そうです。私がヒロインです。羨ましいですか?

藍音

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3 ヒロインへの道

109 ハル様のお忍び

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ヴィー様や子供達と楽しい時間を過ごし、男爵家に帰ってくると、男爵家の使用人さんたちがまさに馬車馬のように働いていた。
いつも冷静なマクシムさんがまるで鬼軍曹みたいな顔をして使用人たちに檄を飛ばしていた。
玄関ホールにはバラがあふれかえり、芳しい匂いに包まれている。でも、もしかして庭園のバラ全部切っちゃったの?
いつもチリ一つないほど整えられているのに、全部新品に変えたのかと思うほど何もかもがピカピカ‥‥‥真鍮の手すりもドア脇の花瓶も床も階段もピッカピカで眩しいぐらい。
子供達ときゃっきゃうふふとじゃれ回っていたほんの15分前からまるで別世界でついていけない。
‥‥‥一体何が?

「お嬢様、大変です。王太子殿下がお忍びでお見えになるそうです。つい先ほど、先触れがありまして。」
マクシムさんの目が怖い。食い入るような目で私の前に飛び出してきた。なんと、前髪が乱れてる!!初めて見た!!
「ハル様が?ずいぶん急だけど‥‥‥」
「お嬢様、のんびりしてはいられませんよ!すぐにお召替えを。マーシャ!」

マクシムさんに声をかけられたマーシャさんが私を引きずるようにして部屋に連れ帰った。
後ろからは「奥様はまだお戻りではないのか!!」という悲鳴のようなマクシムさんの声。
ええっと。そんなにハル様はこだわらないと思うんだけど。なんてとても言えない雰囲気。
地方の一男爵家に王太子殿下が来るなんて、まあ、ないもんねえ。

私はおとなしくマーシャについていき、されるがままに全身を整えてもらった。
さっきまで子供達と湖の周りを転げ回って遊んでいた私の頭には、草や泥が付いていて、それを見つけるたびに、マーシャが小さな悲鳴をあげる。

「お嬢様ーーー!!!」
「ご、ごめんなさーーーい!!」

あちこちこねくり回され、マーシャのOKが出た時には、2時間も経っていた。
いつも、ハル様と会う時にそんなオシャレしてないけど。
でもそんなこと言ったら、マーシャの目がますます吊り上がりそう。
私はおとなしくあっちをひっぱりこっちをひっこめと、「男爵家の令嬢らしく」整えてもらった。

薄い水色のシルクをたっぷりと使ったふんわりとしたドレスを着せられ、戸惑ってしまう。この色って、ハル様の瞳の色じゃん?ちょっと照れくさい‥‥‥
髪のリボンにハル様の色を纏うだけで赤面しちゃうのに、全身ハル様の色って、なんだか‥‥‥
自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
このドレスを着た私を見て、ハル様がどんな顔をするのか、考えただけでも、お尻のあたりがもぞもぞして、居ても立っても居られない気分になる。嬉しそうな顔をするのか、それとも笑うのか、気づかないふりをするのか‥‥‥迷惑そうな顔されたらどうしよ。
やりすぎじゃない?もっと無難なドレスの方がよかった?
やっぱり、この間新調してもらった別の色のドレス‥‥‥藍色のドレスは?

「マーシャ、あの」
声をかけようとした瞬間、窓の外から蹄の音が聞こえてきた。
1、2、3‥‥‥10騎以上いる。馬車の音は聞こえない。まさか、ハル様、馬でいらしたの?馬車じゃなくて?

「お嬢様!!早くホールでお出迎えしないと!!」
マーシャが叫ぶように声を上げた。
急いでホールまで降りると同時に「王太子殿下のご到着です」とクロードさんの声が聞こえた。

そそくさととうさまのうしろに並ぶと、「遅いよ」とセオドアが肘でついてきた。
「いろいろね」と小声で囁き完璧に整えられた髪を指指す。
セオは何も言わずに目で頷いた。

静まり返ったホールにハル様が入ってくると、皆そわそわと浮き足立つ。
ジロジロみて不敬と取られるわけにはいかないけど、やっぱり見たいってなるよね。
今日家に帰ってから家族に話したいもんねえ。
仕事帰りの町の酒場でもハル様をみたって自慢できるもんね。きっとビールが進むにちがいない。

針が落ちても聞こえそうな静けさの中、ハル様がホール中央で立ち止まった。
その瞬間、気が散りまくっていた私の視線は釘付けになった。
ぼんやりとした背景の中、ハル様だけにピントがあっている写真を見ているみたい。
黒い乗馬服に包まれた体は毎日の鍛錬の成果でしなやかな筋肉に覆われ、精悍な雰囲気を醸し出している。
急いで来たのか、髪が乱れていて、なんか‥‥‥ドキドキする。
こっち見てくれないかな‥‥‥かっこいい‥‥‥思わず見とれていると、またセオドアに肘で突かれ、慌てて頭を下げた。

久しぶりにハル様の姿を見て、くるりくるりと心臓が踊り出す。
舞い上がる気持ちを抑えながら、ちょっとだけっとハル様を覗き見た。
ハル様は、感情を表に出すことはしないが、以前の氷のような冷たさはなくなった。
その瞳はもう氷のようではなく、晴れた青空のようだ。
ハル様はつと首をめぐらせて私の姿を見つけるとピタリと視線が止まった。
思わず、礼をとることすら忘れて見つめ返すと、ハル様がかすかに微笑んだ。ほんとーにかすかに、他の人にはわからないくらいかすかに、だけど。スタスタと大股で移動しとうさまの前に立つ。

「時間ができた故、急に立ち寄ることにした。男爵家でご歓待いただき、感謝する」
「王太子殿下のお越し、誠に光栄に存じます」
とうさまがハルさまに頭を下げる。
「うむ。今日は、忍びなので、格式ばった挨拶は不要だ。男爵家のホールは美しく整えられておるのだな。一同息災で何より」
マクシムさんたちが心の中でガッツポーズしている。頑張ったもん、気がついてもらえてよかったね。
一同感謝の念を込めてお辞儀した。

「応接室にてお茶をご用意しております。よろしければ、少しお休みください。ステラ。」
「はい」
「ご案内を」
「はい、お父様」

私が案内のためにハル様のそばに立つと、ハル様の背は休みの間に少し伸びたことが分かった。
会うたびにかっこよくなってる気がする。いや、前からかっこいい。でも今日はもっとかっこいい。どっきんどっきんと激しく跳ね回る心臓が飛び出しそうで、言葉が出てこない。このまま、どこかに飛んで行ってしまいそうだ。

「ディライト卿。茶は後でいい。こちらには美しい湖があると聞いたが、そちらを見せてはいただけまいか」
「湖‥‥‥でございますか。承りました。ステラご案内して差し上げなさい」
「は、はい。お父様。ハル様、こちらです」

ハル様は、特に表情も変えずに私の手を取った。
そのままスタスタと湖への道を向かう。
でも、すぐそばにいる私にはハル様の耳が赤くなってることがわかって、胸の奥がムズムズしちゃった。

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