見てそっと視線を外す。

ユーグストが、アリセアを見ようと、振り返る、ちょうどその時だったーーー

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