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2 学園編
82 王太子ハルヴァート 4
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ステラにとって私は、3年前に一度会っただけのよく知らない相手だったそうだ。
生まれて初めて、怒りを感じた。ただ、その裏で自分だけの一方的な想いであったことがどことなく恥ずかしく、いたたまれなくなるような気分を怒りで覆い隠していた。
腹が立つ、頭に来る、とはこういうことか。
一縷の可能性に思い至る。
これは閨の講義であった、「焦らす」という行為ではないのか?
だとすれば、このいたたまれさも少しは治るような気がするが。
残念ながら、ステラは予想以上に私のことを覚えていなかった。
弟に突っ込まれているステラのボケ具合を見ていると、そういえば、こういうやつだったとふと冷静になった。
ふん、痴れ者が。
だが、逃がさない。
この3年間、ステラに会わなかった期間に一度もステラのことを忘れた日はなかったが、ステラは忘っぽかった、ただそれだけの話だ。落ち着け。
3年の間私の感情を揺さぶる者はただ一人として現れなかったではないか。
それを考えれば、絶対にこいつを逃すわけにはいかない。
愛だの恋だのそのような浮ついた話ではない。
ステラは私の運命の相手。私を人間にするために必要な存在なのだ。
私の婚約者として扱う、つまり、同年代の国を担う者が集っているこの学園でステラが私の婚約者であることを知らしめる、ということを理解しているのか、いないのか。
理解できないなら、囲い込んでしまえばいいのだ。
ステラを婚約者の部屋に留めることを決定事項として伝えたが、感謝一つしない態度にイライラが募ると同時に、もうやもやしたものが胸を巣食っていた。
さらに元婚約者候補に押し付けるようなことまで言いだした時には、地味に傷ついた。
私は一日たりともステラを忘れた日はなかったというのに。
ただ、これが傷つくという経験なのか、とどこかから冷静な声が聞こえてくる。
ふと不安になる。
私の運命の相手はステラだが、ステラにとっての運命の相手は別の人間かもしれない。
考えたくはないが、その可能性がないわけではないのだ。
そしてステラの性格を考えると、もし私以外に運命の相手がいた場合には、迷いなくその相手と人生を共にしたいと言うだろう。
聖女の前には王位すら無力。
前に顕れた聖女は王からの再三の申し込みを断って自らの護衛騎士と生涯を共にしたのだ。
ゾッとする。
ステラに知られないようにしなければ。
妙に美しい弟や、ブラウン家の3男も妙に距離が近い。
ステラに欲されて断る男がいるとは思えない。
もやもやと重苦しい気持ちに支配される。
しかし、それ以上に、彼女を守りたいという気持ちもまた真実だった。
こっそりと護衛をつけ、報告を上げさせる。
男と話したと聞けば不快になるし、嫌がらせを受けていると聞けば心配になる。
どんな細かい情報でも気にかかる。
顔を見れば心臓が跳ね上がり、視界にいなければ不安になる。
忙しすぎる自分の身の上が恨めしい。
すでに立太子し、大公領の領主である私は、学業の傍ら、王太子としての仕事のほか、領主としての仕事もこなしていた。とにかく、時間がない。
どうにかして会える時間をひねり出せないか考えるが、なかなか時間が取れず、ジリジリするばかりだった。
唯一自由になるのは眠る時間だけ。
夜遅い時間に扉を開けて一目だけでもステラの顔を見たいと願ったことは、一度や二度ではなかった。
でも、扉を開けたらステラは怒るだろう。
私もうまく話せる自信がなかった。
そういえば自信がない、と思うことも初めてだった。
ステラはいつも私を揺さぶる。
彼女といると、腹が立つ、笑う、イライラする、嫉妬する、怒る、心配する、など感情が揺り動かされる。
そして、何よりも強い、会いたい、顔が見たい、触れてみたいという気持ち。
もしや、この複雑な気分の変動が感情というものかと悟った。
全てが初めての経験だった。
どうやらステラは私が人間であるために必要な唯一の存在らしい。
ステラとなら人として生きていける。
そして、人としてある、という新しい経験は悪くなかった。
彼女こそ私を導く聖女に他ならない。
大切なステラ。
彼女の望むことは全て叶えてやりたい。
どこにいてもいい、私のそばにいてくれれば、聖女であることを公にしなくてもいい、そう思い始めた頃、ステラがあの事件を起こしたのだ。
生まれて初めて、怒りを感じた。ただ、その裏で自分だけの一方的な想いであったことがどことなく恥ずかしく、いたたまれなくなるような気分を怒りで覆い隠していた。
腹が立つ、頭に来る、とはこういうことか。
一縷の可能性に思い至る。
これは閨の講義であった、「焦らす」という行為ではないのか?
だとすれば、このいたたまれさも少しは治るような気がするが。
残念ながら、ステラは予想以上に私のことを覚えていなかった。
弟に突っ込まれているステラのボケ具合を見ていると、そういえば、こういうやつだったとふと冷静になった。
ふん、痴れ者が。
だが、逃がさない。
この3年間、ステラに会わなかった期間に一度もステラのことを忘れた日はなかったが、ステラは忘っぽかった、ただそれだけの話だ。落ち着け。
3年の間私の感情を揺さぶる者はただ一人として現れなかったではないか。
それを考えれば、絶対にこいつを逃すわけにはいかない。
愛だの恋だのそのような浮ついた話ではない。
ステラは私の運命の相手。私を人間にするために必要な存在なのだ。
私の婚約者として扱う、つまり、同年代の国を担う者が集っているこの学園でステラが私の婚約者であることを知らしめる、ということを理解しているのか、いないのか。
理解できないなら、囲い込んでしまえばいいのだ。
ステラを婚約者の部屋に留めることを決定事項として伝えたが、感謝一つしない態度にイライラが募ると同時に、もうやもやしたものが胸を巣食っていた。
さらに元婚約者候補に押し付けるようなことまで言いだした時には、地味に傷ついた。
私は一日たりともステラを忘れた日はなかったというのに。
ただ、これが傷つくという経験なのか、とどこかから冷静な声が聞こえてくる。
ふと不安になる。
私の運命の相手はステラだが、ステラにとっての運命の相手は別の人間かもしれない。
考えたくはないが、その可能性がないわけではないのだ。
そしてステラの性格を考えると、もし私以外に運命の相手がいた場合には、迷いなくその相手と人生を共にしたいと言うだろう。
聖女の前には王位すら無力。
前に顕れた聖女は王からの再三の申し込みを断って自らの護衛騎士と生涯を共にしたのだ。
ゾッとする。
ステラに知られないようにしなければ。
妙に美しい弟や、ブラウン家の3男も妙に距離が近い。
ステラに欲されて断る男がいるとは思えない。
もやもやと重苦しい気持ちに支配される。
しかし、それ以上に、彼女を守りたいという気持ちもまた真実だった。
こっそりと護衛をつけ、報告を上げさせる。
男と話したと聞けば不快になるし、嫌がらせを受けていると聞けば心配になる。
どんな細かい情報でも気にかかる。
顔を見れば心臓が跳ね上がり、視界にいなければ不安になる。
忙しすぎる自分の身の上が恨めしい。
すでに立太子し、大公領の領主である私は、学業の傍ら、王太子としての仕事のほか、領主としての仕事もこなしていた。とにかく、時間がない。
どうにかして会える時間をひねり出せないか考えるが、なかなか時間が取れず、ジリジリするばかりだった。
唯一自由になるのは眠る時間だけ。
夜遅い時間に扉を開けて一目だけでもステラの顔を見たいと願ったことは、一度や二度ではなかった。
でも、扉を開けたらステラは怒るだろう。
私もうまく話せる自信がなかった。
そういえば自信がない、と思うことも初めてだった。
ステラはいつも私を揺さぶる。
彼女といると、腹が立つ、笑う、イライラする、嫉妬する、怒る、心配する、など感情が揺り動かされる。
そして、何よりも強い、会いたい、顔が見たい、触れてみたいという気持ち。
もしや、この複雑な気分の変動が感情というものかと悟った。
全てが初めての経験だった。
どうやらステラは私が人間であるために必要な唯一の存在らしい。
ステラとなら人として生きていける。
そして、人としてある、という新しい経験は悪くなかった。
彼女こそ私を導く聖女に他ならない。
大切なステラ。
彼女の望むことは全て叶えてやりたい。
どこにいてもいい、私のそばにいてくれれば、聖女であることを公にしなくてもいい、そう思い始めた頃、ステラがあの事件を起こしたのだ。
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