5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
105 / 152

第百話 やさしい森

(なにかが、おかしい)

森がざわつきすぎている。

アウレリオは湯船につかりながら考えた。
森は言葉を持たない。
だが、森と深く結びついた一族の後継者であるアウレリオは、その異変を敏感に感じ取ることができた。
早く姫の名残を洗い落としたくて、部屋に急いだが、ちゃんと耳を傾けるべきだったのかもしれない。

「ああ、くそっ」森を見に行かなければ。
あの時、森は間違いなく浮わついていた。
久しぶりに獲物を見つけたときに、小躍りするような感覚。
だけどそれだけじゃない。
あざけるような、なにか。
出し抜いてやったと、嘲笑しているような。

・・・誰を?

矢のように、一つの思いがアウレリオを貫いた。

(リオは、どこだ)

油断していた。リオはずっと私の守りの中にいると思っていたのに。
魔の森が狙うのは、私よりも、リオなのでは?

「リオ!」

思わず大声で呼ぶと、先ほどアウレリオを先導してきた侍従がひょこっと顔を出した。

「あー、すみません。リオは休みです」

間抜けな声に気が抜ける。

「あ、ああ」自分が休ませたのに。「そうだったな」
アウレリオはざっと水しぶきを上げ、湯船から立ち上がった。


***********

森は、やさしい。
真っ暗な森の中、優しい繭に包まれるような気分だ。
暗くて何も見えないはずなのに、なぜかはっきりと見える。
目指すのは、アウレリオ様と逢引きしたあの丘の上。
あの時は幸せだったな。
ううん、いつだって幸せだった。その分、いま悲しいだけ。
欲張りすぎて、悲しくなってしまった。

ふわふわとした黒い何かに導かれながら、大けやきに向かう。
今はただ、そのどっしりとした木に身体を預けたい。
幸せだったあの時の記憶も、少しは思い出してもいいかも。

新月は細く、夜は暗い。
あの夜はなぜあんなに明るくて、森が幸せそうに見えたんだろう。
光る白い道、そして歌う花たち。
丘を見上げると、ぼんやりと暗い世界に、枝を広げたけやきが立っている。
あの日は明るく見えたけやきも、今日は暗く、不吉に枝を揺らしていた。

(全然、違う。あの夜は、特別だったのかな。もしかして、アウレリオ様がたくさん魔法をかけてくださったのか・・・)

さやさやとささやくように葉を揺らしていた銀灰色のけやきは、ただの不機嫌で不愛想なけやきに変わっていた。

(なんだよ、お前まで。俺を慰めてくれよ)

リオは心の中でつぶやき、けやきの根元に腰を下ろした。

(別に、普通と変わらないよな。夜が暗いのは当たり前だし、ましてや新月だし。それに・・・今日はひとりだし)

心臓をつかまれたような痛みが走る。
何でもない、何でもない。何でもないんだ。

リオはぎゅっと目を閉じて、けやきに頭を預ける。
風が枝を揺らし、ざわざわと葉がこすれた。
ただの風の音。それなのに、心がなごむ。
魔の森なんて、嘘だ。ただの森じゃないか。

その心の声に呼応するように、森が優しく枝を鳴らした。

穏やかな時間。枝が生み出す音。ざわざわ、そよそよ・・・
リオの意識はだんだん薄れていく。

なんか、もう、どうでもいいのかも。
ここにいると、あれほどの悲しみも、何もかもなくなっていくような気がする。
そうだ、木になって森の一部として生きるのも悪くないのかもしれない。
そうだよ。人として生きるのはもうつらいんだ。
ぐっと身体が浮き上がる気がする。
ゆらゆらと体を揺らされ、まるでゆりかごの中にいるみたいだ。

このまま、消えてしまってもいい。
アウレリオ様のお邪魔になることもなくなるし、つらい恋はもう忘れて・・・
どこからか笑い声が聞こえた。
男とも女ともつかない笑い声。一体だれが・・・
枝が揺れ、パラパラと舞い落ちた葉は、リオの周りをくるくると回った。

ずっとつらいことばかりだった。でも、アウレリオ様に出会えて・・・世界が変わったんだ。でも、もうそれも終わり・・・

リオの瞼がどんどん重くなってきた。

(もう、目を開けていられない・・・)

静かな寝息が上がり、リオの手から力が抜けた。

するすると枝が命を持った触手のように動き出した。
リオの体をなめるように触り、眠っているのを確かめる。
もっと、もっと深く眠れ、とゆりかごのように優しく揺らす。

(ん・・・)

リオはその心地よさにうっとりしながら、深い眠りに落ちていった。
ここならば、自分を傷つけるものは何もない。

ぐっすりとリオが眠りに落ちた瞬間、樹がその凶暴な本性をむき出しにして、リオの心臓めがけてするどい枝を突き立てた。


***********

「リオ!」

アウレリオが地を蹴って、リオを刺し貫こうとした枝を剣でなぎ払う。

ざしゅと肉を切る感触と同時に樹液が飛び散った。
耳の奥に「ギャー」と大きな悲鳴が聞こえた。
けやきが身もだえするように枝を揺らした。

リオは枝に振り落とされ、どすんと落ちた。
樹液がぼとぼととしたたり落ち、リオの頭にかかった。その冷たさに目が覚める。

「何をやってるんだ!」

アウレリオが怒鳴りつけ、リオはきょろきょろとあたりを見回した。
夢が破られたような・・・
ここはどこ?どうしてこんなところにいるんだ?

「アウレリオ様?俺、眠ってしまって・・・」
「それが奴らの罠だ。わからないのか!」アウレリオが激高し、リオの腕をつかんだ。なぜこんなに怒っているのかわからない。
「や、やつら・・・?」敵はどこに?
あたりを見回しても、うっそうとした森しかない。
アウレリオは、ぽかんと見返したリオの手をぐいっと引っ張った。
「説明は後だ、いいから、来い!」

アウレリオは抜き身の剣をつかんだまま、もう一方の手でリオの腕をつかみ、真っ暗な森へと駆け出した。


**********

お読みいただきありがとうございました。

なんと百話まで来てしまいました。
とりあえずおめでとうパチパチ

百話以下の話にしようと思ってたのに・・・

明日は木曜日ですが、書けたらアップして金曜日お休み。
書けなかったら明日はお休みして金曜日にアップします。

無事に逃げ切れるのか、お楽しみに♪

♡と広告をいつもありがとうございます!





感想 37

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」 最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。 そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。 亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。 「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」 ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。 彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。 悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。 ※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。   ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。