そうです。私がヒロインです。羨ましいですか?

藍音

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1 聖女開眼

13 「父」との邂逅 男爵 ヘンリー・ディライト

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コツ、コツ‥‥‥

どこからか音が聞こえる。木の床を歩く革靴の音?

(暗い‥‥‥)

うっすらと目を開けると、そこは、昨夜の小屋だった。
昨夜のように、木の床に転がされているらしい。

誰かに運ばれて、小屋に転がされたような記憶がうっすらとある。

身体中があちこち痛む。
痛みのため熱を持った体が熱い。

(ああ、痛い。でも、そのおかげで要注意人物がわかったから、良しとしよう)

せめて、一つでもいい事を見つけないと。


「目を覚ましたのか?」

静かに、男の人が話しかけてきた。
声の方向に目を向けると、最初に目に入ったのはよく磨かれた革靴の足先。
さっきの足音の人?
そして、次に仕立てのいいズボン。
そこには、良質な衣服に身を包み、素朴な木の椅子に腰掛けている男の人がいた。
私と同じ、藍色の瞳。

そこに居たのは、ヘンリー・ディライト男爵。私の父だった。
でも限りなく遠い。他人の方が近いぐらい心の距離が離れている。
父という名の他人から伝わってきたのは、無。
底に漂う微かな諦めだけが人間的に思えるほどの、「虚無」だった。

「起きられるか?」

特に感情を感じさせず、淡々とした口調だ。

(あのさ、私今、痛みで発熱してるんですけど?床にそのまま転がしておくとかどうなの?せめて毛布をかけるぐらいはして欲しいんだけど?)

肉親ゆえの甘えか、私の心が反応する。
もちろん、虚無に包まれた男爵にそんな思いは通じるわけがない。
私の中に負けん気が湧き起こってくる。

(あてになんてしない。自分で起きてやる!)

私は痛む腕で必死に体を支え、ほぼ気力のみで身体を起こした。

「私はお前の父だ。昨夜は留守にしていてお前に会えなかったが、今日お前に会おうとしたら、ここがいいと言って部屋を移したと聞いた」

は?何言ってるのこの人。
明らかに殴られてボロボロになって倒れていた私が自分の意思でここにきたと?

でも、よく考えたほうがいい。
周りは敵だらけだ。
次は命も危ないかもしれない。油断できない。

この人は確かに遺伝子上の父ではあるが、限りなく他人。
むしろ使用人さん達の方がはるかに近しくなれる可能性がある他人に思えるほどの。

毛布もかけずに私を転がしたままの状態にしておくような、「父」
使用人に私を殴らせる、「義母」
怒りのまま私を殴る、義母の手下である「侍女」

「私は‥‥‥何も言っていません。見ればわかると思いますが、暴力を振るわれました」

男爵が軽く目を見開いた。まさか、気がつかなかったわけないよね?

「今、お屋敷に戻るのは、正直なところ、怖いです」

男爵は元の何も無表情に戻り、「そうか」と呟いた。
そして「ここがいいか?」と。

状況がわからない今、危険から距離を取った方がいいんじゃない?
少し考えると、コクリと頷いた。その瞬間、男爵の目が少し揺らいだように思えた。

「落ち着くまで、ここで生活することを許可する。お前に侍女のマーシャを付ける。生活の方法についてはマーシャと相談するように。細かいことは、後日決める。寝室は隣にある。夜は鍵をかけて休みなさい」

静かに告げ、立ち上がった。

「あの、男爵様!」

後ろ姿に慌てて声をかけると、男爵が振り返った。

「ご配慮、ありがとうございます」

つい、社会人としての習いで配慮にお礼の言葉を伝えてしまう。

男爵は特に何も反応することもなかったが、一瞬だけ私に目を留めると、無言のまま出て行った。


(寝室あるんだ。よかった)

木の床でこのまま過ごすのは辛い。
近くには温泉もあるし、明日からあの優しい侍女さんもつけてくれるって言うし、とりあえず、なんとかなるだろう。

異世界に転生した初日は激動の一日だったな。
あれ?実際には温泉入って、朝ごはん食べて、殴られただけ?

いや、十分なほど、感情が揺さぶられて疲れたよ。

当面は安心だ。回避すべき危険もわかったし。もう、寝よう。
私は、寝室のベットに潜り込むと、そのまま気を失うように眠ってしまった。



**************************************************


「男爵様、か」

ヘンリーはそう呟いた。

久しぶりに見た娘は、成長はしていたが、随分と小さく思えた。

産まれたばかりの娘を初めて抱いた時の喜びはすでにおぼろげに霞んでいる。
自分のことを見ると「だぁ、だぁ」と言って目を輝かせていた赤子は年月を経て、お互いに遠い存在となってしまった。
世間から守るためにと遠巻きに見守ることしかできなかった、過ぎ去ってしまった日々。

(髪の色はアレと同じだったな・・・)

書斎の仕事机の奥にそっと隠されている、美しいプラチナブロンドに思いを馳せる。

(だが、もう、遅い。私の心はアレとともに死んでしまった)

娘のことを見ると胸を満たした暖かい感情も、どこかぼんやりしてとすでに形をなさず、存在していたものなのかすらわからなくなっている。

ヘンリーはかつて将来を誓い合った恋人とともに眺め、娘の名前の由来となった輝く星を一目見ると、静かに屋敷に戻って行った。
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