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第九十八話 夕やけ
朝、城を出発した時には青白かった光は、オレンジ色の夕日に姿を変えていく。
リオはアウレリオの胸にほほを乗せたまま、つぶやいた。
「もう、終わりですね」
今日という日はもうすぐ終わる。
一年に一度の特別な日が暮れていく。
痛いほどの感傷に包まれ、この日の最後まで見逃すまいと、目を瞬かせた。
アウレリオがリオの髪をなで、巻き毛を指にくるくると巻いてもてあそんだ。
「でも、また来れるだろう?」
小さな沈黙が落ち、リオが小声でつぶやいた。
「そう信じたいですね」
ひたひたと夜は忍び寄り、肌寒くなってくる。
「さあ、そろそろ戻りませんと」
リオはそう言いながら体を起こすと、あちこちに散らばった二人の衣服を集め始めた。
リオの裸身が残照に照らされ、オレンジ色に染まる。産毛が光を返し、金色にきらめいている。その美しさに、アウレリオは懸念を忘れ、うっとりとリオの体を眺めた。
「どうなさったんですか?」
リオが手に衣類をかけたまま振り返ると、整った顔は夕日に照らされ、瞳が金色に染まった。
「いや、ただ、美しいな、と」
リオは無言のままアウレリオの体にシャツを着せ、自分も身なりを整えた。
心なしか怒っているようにも見える。
合わせようとしない目が、何を物語っているのか、アウレリオには分からなかった。
「どうしたんだ」
静かに尋ねると、リオは目を一度閉じ、そして視線を逸らした。
「もう、お戻りになる時間です」
「そうだな」
「姫様の・・・いえ、奥様の元に、お戻りください」
濡れた土のように冷たい空気がふたりの間に落ちた。
現実から目を逸らしても、いつかは追い付かれてしまう。
「・・・戻る場所は、そこではない」
「でも、俺の・・・私の言いたいことはお分かりでしょう」
リオがまた視線を落とす。
そのまつ毛はオレンジ色の光を受け、金色に光る水滴が滴ったように見えた。
「お前は・・・それが、どういう意味か・・・」
魔物を相手にしても一歩も引かないアウレリオが、今、言葉に詰まっている。
まさか、リオにそんなことを言われる日が来るとは、考えたこともなかった。
「俺・・・俺は、アウレリオ様のお役に立つことはできません」
リオは堰を切ったように話し始めた。
「俺では・・・身分が違いすぎます。だから、姫様のところに行ってください。それが、アウレリオ様のお役目だから・・・だから、結婚なさったのでしょう?」
一度に言い切ると、リオはがっくりと肩を落とした。
「お役目を、果たしてください」
まさか、リオにそんなことを言われる日がくるとは。
心を閉ざし無言でうつむく姿を見ると、自分が情けなく、苦しい。
「なぜだ」
アウレリオがかすれた声で言った。
「なぜ、そんなことを。しかも、お前が言う?」
その目に表れた苦悩に、リオはひるんだ。だけど、これはアウレリオ様のため。自分の欲のためじゃないんだ。
「だって、俺は、伯爵家のためになるお子を産んで差し上げることができないからです」
はっきりと言い切ったリオの答えに、アウレリオはかばうように手のひらを頭に当てた。ガンガンと頭の中を血が流れている。
「そんなこと・・・お前は私の恋人ではないのか?」
「そういっていただけるのは光栄だと思っています。でも、俺では身分が低すぎて・・・アウレリオ様の立場が悪くなってしまいます」
「身分など!」アウレリオが吐き捨てた。「私など、ただの生贄だ。一族の約束に縛られた、ただの・・・」
「いえ、それは違います」リオがきっぱりと言った。「ご身分のある方には、ない者の気持ちはわからないでしょう。たとえ生贄だとしても、アウレリオ様に成り代わりたい者はたくさんいるんです」
リオはしっかりとアウレリオを見つめた。
「でも、アウレリオ様とかわれる人はいません。伯爵家にとって大切な方で・・・領地と領民を守ってくださっている。この地にとって、なくてはならない方なのです」
しん、と沈黙が落ち、オレンジ色の夕日は急激に色をなくしていく。
「お前まで、そう言うのか。生け贄は生け贄としての生を全うしろと」
リオは視線を落とした。
「ごめんなさい。俺には難しいことは分かりません。でも、このままでは、アウレリオ様から引き離されてしまう・・・偉そうなことを言っても、本音は自分勝手なんです」
「・・・母か」
リオは小さく首を振った。
「・・・」耐えがたいほどの沈黙のあと、アウレリオがぽつりとつぶやいた。
「すまない。お前にそんなことを言わせてしまって・・・私が悪かった」
リオは小刻みに震えながらうつむいている。
涙を必死にこらえる姿に、アウレリオの胸は痛んだ。
とても見ていられない。
「・・・帰ったら王女に手紙を書こう。訪問したいと。それが、私の役目だから」
**********
無言で後片付けをして、丘から降りると、アウレリオの護衛騎士たちが待ち構えていた。
夜は、もうすぐそこまで迫っている。早く帰らなければと焦る騎士たちは、アウレリオとリオの手の中に手綱を押し付けた。
アウレリオは愛馬にひらりとまたがると、ぴしゃりと馬に鞭を入れた。
「遅くなった。先を急ぐ」
ひんと馬がいななき、言葉をかける間もなく走り去る。
護衛たちが驚いているうちに、遠くに見える小さな土煙になってしまった。
「閣下!」
最側近の護衛が慌てて追いかけ、リオと他の騎士たちはぽつんと取り残された。
唇を噛んでうつむくリオに、騎士の一人が声をかける。
「おいおい、何かあったのか?あんな風に感情をあらわにされるなんて・・・」
「なにも」リオの声は震えていた。「なにも、ありませんでした」
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
いつも、♡と広告をありがとうございます。
また一段寒くなりましたので、温かくして、水分とビタミンをしっかりとってくださいね!
(コソコソ)
私はこういう展開めっちゃ好きなんですけど、皆様はどうかとドキドキしています。
(評価は♡ではっきりわかる(笑))
リオはアウレリオの胸にほほを乗せたまま、つぶやいた。
「もう、終わりですね」
今日という日はもうすぐ終わる。
一年に一度の特別な日が暮れていく。
痛いほどの感傷に包まれ、この日の最後まで見逃すまいと、目を瞬かせた。
アウレリオがリオの髪をなで、巻き毛を指にくるくると巻いてもてあそんだ。
「でも、また来れるだろう?」
小さな沈黙が落ち、リオが小声でつぶやいた。
「そう信じたいですね」
ひたひたと夜は忍び寄り、肌寒くなってくる。
「さあ、そろそろ戻りませんと」
リオはそう言いながら体を起こすと、あちこちに散らばった二人の衣服を集め始めた。
リオの裸身が残照に照らされ、オレンジ色に染まる。産毛が光を返し、金色にきらめいている。その美しさに、アウレリオは懸念を忘れ、うっとりとリオの体を眺めた。
「どうなさったんですか?」
リオが手に衣類をかけたまま振り返ると、整った顔は夕日に照らされ、瞳が金色に染まった。
「いや、ただ、美しいな、と」
リオは無言のままアウレリオの体にシャツを着せ、自分も身なりを整えた。
心なしか怒っているようにも見える。
合わせようとしない目が、何を物語っているのか、アウレリオには分からなかった。
「どうしたんだ」
静かに尋ねると、リオは目を一度閉じ、そして視線を逸らした。
「もう、お戻りになる時間です」
「そうだな」
「姫様の・・・いえ、奥様の元に、お戻りください」
濡れた土のように冷たい空気がふたりの間に落ちた。
現実から目を逸らしても、いつかは追い付かれてしまう。
「・・・戻る場所は、そこではない」
「でも、俺の・・・私の言いたいことはお分かりでしょう」
リオがまた視線を落とす。
そのまつ毛はオレンジ色の光を受け、金色に光る水滴が滴ったように見えた。
「お前は・・・それが、どういう意味か・・・」
魔物を相手にしても一歩も引かないアウレリオが、今、言葉に詰まっている。
まさか、リオにそんなことを言われる日が来るとは、考えたこともなかった。
「俺・・・俺は、アウレリオ様のお役に立つことはできません」
リオは堰を切ったように話し始めた。
「俺では・・・身分が違いすぎます。だから、姫様のところに行ってください。それが、アウレリオ様のお役目だから・・・だから、結婚なさったのでしょう?」
一度に言い切ると、リオはがっくりと肩を落とした。
「お役目を、果たしてください」
まさか、リオにそんなことを言われる日がくるとは。
心を閉ざし無言でうつむく姿を見ると、自分が情けなく、苦しい。
「なぜだ」
アウレリオがかすれた声で言った。
「なぜ、そんなことを。しかも、お前が言う?」
その目に表れた苦悩に、リオはひるんだ。だけど、これはアウレリオ様のため。自分の欲のためじゃないんだ。
「だって、俺は、伯爵家のためになるお子を産んで差し上げることができないからです」
はっきりと言い切ったリオの答えに、アウレリオはかばうように手のひらを頭に当てた。ガンガンと頭の中を血が流れている。
「そんなこと・・・お前は私の恋人ではないのか?」
「そういっていただけるのは光栄だと思っています。でも、俺では身分が低すぎて・・・アウレリオ様の立場が悪くなってしまいます」
「身分など!」アウレリオが吐き捨てた。「私など、ただの生贄だ。一族の約束に縛られた、ただの・・・」
「いえ、それは違います」リオがきっぱりと言った。「ご身分のある方には、ない者の気持ちはわからないでしょう。たとえ生贄だとしても、アウレリオ様に成り代わりたい者はたくさんいるんです」
リオはしっかりとアウレリオを見つめた。
「でも、アウレリオ様とかわれる人はいません。伯爵家にとって大切な方で・・・領地と領民を守ってくださっている。この地にとって、なくてはならない方なのです」
しん、と沈黙が落ち、オレンジ色の夕日は急激に色をなくしていく。
「お前まで、そう言うのか。生け贄は生け贄としての生を全うしろと」
リオは視線を落とした。
「ごめんなさい。俺には難しいことは分かりません。でも、このままでは、アウレリオ様から引き離されてしまう・・・偉そうなことを言っても、本音は自分勝手なんです」
「・・・母か」
リオは小さく首を振った。
「・・・」耐えがたいほどの沈黙のあと、アウレリオがぽつりとつぶやいた。
「すまない。お前にそんなことを言わせてしまって・・・私が悪かった」
リオは小刻みに震えながらうつむいている。
涙を必死にこらえる姿に、アウレリオの胸は痛んだ。
とても見ていられない。
「・・・帰ったら王女に手紙を書こう。訪問したいと。それが、私の役目だから」
**********
無言で後片付けをして、丘から降りると、アウレリオの護衛騎士たちが待ち構えていた。
夜は、もうすぐそこまで迫っている。早く帰らなければと焦る騎士たちは、アウレリオとリオの手の中に手綱を押し付けた。
アウレリオは愛馬にひらりとまたがると、ぴしゃりと馬に鞭を入れた。
「遅くなった。先を急ぐ」
ひんと馬がいななき、言葉をかける間もなく走り去る。
護衛たちが驚いているうちに、遠くに見える小さな土煙になってしまった。
「閣下!」
最側近の護衛が慌てて追いかけ、リオと他の騎士たちはぽつんと取り残された。
唇を噛んでうつむくリオに、騎士の一人が声をかける。
「おいおい、何かあったのか?あんな風に感情をあらわにされるなんて・・・」
「なにも」リオの声は震えていた。「なにも、ありませんでした」
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
いつも、♡と広告をありがとうございます。
また一段寒くなりましたので、温かくして、水分とビタミンをしっかりとってくださいね!
(コソコソ)
私はこういう展開めっちゃ好きなんですけど、皆様はどうかとドキドキしています。
(評価は♡ではっきりわかる(笑))
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