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3 ヒロインへの道
179 ハルヴァートの苦悩(王太子ハルヴァート 11)
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「お目覚めになりましたか」
ハルヴァートがうっすらと目を開けると、枕元にいたヴィダルが声をかけた。
「成果はいかがでしたか・・・いえ、聞くまでもございませんか?」
「ああ」
ヴィダルはハルヴァートの目を覗き込み、大きく頷いた。
「お会いになれたようですな」
**************************************************
時は少し遡る。
ハルヴァートが魅了にかけられた痕跡があると判明してから、魅了の解呪のため、教団内で研究が進められていた。よくわからない術ゆえ、どんな障りがあるかもわからない。そのため、解呪方法が見つかるまでは、と軟禁が続いていた。
師としてハルヴァートに面会したいと何度も申し入れたが、ハルヴァートの従者からは「お会いになることはできません」とけんもほろろに断られてしまっていた。
そこをなんとかと、くどいほどに申し入れ続け、今日やっと面会が許されたのだ。
薄暗い部屋の中でヴィダルを迎えたハルヴァートは、これまで見たことがないぐらい憔悴していた。
青白い顔とカサカサとした唇。常に一筋ほどの乱れもなかった髪は両手を入れて掻きむしったかのように乱れていた。落ちくぼんだ目には、深い苦悩が宿っている。
「お元気でしたか」
ヴィダルはあえて何も気づかぬふりで話し出した。
「何度もお願いしてやっとお会いすることができました」
「そうか」ハルヴァートはポツリと言う。「面倒をかけたな」
「なんの、これしき。私と殿下の仲ではありませんか。何が起ころうと殿下は私の大切な教え子ですから」
ハルヴァートの瞳がふと揺らいだ。
「ヴィダル」ハルヴァートが囁くような小さな声で言う。
「これが感情というものなのか。私はステラに出会ってから、振り回されてばかりだ。嬉しい、楽しい、イライラする。未知の感情は興味深かった。ただ、いまの感情はいただけない」
ヴィダルが静かに頷き先を促す。
「苦しい。感情というものがこの世からなくなってしまったらいいのにと思えるほど。何も感じなかった昔を懐かしんでしまうほど、つらい。世の中の全てが私から背を向け、去っていく。足元が崩れ落ちそうだ」
ハルヴァートの瞳はガラス玉のようにただ、虚ろに光を映していた。
「殿下」ヴィダルは一歩進み、手を差し伸べた「お手に触れても?」
「許す」ハルが答えると、ヴィダルはハルの手を握りしめた。
「あなた様は私の生涯の弟子でございます。必ずお支えいたします。全てがあなたから去ったわけではありません。私がおります」
「お前とて、立場があろう」
「なんの!立場などなんでございましょう。大体私には責任など似合わないのです。本来は単なる学究の徒にすぎなかった私が、教団での立場に未練があるなどと思われますな!信仰はどこでもできるのです」
「ハルヴァート様」ヴィダルはハルヴァートの手を強く握った。
「逃げてはなりません。今が一番辛い時なのです。辛い時こそ試練から逃げてはなりません」
ハルヴァートは、ヴィダルを見た。
長く年月を重ね、白いものが増えた。でも、柔和に笑うとできる笑い皺は昔から変わらない。
この師はいつでもハルヴァートを思いやり導いてくれた。
時に厳しく、時に優しく。
その瞳に宿る英知は、出会った頃から変わらず、彼の信念とともに輝いていた。
「ヴィダル」
ハルヴァートは心の奥底で彼を苛む疑問を打ち明けることにした。
「ステラは私に魅了をかけたのか?魅了の痕跡があると診断されてからずっと私の心を苦しめたのは、ステラが私に魅了をかけたのかもしれない、という事実だ。そんなことはあり得ないと思っていても、心のどこかから、うっすらとそうだったのかもしれないと疑念が湧き上がる。教えてくれ。ステラは私に魅了をかけたのか?」
ハルヴァートのかすれた声が、ヴィダルの胸を打つ。
この弟子がここまで感情をあらわにしたことはなかった。
しっかりと向かい合わなければならない。
「申し訳ありませんが、わかりかねます」
ヴィダルは正直に答えた。
ハルヴァートの瞳に失望が走る。
「本当にわからないのです。なんせ、事例がありませんから。そもそも、魅了は禁術です。時折、魅了が疑われることもありますが、大抵は事実ではありません。30年ほど前、王に魅了をかけようとした悪女がおりました。それ以来、この国では魅了を使えば死罪です。そこまでのリスクを冒してまでも魅了をかけようとする者はおりませんでした。大抵の男女間のあれやこれやなら、媚薬で事足りてしまいますからな」
ヴィダルは俗世から離れた暮らしをしているくせに、巷間の事情にも詳しいらしい。
「ただ、私はステラ嬢が殿下を魅了したとは思えません。そのようなお人柄とも思えません」
「私とて、ステラを信じたいのだ」
「・・・では、お会いになりますか?今、ステラ嬢は遠く、辺境に慰問に行かれていると伺っております。距離は心の距離も広げてしまいます。教会に伝わる秘術がございます。そちらで聖女様にお会いになられてみたらいかがでしょうか」
「秘術とは」
「歴代の聖女様は、必ずしも教会の中でお過ごしになられたわけではありません。聖女様の居場所を確認し、お守りするため、そしていざという時は聖女様のご指示を仰ぎ、場合により聖力を送っていただくための秘術がございます。教団の中でも限られたものしか知ることを許されない術でございます」
「ステラに会えるのか」
「おそらく。当たり前ですが、私もこの術を施すのは初めてございます。聖女様が顕現されたのは100年ぶりですからな。成功するかはわかりませんが、精一杯努めさせていただきます」
「そうか、頼む」
ハルヴァートに迷いはなかった。
ヴィダルを見つめるハルヴァートの瞳に力が戻りつつあった。
**************************************************
すみません、家の都合で1週間ほど更新をお休みします。
また、再開しましたらよろしくお願いします。
ハルヴァートがうっすらと目を開けると、枕元にいたヴィダルが声をかけた。
「成果はいかがでしたか・・・いえ、聞くまでもございませんか?」
「ああ」
ヴィダルはハルヴァートの目を覗き込み、大きく頷いた。
「お会いになれたようですな」
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時は少し遡る。
ハルヴァートが魅了にかけられた痕跡があると判明してから、魅了の解呪のため、教団内で研究が進められていた。よくわからない術ゆえ、どんな障りがあるかもわからない。そのため、解呪方法が見つかるまでは、と軟禁が続いていた。
師としてハルヴァートに面会したいと何度も申し入れたが、ハルヴァートの従者からは「お会いになることはできません」とけんもほろろに断られてしまっていた。
そこをなんとかと、くどいほどに申し入れ続け、今日やっと面会が許されたのだ。
薄暗い部屋の中でヴィダルを迎えたハルヴァートは、これまで見たことがないぐらい憔悴していた。
青白い顔とカサカサとした唇。常に一筋ほどの乱れもなかった髪は両手を入れて掻きむしったかのように乱れていた。落ちくぼんだ目には、深い苦悩が宿っている。
「お元気でしたか」
ヴィダルはあえて何も気づかぬふりで話し出した。
「何度もお願いしてやっとお会いすることができました」
「そうか」ハルヴァートはポツリと言う。「面倒をかけたな」
「なんの、これしき。私と殿下の仲ではありませんか。何が起ころうと殿下は私の大切な教え子ですから」
ハルヴァートの瞳がふと揺らいだ。
「ヴィダル」ハルヴァートが囁くような小さな声で言う。
「これが感情というものなのか。私はステラに出会ってから、振り回されてばかりだ。嬉しい、楽しい、イライラする。未知の感情は興味深かった。ただ、いまの感情はいただけない」
ヴィダルが静かに頷き先を促す。
「苦しい。感情というものがこの世からなくなってしまったらいいのにと思えるほど。何も感じなかった昔を懐かしんでしまうほど、つらい。世の中の全てが私から背を向け、去っていく。足元が崩れ落ちそうだ」
ハルヴァートの瞳はガラス玉のようにただ、虚ろに光を映していた。
「殿下」ヴィダルは一歩進み、手を差し伸べた「お手に触れても?」
「許す」ハルが答えると、ヴィダルはハルの手を握りしめた。
「あなた様は私の生涯の弟子でございます。必ずお支えいたします。全てがあなたから去ったわけではありません。私がおります」
「お前とて、立場があろう」
「なんの!立場などなんでございましょう。大体私には責任など似合わないのです。本来は単なる学究の徒にすぎなかった私が、教団での立場に未練があるなどと思われますな!信仰はどこでもできるのです」
「ハルヴァート様」ヴィダルはハルヴァートの手を強く握った。
「逃げてはなりません。今が一番辛い時なのです。辛い時こそ試練から逃げてはなりません」
ハルヴァートは、ヴィダルを見た。
長く年月を重ね、白いものが増えた。でも、柔和に笑うとできる笑い皺は昔から変わらない。
この師はいつでもハルヴァートを思いやり導いてくれた。
時に厳しく、時に優しく。
その瞳に宿る英知は、出会った頃から変わらず、彼の信念とともに輝いていた。
「ヴィダル」
ハルヴァートは心の奥底で彼を苛む疑問を打ち明けることにした。
「ステラは私に魅了をかけたのか?魅了の痕跡があると診断されてからずっと私の心を苦しめたのは、ステラが私に魅了をかけたのかもしれない、という事実だ。そんなことはあり得ないと思っていても、心のどこかから、うっすらとそうだったのかもしれないと疑念が湧き上がる。教えてくれ。ステラは私に魅了をかけたのか?」
ハルヴァートのかすれた声が、ヴィダルの胸を打つ。
この弟子がここまで感情をあらわにしたことはなかった。
しっかりと向かい合わなければならない。
「申し訳ありませんが、わかりかねます」
ヴィダルは正直に答えた。
ハルヴァートの瞳に失望が走る。
「本当にわからないのです。なんせ、事例がありませんから。そもそも、魅了は禁術です。時折、魅了が疑われることもありますが、大抵は事実ではありません。30年ほど前、王に魅了をかけようとした悪女がおりました。それ以来、この国では魅了を使えば死罪です。そこまでのリスクを冒してまでも魅了をかけようとする者はおりませんでした。大抵の男女間のあれやこれやなら、媚薬で事足りてしまいますからな」
ヴィダルは俗世から離れた暮らしをしているくせに、巷間の事情にも詳しいらしい。
「ただ、私はステラ嬢が殿下を魅了したとは思えません。そのようなお人柄とも思えません」
「私とて、ステラを信じたいのだ」
「・・・では、お会いになりますか?今、ステラ嬢は遠く、辺境に慰問に行かれていると伺っております。距離は心の距離も広げてしまいます。教会に伝わる秘術がございます。そちらで聖女様にお会いになられてみたらいかがでしょうか」
「秘術とは」
「歴代の聖女様は、必ずしも教会の中でお過ごしになられたわけではありません。聖女様の居場所を確認し、お守りするため、そしていざという時は聖女様のご指示を仰ぎ、場合により聖力を送っていただくための秘術がございます。教団の中でも限られたものしか知ることを許されない術でございます」
「ステラに会えるのか」
「おそらく。当たり前ですが、私もこの術を施すのは初めてございます。聖女様が顕現されたのは100年ぶりですからな。成功するかはわかりませんが、精一杯努めさせていただきます」
「そうか、頼む」
ハルヴァートに迷いはなかった。
ヴィダルを見つめるハルヴァートの瞳に力が戻りつつあった。
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また、再開しましたらよろしくお願いします。
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