そうです。私がヒロインです。羨ましいですか?

藍音

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3 ヒロインへの道

149 赤毛の兵士 ライ

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鬱蒼とした深い緑が、果てしなく広がる国境の森の中。
朝の哨戒の途中、赤毛の兵士ライは、ふと違和感を覚えた。

「妙に、森の中が浮ついている?」

爽やかな風が吹き、明るい日が差し込んでいる。
小鳥は空を舞いながら歌い、花が咲き乱れ、辺りには良い香りが漂っていた。
昨日までとは、明らかに違う。

森の奥には未知の魔物が生息している。奥地まで探索に行って戻った者はいないため、未だ全容はわかっていない。
ただ、数の多さからだろうか、鳥やネズミの類が魔獣化して、森の近くに出没することがある。
魔獣化した獣は歯が鋭く気性が荒いため、大人の男ですら、武器を持っていなければ喉を食いちぎられることがあるし、子供ではひとたまりもない。

ライの所属する、第2師団は国境の森の警備を担当している。
第2師団の中では、ここ数ヶ月は、だんだんと増えていく魔獣化した獣の動向を懸念し、せめて森の入り口だけでも魔獣よけの柵を巡らせるべきではないかと言う意見が出ていた。
また、ここ数年せいぜい兎程度の小動物の魔獣化しか見られなかったのに、一月前には魔獣化した狼が現れ、第2師団からも数人の犠牲者と多数の怪我人を出したばかりだ。
3日前には、異様なまでに大きな角を持つ牡鹿の目撃情報もあり、だんだんと進む魔獣化する動物の大型化に危機感を強め、警戒を強めていた矢先だった。

森を漂う、粘ついた、不穏な空気。
鳥の鳴き声も低くしゃがれていて不安を誘う。
魔獣化したネズミたちは知能を持ち、昨日はついに兵士の一人が危うく誘い込まれ、食われるところだった。
国境を警備する兵士たちにの間にも不安が広がっている。

それだけではない。
第2師団では、これまで森で取れる獣の肉を食べていたのに、主な食料源であるウサギが魔獣化することによって気味が悪く、食べられなくなってしまった。
しかも、魔獣化する森の生き物がだんだん大型化していることにより、食物連鎖の影響ではないかとの声が上がっている。
まずは小さな獣が魔獣化する。それを一定量食べた捕食者が魔獣化する。
鹿の魔獣化から、周辺の植物まで魔獣化する要素を含んでいるのではないかとの懸念も生じている。
力がつく肉も新鮮な森の恵みも食べられなくなった兵士達の不満は募るばかりだった。

それなのに。
今日は妙に森のなかが穏やかだ。
そうだ、この雰囲気は、森の動きが活性化する前はこんな感じだったかもしれない。
ここ数ヶ月の緊張のせいでもう忘れかけているが。

ライが辺境を訪れ、兵士として雇い入れられたのは、1年ほど前のことだった。
そういえば、以前の森の中はこのくらい穏やかではなかったか。
時折、魔獣化したネズミが出ることもあったが、狩ればまた落ち着く、その程度だった。

砦に戻ると、続々と同じような報告が上がってきた。

森の中に数カ所ある哨戒ポイントでは、どこも同じような「異変」が起こっていた。
花が咲き乱れ、鳥が歌う。
昨日まで油断すれば襲い掛かられそうなほど大量に発生していた魔獣化した小動物が見当たらなくなっている。
しかも魔獣化していないウサギを捕獲した者もいた。久しぶりに肉料理にありつけると、兵士たちは大喜びだ。

「一体何が起きているんだ?」

師団長のケイレブが兵士たちの顔を見回したが、ライを含め、誰も答えを知らなかった。
皆お互いに顔を見合わせても答えはどこにも書いていない。
途方にくれたようにお互いを見てもわからない。
でも、少しだけホッとしたような、肩の力をぬくことを少しだけ許されたような、安堵の気配が漂っていた。

「ふむ」

ケイレブが再度兵士たちの顔を見回す。

「警戒は継続すること、気は緩めるな。それから、もう一つ、皆に伝達がある」

兵士たちは息を飲み、ケイレブに兵士たちの視線が集まった。

「聖女候補が100年ぶりに顕れたことを知っている者もいるとは思うが」

ケイレブが見回すと、大きく頷くもの、初耳だと首を傾げているもの、反応は様々だ。

「聖女候補が慰問に訪れてくださるそうだ。まあ、現地の激励ってとこだな。色々ありそうだが俺たちの知ったこっちゃない。口をきく機会はないだろうが、せいぜい拝んどけ。すごい美人らしいぞ」

どっ、と兵士たちの空気が湧いた。

「金環の瞳をお持ちだとか!楽しみですね!絶世の美女だって評判ですよ」
「こうしちゃいられない。お前、この間風呂に入ったのいつだよ。臭いぞ」
「お前こそ」
「聖女様が臭くて倒れたら大変だ」
「お前なんて、聖女様の目の端にすら入らねーけどな?」

ケイレブは久々に部下達が喜びで浮かれる姿を見ると、末の妹のリーラがアドランテ一門と対決してでも聖女を連れて来ようとしていることはそう悪いことではないのかもしれない、と思った。

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