5月の雨の、その先に

藍音

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第百一話 森の正体

背中の後ろでけやきが咆哮し、身もだえするように幹を揺らした。
まるで人のような苦しみ方に、呆然とする。

(木、木だよね?どうしてあんな風に枝を動かして・・・まるで人の腕みたいじゃないか)

しかも周りの木まで、もぞもぞと動き出し、こちらに近づいてきたような・・・

「急げ」

アウレリオがリオの手をぐいっと引いた。
でも、突然の出来事に足がもつれうまく走れない。

「一体、何が・・・」
「詳しい話はあとだ。とにかく今は走れ」

けやきの咆哮はまだ続いている。
頭がついていかない。何が起こっているのかわからない。
リオの心臓はバクバク大きく鳴り、頭はほぼパニック状態だった。
強く手を引かれ、もつれた足で無理に走り始めると同時に、けやきの叫びに応えるように、森の木々が根元から揺らぎだした。

「う、うそ・・・」

ただの木だったはずなのに、めきめきと枝を鳴らしながら、人に似た何かに姿を変えていく。
いやいやと枝をゆすりながら、徐々に腕や脚のような形が現れてきた。

「ひっ・・・」喉の奥から声にならない悲鳴が漏れる。「ま、ま、ま、まもの・・・!!」
「気を抜くな!」

アウレリオが怒鳴り、なぜせかしていたのかを瞬時に悟る。
ここは、魔の森。

アウレリオ様はずっと言ってたじゃないか。
一族の契約。
黄金の瞳。
生贄。

『まともな人間なら私を恐れる。そういうものだ』『この地と結び付けられた存在だから』、と。

「あ・・・」

リオの心にわずかなゆれが生じた瞬間、その足元に矢のようにとがった鋭い枝が刺さった。

「うわっ・・・!」

リオが飛び上がると、「迷うな!」とアウレリオが叫んだ。
はっと気が付く。
アウレリオ様はいつも俺のことを大切にしてくださったじゃないか。
俺の大切な人。

なぜ迷ったんだ?

リオはアウレリオの腕を強くつかみなおし、一緒に木戸を目指して駆け出した。

次々に足元を狙って放たれる枝。
その枝先はまるで刃物のように鋭い。そしてそれ以上に素早くアウレリオが切先で枝を払った。
そこかしこから苦しそうな声が聞こえてくる。
かろうじて細い月のあかりで照らされた世界は、暗くてよく見えない。
しかも想像を超えた魔物の存在と、殺されるかもしれないという恐怖感は、リオの思考力を奪った。

ぐらぐらする。
何を信じたらいいのかわからない。


「森の誘いに乗るな。自分が誰かを忘れるな」

アウレリオがリオの背中をばんと叩いた。急に体が軽くなる。

「行け!進め。登りきれば木戸は必ずある。私が後ろを守るから、お前は先に行け」
「だって、そんな、アウレリオ様が・・・」
「信じろ!」

強い意志の込められた言葉に、はっとする。

ここは魔の森。
人を喰らうと言われている恐ろしい魔の森。
目の前の道はゆらゆら揺れ、よく見えない。
でも、俺が信じるのは。

「アウレリオ様!」

リオがその名を叫ぶと、木戸までの一筋の道が、くっきりと月明かりに照らされた。無我夢中で木戸までの道を駆け上がった。
うっすらと月明かりに浮かぶ細い道。木戸は永遠のかなたにあると思えるほど、遠い。
心臓は痛いくらい早鐘を打ち、息が苦しい。
足がもう上がらない。

でも。

背後からは、アウレリオが退却しながら、攻撃を防ぐ音が聞こえてきた。
森の木全部だなんて、これほど多くの敵を一度に相手にすることはない。

でも。

アウレリオ様ならきっと大丈夫だ。信じないと。
俺を逃すため戦ってくれている。強い方だから、絶対に無事に帰ってこられる。

リオは、自分を叱咤し、励ました。
だるくなってきた足を必死で動かす。木戸まではあと少しだ。

あと10歩・・・5歩・・・3歩。

城の敷地にさえ入れれば。
リオの手が木戸に触れそうになった瞬間、どこかからシュルシュルと伸びてきた『つる』がリオの足首に巻き付いた。

「あっ・・・!」

木ばかりに気をつけていたけど、森にあるのは木だけじゃない。動物だっているし、『つる』だって生えている・・・

伸縮自在の『つる』は、払っても払っても巻き付いてくる。
しかもリオは武器を持っていない。
素手で次々に襲い来る『つる』をいくらよけても、ダメージを与えられず、結局、ぐるぐる巻きにされ、高い木から逆さ吊りにされてしまった。

(どうしよう)

もう手も足も出ない。
アウレリオ様はどこ・・・

見回した瞬間、目の端を金色の何かが横切り、同時にざんっと地面にたたきつけられた。

「ぐはっ」

背中に強い痛みを感じ、息ができない。

「我慢しろ」

アウレリオがリオを小麦袋のように担ぎ上げ、もう一方の手に握った剣で木やつるを薙ぎ払いながら、木戸までの道を駆け抜けた。

ばんっ

勢いよく木戸を開け、リオを地面にほうり投げる。
そして、同時に振り返り、剣を木戸の前に突き立てた。

木戸の向こうでは、魔物たちが木戸を揺らし、結界を破ろうと暴れている。
木戸が揺れ、魔物の叫びや呻きが不気味に響いた。

『~~~』

いにしえからの呪文を唱え、魔を封じる。
リオに聞き取れたのは、現代語に近い「去れ」という言葉だけだった。



**********

お読みいただきまして、ありがとうございました。
昨夜書いたのは気に入らず、書き直しました。
定休日があってよかった(木曜日です)

いつも♡と広告をありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします!
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