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2 学園編
96 公爵令嬢 ルシアナ・アドランテ 2
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自分こそがハルヴァートの未来の王妃になるのだと決めた日から、ルシアナは父に頼んでお妃教育を増やしてもらった。ライバルに差をつけるためには、今のような教育内容では物足りない。
まだ、たったの5歳なのにと心配する母を尻目に、父はそれでこそ我が公女と大喜びしていた。
もっともっと他の令嬢よりも早く自分を磨き、父や母だけではなく、王や王妃、そして王家の重鎮達にもルシアナが将来の王妃にふさわしい令嬢だと認めてもらいたい。将来の王太子の伴侶として選ばれなければならない。
何よりもハルヴァートに微笑みかけてもらいたい、愛される王妃になりたいと思ったから。
歴史、社交術、語学、友好国や敵対国の歴史、国内の貴族全ての顔と名前を一致させ、趣味や経歴、領地の特産物、力関係‥‥‥
さらには、刺繍に美容、ダンス、馬術、護身術と、寝る間もなく勉強と努力を続けた。
その甲斐あってか、貴族社会の中では、アドランテ家の公女は春に咲く花のような華やかさと大人も舌を巻くほどの知性を持った将来有望な婚約者候補として認知されるようになっていった。
それなのに。
肝心なハルヴァートはたまに王妃主催のお茶会で顔をあわせることがあっても、あれ以来にこりともしてくれない。
ハルヴァートが8歳になり、婚約者候補を立てるための検討を始める時に、家臣達が意中の令嬢や好みの令嬢がいないのか探ったそうだ。父はため息をつきながら、「ご令嬢にはまるで興味はなさそうだ」とこぼしていた。
なぜこれだけお側にいて、努力を続けているのに選んでいただけないのだろう。
がっかりする、なんて単純な感情では済まされない、自分の存在が全て否定されたような気がして、このままどこかに消えてしまいたいような気分に苦しめられた。
母やメイドが心配して、シェフに作らせた好物のスフレケーキすら食べたくない。
しばらく食欲がない日々が続いていたが、ルシアナを立ち直らせたのは、父が告げた「婚約者候補は5人選定される」、という話だった。
落ち込んでいる場合じゃない。
ライバルが4人もいるのだ。
うかうかしていたら、誰かにハルヴァート様を取られてしまう。
想像しただけでも恐ろしい。
何かに駆り立てられるように必死で努力した結果、婚約者候補として、予定通り無事に選定されることができた。
婚約者として、というわけではないことが少し気に入らない。
そしてハルヴァートが自分を指名してくれなかった、という事実は少なからずルシアナのプライドと心を傷つけた。
でもそんなこと絶対に悟られてはならない。
これまで以上に完璧なる美しさと知性をもつ存在として知られなければ。
ハルヴァートとルシアナが10歳になると、婚約者候補達を集めて毎月お茶会が開かれることになった。
その頃には、ルシアナは美しく気品がある優秀な令嬢として次代の王妃に間違いないと囁かれるようになっていた。
でも一番肝心なハルヴァートとの距離は近づくこともないまま日々が過ぎていた。
このお茶会を機会に、ハルヴァート様と親しくなり、将来ともに国を背負う伴侶として選んでいただきたいとルシアナは強く願った。
その願いを受けて、お茶会に向けて入念に準備が進められた。
新しいドレスや宝飾品の用意。
マナーのおさらい、美しく見えるカップの持ち方に微笑み方。
話題の選び方。
肌や髪の手入れや髪型の選定‥‥
マナー講師や母と共に必死で準備した。
それなのに。
お茶会当日、ハルヴァートは特にルシアナに関心を示すことはなかった。
ルシアナの空色のドレスにも、美しい容姿にも、流れる黒髪にも目を留める様子はなかった。
王太子殿下として婚約者候補達に紹介されると、無表情のまま挨拶し、席に着いた。
失意を表に出してはいけない。
完璧な笑顔と優美さだけを表情に貼りつける。
体の底から震え出しそうな失望と、ともすれば滲みそうになる涙を必死で抑えつける。
(何か理由があるのだ。
きっと。
そうに違いない。
そうでなければならない。
体の震えを悟られてはならない。微笑まなければ。)
濃赤色のコートにライトグレーのウエストコートを身にまとったハルヴァートは、婚約者候補の誰にも目を向けず、静かに紅茶を口に運んでいた。
王家の威厳と気品を感じさせるその佇まいは、冷たく人を拒絶し、そう簡単に話しかけられる雰囲気ではない。
しばらく経つと、ハルヴァートの放つオーラに飲まれた令嬢達が我に返り、そわそわし始めた。
お茶会なのに、会話も交わさずに帰るわけにはいかない。誰もが一門の期待を背負ってここに来ているのだ。
お互いに目で合図しながら、落ち着かなげに指や体を動かす令嬢達の姿に気がついた従僕が、ハルヴァートに小声で何かを囁くと、ハルヴァートは無表情のまま、全員に同じ挨拶と質問を始めた。
「初めまして」
「お名前は」
「今日のお召し物は美しいですね」
「ご趣味は」
「お父上と先日お会いしました」
「お母上はお元気ですか」
単調に繰り返される他人行儀な質問に、失望が舞い落ちる葉のように積み重なっていく。
でも、ここで諦めてしまっては、他の令嬢にハルヴァートの隣を譲ることになってしまう。
私以外の人間に向かって微笑みかけるハルヴァート様。
その姿を想像するだけで身体中を切り裂かれてバラバラになってしまいそうだ。
身を切られそうな痛みを感じ、ルシアナは顔に笑みを貼り付けたまま、お茶会が終わるまで耐え続けた。
寂しくなんてない。
悲しくなんてない。
きっと、婚約者の選定が公平に行われていることを示さなければならないからだろう。
なのに、なぜ、お茶会が始まった時よりもハルヴァートとの距離が遠ざかってしまったような気がするのだろう。
そんなはずは、ないのに。
**************************************************
お読みいただきましてありがとうございました。
まだ、たったの5歳なのにと心配する母を尻目に、父はそれでこそ我が公女と大喜びしていた。
もっともっと他の令嬢よりも早く自分を磨き、父や母だけではなく、王や王妃、そして王家の重鎮達にもルシアナが将来の王妃にふさわしい令嬢だと認めてもらいたい。将来の王太子の伴侶として選ばれなければならない。
何よりもハルヴァートに微笑みかけてもらいたい、愛される王妃になりたいと思ったから。
歴史、社交術、語学、友好国や敵対国の歴史、国内の貴族全ての顔と名前を一致させ、趣味や経歴、領地の特産物、力関係‥‥‥
さらには、刺繍に美容、ダンス、馬術、護身術と、寝る間もなく勉強と努力を続けた。
その甲斐あってか、貴族社会の中では、アドランテ家の公女は春に咲く花のような華やかさと大人も舌を巻くほどの知性を持った将来有望な婚約者候補として認知されるようになっていった。
それなのに。
肝心なハルヴァートはたまに王妃主催のお茶会で顔をあわせることがあっても、あれ以来にこりともしてくれない。
ハルヴァートが8歳になり、婚約者候補を立てるための検討を始める時に、家臣達が意中の令嬢や好みの令嬢がいないのか探ったそうだ。父はため息をつきながら、「ご令嬢にはまるで興味はなさそうだ」とこぼしていた。
なぜこれだけお側にいて、努力を続けているのに選んでいただけないのだろう。
がっかりする、なんて単純な感情では済まされない、自分の存在が全て否定されたような気がして、このままどこかに消えてしまいたいような気分に苦しめられた。
母やメイドが心配して、シェフに作らせた好物のスフレケーキすら食べたくない。
しばらく食欲がない日々が続いていたが、ルシアナを立ち直らせたのは、父が告げた「婚約者候補は5人選定される」、という話だった。
落ち込んでいる場合じゃない。
ライバルが4人もいるのだ。
うかうかしていたら、誰かにハルヴァート様を取られてしまう。
想像しただけでも恐ろしい。
何かに駆り立てられるように必死で努力した結果、婚約者候補として、予定通り無事に選定されることができた。
婚約者として、というわけではないことが少し気に入らない。
そしてハルヴァートが自分を指名してくれなかった、という事実は少なからずルシアナのプライドと心を傷つけた。
でもそんなこと絶対に悟られてはならない。
これまで以上に完璧なる美しさと知性をもつ存在として知られなければ。
ハルヴァートとルシアナが10歳になると、婚約者候補達を集めて毎月お茶会が開かれることになった。
その頃には、ルシアナは美しく気品がある優秀な令嬢として次代の王妃に間違いないと囁かれるようになっていた。
でも一番肝心なハルヴァートとの距離は近づくこともないまま日々が過ぎていた。
このお茶会を機会に、ハルヴァート様と親しくなり、将来ともに国を背負う伴侶として選んでいただきたいとルシアナは強く願った。
その願いを受けて、お茶会に向けて入念に準備が進められた。
新しいドレスや宝飾品の用意。
マナーのおさらい、美しく見えるカップの持ち方に微笑み方。
話題の選び方。
肌や髪の手入れや髪型の選定‥‥
マナー講師や母と共に必死で準備した。
それなのに。
お茶会当日、ハルヴァートは特にルシアナに関心を示すことはなかった。
ルシアナの空色のドレスにも、美しい容姿にも、流れる黒髪にも目を留める様子はなかった。
王太子殿下として婚約者候補達に紹介されると、無表情のまま挨拶し、席に着いた。
失意を表に出してはいけない。
完璧な笑顔と優美さだけを表情に貼りつける。
体の底から震え出しそうな失望と、ともすれば滲みそうになる涙を必死で抑えつける。
(何か理由があるのだ。
きっと。
そうに違いない。
そうでなければならない。
体の震えを悟られてはならない。微笑まなければ。)
濃赤色のコートにライトグレーのウエストコートを身にまとったハルヴァートは、婚約者候補の誰にも目を向けず、静かに紅茶を口に運んでいた。
王家の威厳と気品を感じさせるその佇まいは、冷たく人を拒絶し、そう簡単に話しかけられる雰囲気ではない。
しばらく経つと、ハルヴァートの放つオーラに飲まれた令嬢達が我に返り、そわそわし始めた。
お茶会なのに、会話も交わさずに帰るわけにはいかない。誰もが一門の期待を背負ってここに来ているのだ。
お互いに目で合図しながら、落ち着かなげに指や体を動かす令嬢達の姿に気がついた従僕が、ハルヴァートに小声で何かを囁くと、ハルヴァートは無表情のまま、全員に同じ挨拶と質問を始めた。
「初めまして」
「お名前は」
「今日のお召し物は美しいですね」
「ご趣味は」
「お父上と先日お会いしました」
「お母上はお元気ですか」
単調に繰り返される他人行儀な質問に、失望が舞い落ちる葉のように積み重なっていく。
でも、ここで諦めてしまっては、他の令嬢にハルヴァートの隣を譲ることになってしまう。
私以外の人間に向かって微笑みかけるハルヴァート様。
その姿を想像するだけで身体中を切り裂かれてバラバラになってしまいそうだ。
身を切られそうな痛みを感じ、ルシアナは顔に笑みを貼り付けたまま、お茶会が終わるまで耐え続けた。
寂しくなんてない。
悲しくなんてない。
きっと、婚約者の選定が公平に行われていることを示さなければならないからだろう。
なのに、なぜ、お茶会が始まった時よりもハルヴァートとの距離が遠ざかってしまったような気がするのだろう。
そんなはずは、ないのに。
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お読みいただきましてありがとうございました。
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