13 / 247
1 聖女開眼
13 「父」との邂逅 男爵 ヘンリー・ディライト
しおりを挟む
コツ、コツ‥‥‥
どこからか音が聞こえる。木の床を歩く革靴の音?
(暗い‥‥‥)
うっすらと目を開けると、そこは、昨夜の小屋だった。
昨夜のように、木の床に転がされているらしい。
誰かに運ばれて、小屋に転がされたような記憶がうっすらとある。
身体中があちこち痛む。
痛みのため熱を持った体が熱い。
(ああ、痛い。でも、そのおかげで要注意人物がわかったから、良しとしよう)
せめて、一つでもいい事を見つけないと。
「目を覚ましたのか?」
静かに、男の人が話しかけてきた。
声の方向に目を向けると、最初に目に入ったのはよく磨かれた革靴の足先。
さっきの足音の人?
そして、次に仕立てのいいズボン。
そこには、良質な衣服に身を包み、素朴な木の椅子に腰掛けている男の人がいた。
私と同じ、藍色の瞳。
そこに居たのは、ヘンリー・ディライト男爵。私の父だった。
でも限りなく遠い。他人の方が近いぐらい心の距離が離れている。
父という名の他人から伝わってきたのは、無。
底に漂う微かな諦めだけが人間的に思えるほどの、「虚無」だった。
「起きられるか?」
特に感情を感じさせず、淡々とした口調だ。
(あのさ、私今、痛みで発熱してるんですけど?床にそのまま転がしておくとかどうなの?せめて毛布をかけるぐらいはして欲しいんだけど?)
肉親ゆえの甘えか、私の心が反応する。
もちろん、虚無に包まれた男爵にそんな思いは通じるわけがない。
私の中に負けん気が湧き起こってくる。
(あてになんてしない。自分で起きてやる!)
私は痛む腕で必死に体を支え、ほぼ気力のみで身体を起こした。
「私はお前の父だ。昨夜は留守にしていてお前に会えなかったが、今日お前に会おうとしたら、ここがいいと言って部屋を移したと聞いた」
は?何言ってるのこの人。
明らかに殴られてボロボロになって倒れていた私が自分の意思でここにきたと?
でも、よく考えたほうがいい。
周りは敵だらけだ。
次は命も危ないかもしれない。油断できない。
この人は確かに遺伝子上の父ではあるが、限りなく他人。
むしろ使用人さん達の方がはるかに近しくなれる可能性がある他人に思えるほどの。
毛布もかけずに私を転がしたままの状態にしておくような、「父」
使用人に私を殴らせる、「義母」
怒りのまま私を殴る、義母の手下である「侍女」
「私は‥‥‥何も言っていません。見ればわかると思いますが、暴力を振るわれました」
男爵が軽く目を見開いた。まさか、気がつかなかったわけないよね?
「今、お屋敷に戻るのは、正直なところ、怖いです」
男爵は元の何も無表情に戻り、「そうか」と呟いた。
そして「ここがいいか?」と。
状況がわからない今、危険から距離を取った方がいいんじゃない?
少し考えると、コクリと頷いた。その瞬間、男爵の目が少し揺らいだように思えた。
「落ち着くまで、ここで生活することを許可する。お前に侍女のマーシャを付ける。生活の方法についてはマーシャと相談するように。細かいことは、後日決める。寝室は隣にある。夜は鍵をかけて休みなさい」
静かに告げ、立ち上がった。
「あの、男爵様!」
後ろ姿に慌てて声をかけると、男爵が振り返った。
「ご配慮、ありがとうございます」
つい、社会人としての習いで他人様からの配慮にお礼の言葉を伝えてしまう。
男爵は特に何も反応することもなかったが、一瞬だけ私に目を留めると、無言のまま出て行った。
(寝室あるんだ。よかった)
木の床でこのまま過ごすのは辛い。
近くには温泉もあるし、明日からあの優しい侍女さんもつけてくれるって言うし、とりあえず、なんとかなるだろう。
異世界に転生した初日は激動の一日だったな。
あれ?実際には温泉入って、朝ごはん食べて、殴られただけ?
いや、十分なほど、感情が揺さぶられて疲れたよ。
当面は安心だ。回避すべき危険もわかったし。もう、寝よう。
私は、寝室のベットに潜り込むと、そのまま気を失うように眠ってしまった。
**************************************************
「男爵様、か」
ヘンリーはそう呟いた。
久しぶりに見た娘は、成長はしていたが、随分と小さく思えた。
産まれたばかりの娘を初めて抱いた時の喜びはすでにおぼろげに霞んでいる。
自分のことを見ると「だぁ、だぁ」と言って目を輝かせていた赤子は年月を経て、お互いに遠い存在となってしまった。
世間から守るためにと遠巻きに見守ることしかできなかった、過ぎ去ってしまった日々。
(髪の色はアレと同じだったな・・・)
書斎の仕事机の奥にそっと隠されている、美しいプラチナブロンドに思いを馳せる。
(だが、もう、遅い。私の心はアレとともに死んでしまった)
娘のことを見ると胸を満たした暖かい感情も、どこかぼんやりしてとすでに形をなさず、存在していたものなのかすらわからなくなっている。
ヘンリーはかつて将来を誓い合った恋人とともに眺め、娘の名前の由来となった輝く星を一目見ると、静かに屋敷に戻って行った。
どこからか音が聞こえる。木の床を歩く革靴の音?
(暗い‥‥‥)
うっすらと目を開けると、そこは、昨夜の小屋だった。
昨夜のように、木の床に転がされているらしい。
誰かに運ばれて、小屋に転がされたような記憶がうっすらとある。
身体中があちこち痛む。
痛みのため熱を持った体が熱い。
(ああ、痛い。でも、そのおかげで要注意人物がわかったから、良しとしよう)
せめて、一つでもいい事を見つけないと。
「目を覚ましたのか?」
静かに、男の人が話しかけてきた。
声の方向に目を向けると、最初に目に入ったのはよく磨かれた革靴の足先。
さっきの足音の人?
そして、次に仕立てのいいズボン。
そこには、良質な衣服に身を包み、素朴な木の椅子に腰掛けている男の人がいた。
私と同じ、藍色の瞳。
そこに居たのは、ヘンリー・ディライト男爵。私の父だった。
でも限りなく遠い。他人の方が近いぐらい心の距離が離れている。
父という名の他人から伝わってきたのは、無。
底に漂う微かな諦めだけが人間的に思えるほどの、「虚無」だった。
「起きられるか?」
特に感情を感じさせず、淡々とした口調だ。
(あのさ、私今、痛みで発熱してるんですけど?床にそのまま転がしておくとかどうなの?せめて毛布をかけるぐらいはして欲しいんだけど?)
肉親ゆえの甘えか、私の心が反応する。
もちろん、虚無に包まれた男爵にそんな思いは通じるわけがない。
私の中に負けん気が湧き起こってくる。
(あてになんてしない。自分で起きてやる!)
私は痛む腕で必死に体を支え、ほぼ気力のみで身体を起こした。
「私はお前の父だ。昨夜は留守にしていてお前に会えなかったが、今日お前に会おうとしたら、ここがいいと言って部屋を移したと聞いた」
は?何言ってるのこの人。
明らかに殴られてボロボロになって倒れていた私が自分の意思でここにきたと?
でも、よく考えたほうがいい。
周りは敵だらけだ。
次は命も危ないかもしれない。油断できない。
この人は確かに遺伝子上の父ではあるが、限りなく他人。
むしろ使用人さん達の方がはるかに近しくなれる可能性がある他人に思えるほどの。
毛布もかけずに私を転がしたままの状態にしておくような、「父」
使用人に私を殴らせる、「義母」
怒りのまま私を殴る、義母の手下である「侍女」
「私は‥‥‥何も言っていません。見ればわかると思いますが、暴力を振るわれました」
男爵が軽く目を見開いた。まさか、気がつかなかったわけないよね?
「今、お屋敷に戻るのは、正直なところ、怖いです」
男爵は元の何も無表情に戻り、「そうか」と呟いた。
そして「ここがいいか?」と。
状況がわからない今、危険から距離を取った方がいいんじゃない?
少し考えると、コクリと頷いた。その瞬間、男爵の目が少し揺らいだように思えた。
「落ち着くまで、ここで生活することを許可する。お前に侍女のマーシャを付ける。生活の方法についてはマーシャと相談するように。細かいことは、後日決める。寝室は隣にある。夜は鍵をかけて休みなさい」
静かに告げ、立ち上がった。
「あの、男爵様!」
後ろ姿に慌てて声をかけると、男爵が振り返った。
「ご配慮、ありがとうございます」
つい、社会人としての習いで他人様からの配慮にお礼の言葉を伝えてしまう。
男爵は特に何も反応することもなかったが、一瞬だけ私に目を留めると、無言のまま出て行った。
(寝室あるんだ。よかった)
木の床でこのまま過ごすのは辛い。
近くには温泉もあるし、明日からあの優しい侍女さんもつけてくれるって言うし、とりあえず、なんとかなるだろう。
異世界に転生した初日は激動の一日だったな。
あれ?実際には温泉入って、朝ごはん食べて、殴られただけ?
いや、十分なほど、感情が揺さぶられて疲れたよ。
当面は安心だ。回避すべき危険もわかったし。もう、寝よう。
私は、寝室のベットに潜り込むと、そのまま気を失うように眠ってしまった。
**************************************************
「男爵様、か」
ヘンリーはそう呟いた。
久しぶりに見た娘は、成長はしていたが、随分と小さく思えた。
産まれたばかりの娘を初めて抱いた時の喜びはすでにおぼろげに霞んでいる。
自分のことを見ると「だぁ、だぁ」と言って目を輝かせていた赤子は年月を経て、お互いに遠い存在となってしまった。
世間から守るためにと遠巻きに見守ることしかできなかった、過ぎ去ってしまった日々。
(髪の色はアレと同じだったな・・・)
書斎の仕事机の奥にそっと隠されている、美しいプラチナブロンドに思いを馳せる。
(だが、もう、遅い。私の心はアレとともに死んでしまった)
娘のことを見ると胸を満たした暖かい感情も、どこかぼんやりしてとすでに形をなさず、存在していたものなのかすらわからなくなっている。
ヘンリーはかつて将来を誓い合った恋人とともに眺め、娘の名前の由来となった輝く星を一目見ると、静かに屋敷に戻って行った。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
2/26 番外編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。
とてもとてもありがとうございます!!
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる