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2 学園編
97 公爵令嬢 ルシアナ・アドランテ 3
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その報告は突然だった。
「聖女が顕現したらしい」
王を助けて、この国を建国した聖女様は、国民から深く敬愛されていた。
聖女を崇める神聖ヘレナ教団は国内で最も強い力を持っている。
建国以来、断続的に聖女は顕れていたが、ここ100年ほどは存在しなかった。
聖女の力はその時により変わるが、ただ存在するだけで国が安定し、繁栄をもたらす存在として崇められる。
初代国王の妃が聖女であったせいか、聖女が顕現した時には、王家に迎えられることが多かった。
多い、というのは選ぶ権利は聖女にあったから。
先代の聖女様は、王の申し出を断って護衛騎士と生涯を共に過ごされた、とか。
ただし、王と聖女に年齢差があり、すでに複数の妃がいたこと、直系王族には聖女と年齢が釣り合う男子がいなかったことも理由として挙げられている。
王は全ての妃と離縁しても、と聖女を求めたそうだが、聖女はそれを認めなかった。
すでに後継の王子もあり、無用な争いや悲しみは生みたくない、と。
その後聖女は王都を離れ、護衛騎士と生涯幸せに暮らした、言い伝えられている。
聖女が幸せに暮らした期間、気候は安定し、農作物はよく育ち、海からの恵みも絶えることはなく、国は栄え、平和な世が続いたという。
「当代の聖女は、王太子の二つ下で、年齢が合う。ルシアナと王太子の結婚は厳しくなってきたかもしれない」
お父様がご自分の失望を隠しながら、心配そうに私に伝えた日。
なぜかその内容とは不似合いに、空は青く、高く冴え冴えと晴れ渡っていた。
「なぜですか」
声が震えそうになる。本当は理由はわかっている。すでに学習した内容だったので。でも、信じたくない気持ちが先だった。
父は私を気遣うようにして話し続けた。
「聖女の血を王家に取り入れるため、聖女が顕現した場合、まず王家の方、特に直系の王族との婚姻が検討される。王に近ければ近いほど良いとされているが、次代の王として期待されているハルヴァート様は未だ婚約者すらいらっしゃらない。第二王子殿下は病弱でいらっしゃる。それに、第二王子殿下と聖女様が婚姻された場合、王位継承者としてのパワーバランスが崩れることも考えられるから、ハルヴァート様と聖女様が婚姻されれば、王家としても理想的なんだ。ここまではわかるかな?」
私は、蒼白になった顔を取り繕うことさえもできず、頷いた。
「今日、王太子殿下がお忍びで聖女様に会いに行ったそうだ」
雷に打たれたような衝撃だった。
あれから数度あったお茶会でもいつも無表情で機械的な態度を崩さなかった王太子殿下が、わざわざ聖女に会いに出向いていったとは。
王太子殿下であれば、呼びつけることもできるはずなのに。
父が何かを話し続けているが私の耳にはもう何も入らなかった。
(嘘。嘘よ。信じたくない)
私は頭を押さえて椅子に座り込んだ。
遠くから私を心配するような声が聞こえてくるが、何も理解できない。
ただ、信じたくない、という気持ちだけがぐるぐると勢いよく音を立てて私の中で回り続けていた。
(どうか、お願い、私からハルヴァート様を盗らないで。)
(お願い‥‥‥お願い‥‥‥)
渦を巻くように纏まらない思考が私の中を駆け巡る。
辛い、苦しい。
ズブズブと深い沼にはまり込んで抜け出せなくなっていく。
苦しい。息ができない。
口から、目から、鼻から、耳から、ドロドロした沼の水が入り込んでくる。
溺れる。
これが、溺れる、ということ。
苦しい‥‥‥
苦しい‥‥‥
苦しい‥‥‥
気がつくと、自室のベッドの中だった。
私はあのまま気を失って倒れてしまったようだ。
「王妃」になる者として、そんなことではいけない。
私は自分を叱咤すると、なるべく普段通りに見えるように笑顔を貼り付けた。
ライバルに遅れを取らないために家庭教師について日々の日課をこなしていく。
でも、不思議なほど内容は頭に入ってこなかった。
その翌日。
ハルヴァート様が私を訪ねてきた。
ハルヴァート様が自邸においでになる事など、これまで一度もなかった。
浮き足立って準備をするメイドたちに、とっておきのドレスを着つけられながら、私の胸にあったのは黒々と渦を巻く不安だけだった。
「申し訳ないが、婚約者候補を解消する。」
ハルヴァート様のその一言は私を粉々に打ち砕く破壊力を持っていた。
相変わらず機械のように無表情で淡々と死刑宣告にも似た言葉を私にぶつけるハルヴァート様。
愛しているのに。
なぜ応えてくれないの?
「ルシアナ嬢に問題は一つもない。ご令嬢の評判が傷つかないように配慮するとともに、慰謝料として‥‥‥」
「おやめください!!」
私は悲鳴にも似た声でハルヴァート様の言葉を遮った。
私の愛を、努力を、お金に替える話など聞きたくない。
そんな事許せない。
ただの一時の気の迷いで、私を簡単に手放さないで。
「慰謝料は必要ありません。1日も早く正気に戻られることだけを願っております」
私はそう言うと、優雅に立ち上がった。
絶対に私のことを忘れないで。
思いを込めて、ゆっくりと優しげな笑みを浮かべて、丁寧にカーテシーで王太子殿下に礼をすると、部屋から退出した。
戸惑ったように私を引き留める父や母の声が聞こえてきたが、立ち止まらなかった。
ただ、まっすぐに自室に足を進めた。
こんな結末、許せない。
許せるはずがない。
**************************************************
お読みいただきましてありがとうございました。
「聖女が顕現したらしい」
王を助けて、この国を建国した聖女様は、国民から深く敬愛されていた。
聖女を崇める神聖ヘレナ教団は国内で最も強い力を持っている。
建国以来、断続的に聖女は顕れていたが、ここ100年ほどは存在しなかった。
聖女の力はその時により変わるが、ただ存在するだけで国が安定し、繁栄をもたらす存在として崇められる。
初代国王の妃が聖女であったせいか、聖女が顕現した時には、王家に迎えられることが多かった。
多い、というのは選ぶ権利は聖女にあったから。
先代の聖女様は、王の申し出を断って護衛騎士と生涯を共に過ごされた、とか。
ただし、王と聖女に年齢差があり、すでに複数の妃がいたこと、直系王族には聖女と年齢が釣り合う男子がいなかったことも理由として挙げられている。
王は全ての妃と離縁しても、と聖女を求めたそうだが、聖女はそれを認めなかった。
すでに後継の王子もあり、無用な争いや悲しみは生みたくない、と。
その後聖女は王都を離れ、護衛騎士と生涯幸せに暮らした、言い伝えられている。
聖女が幸せに暮らした期間、気候は安定し、農作物はよく育ち、海からの恵みも絶えることはなく、国は栄え、平和な世が続いたという。
「当代の聖女は、王太子の二つ下で、年齢が合う。ルシアナと王太子の結婚は厳しくなってきたかもしれない」
お父様がご自分の失望を隠しながら、心配そうに私に伝えた日。
なぜかその内容とは不似合いに、空は青く、高く冴え冴えと晴れ渡っていた。
「なぜですか」
声が震えそうになる。本当は理由はわかっている。すでに学習した内容だったので。でも、信じたくない気持ちが先だった。
父は私を気遣うようにして話し続けた。
「聖女の血を王家に取り入れるため、聖女が顕現した場合、まず王家の方、特に直系の王族との婚姻が検討される。王に近ければ近いほど良いとされているが、次代の王として期待されているハルヴァート様は未だ婚約者すらいらっしゃらない。第二王子殿下は病弱でいらっしゃる。それに、第二王子殿下と聖女様が婚姻された場合、王位継承者としてのパワーバランスが崩れることも考えられるから、ハルヴァート様と聖女様が婚姻されれば、王家としても理想的なんだ。ここまではわかるかな?」
私は、蒼白になった顔を取り繕うことさえもできず、頷いた。
「今日、王太子殿下がお忍びで聖女様に会いに行ったそうだ」
雷に打たれたような衝撃だった。
あれから数度あったお茶会でもいつも無表情で機械的な態度を崩さなかった王太子殿下が、わざわざ聖女に会いに出向いていったとは。
王太子殿下であれば、呼びつけることもできるはずなのに。
父が何かを話し続けているが私の耳にはもう何も入らなかった。
(嘘。嘘よ。信じたくない)
私は頭を押さえて椅子に座り込んだ。
遠くから私を心配するような声が聞こえてくるが、何も理解できない。
ただ、信じたくない、という気持ちだけがぐるぐると勢いよく音を立てて私の中で回り続けていた。
(どうか、お願い、私からハルヴァート様を盗らないで。)
(お願い‥‥‥お願い‥‥‥)
渦を巻くように纏まらない思考が私の中を駆け巡る。
辛い、苦しい。
ズブズブと深い沼にはまり込んで抜け出せなくなっていく。
苦しい。息ができない。
口から、目から、鼻から、耳から、ドロドロした沼の水が入り込んでくる。
溺れる。
これが、溺れる、ということ。
苦しい‥‥‥
苦しい‥‥‥
苦しい‥‥‥
気がつくと、自室のベッドの中だった。
私はあのまま気を失って倒れてしまったようだ。
「王妃」になる者として、そんなことではいけない。
私は自分を叱咤すると、なるべく普段通りに見えるように笑顔を貼り付けた。
ライバルに遅れを取らないために家庭教師について日々の日課をこなしていく。
でも、不思議なほど内容は頭に入ってこなかった。
その翌日。
ハルヴァート様が私を訪ねてきた。
ハルヴァート様が自邸においでになる事など、これまで一度もなかった。
浮き足立って準備をするメイドたちに、とっておきのドレスを着つけられながら、私の胸にあったのは黒々と渦を巻く不安だけだった。
「申し訳ないが、婚約者候補を解消する。」
ハルヴァート様のその一言は私を粉々に打ち砕く破壊力を持っていた。
相変わらず機械のように無表情で淡々と死刑宣告にも似た言葉を私にぶつけるハルヴァート様。
愛しているのに。
なぜ応えてくれないの?
「ルシアナ嬢に問題は一つもない。ご令嬢の評判が傷つかないように配慮するとともに、慰謝料として‥‥‥」
「おやめください!!」
私は悲鳴にも似た声でハルヴァート様の言葉を遮った。
私の愛を、努力を、お金に替える話など聞きたくない。
そんな事許せない。
ただの一時の気の迷いで、私を簡単に手放さないで。
「慰謝料は必要ありません。1日も早く正気に戻られることだけを願っております」
私はそう言うと、優雅に立ち上がった。
絶対に私のことを忘れないで。
思いを込めて、ゆっくりと優しげな笑みを浮かべて、丁寧にカーテシーで王太子殿下に礼をすると、部屋から退出した。
戸惑ったように私を引き留める父や母の声が聞こえてきたが、立ち止まらなかった。
ただ、まっすぐに自室に足を進めた。
こんな結末、許せない。
許せるはずがない。
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お読みいただきましてありがとうございました。
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