5月の雨の、その先に

藍音

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第百三話 懐妊の知らせ

その日は雨が降っていた。
ここ数日セラフィーナは体調を崩しており、心配したソフィアが医師を呼び、診察させていた。

「ご懐妊です」

医師は誇らしげに診察結果を告知した。
セラフィーナはピンク色にほほを染め、侍女たちは歓喜の声を上げた。

「そうですな。来年の春ごろにはお生まれになるでしょう」
「まあっ!」

ソフィアは手を叩いて喜び、アウレリオは胸をなでおろした。
これで、役目を果たせたのだ。

「お前もうれしいでしょう?」

母に言われて、はっとする。姫を含め、侍女たちも医師も、アウレリオの言葉を期待に満ちた目で待っていた。

「あ、ああ。そうですね」

アウレリオの視線は泳ぎ、セラフィーナを熱心に見つめるわけでも、喜びを爆発させるわけでもない。
淡々としたアウレリオの態度を、侍女たちは不満そうに見つめた。

「お前・・・もっと女心を理解しないと。姫様にもっと感謝しなければなりませんよ?」

不穏な空気を敏感に察した母がとりなすが、当のアウレリオには今一つ理解できなかった。
ただの予定通りの結果ではないのか?それでも、姫は早々にいい仕事をしてくれた。

「よくやってくれました、よろしく頼みます」

思った通りの言葉を言うと、姫は目を丸くし、母は真っ赤になった。

「な、なんなの、その言い方は!」
「なにか・・・?」
「だ、だから、もっと、女心を!言ったでしょ!!」
「はぁ」

アウレリオはセラフィーナをうかがうように見た。

「お義母さま、大丈夫ですわ。こういう方ですもの。正直なところが魅力なんです」

姫はにっこりと笑って見せた。
夫に何度目かの失望をしたなんて、誰にも悟られたくない。

「まあ、姫様、本当にお心が広い・・・」

ソフィアは身の置き所がないほど恥ずかしかった。
ひとり息子がこんなに朴念仁だとは、母親のせいだと思っていらっしゃるのではないか?

「男の人なんて、そんなものではありませんの?」心を読んだように姫は笑った。「母もよくお兄様たちのことでこぼしておりました。女心がわかってないと」
「申し訳ありません・・・」
「では、私はこれで」
「ちょっと、アウレリオ!」
「お産など、男が役に立つことなどないでしょう?私は公務がありますので」
「お前何を言ってるの。せめて姫様をいたわるそぶりぐらい」
「そぶりなど見せて何の役に立つのですか。姫には侍女がたくさんいるし、私の出る幕など」
「なっ・・・!」
「それでは。なにか必要があれば遠慮なくお申し付けください」

そういってアウレリオはセラフィーナに頭を下げると、急ぎ足で部屋を出て行ってしまった。
ソフィアは言葉も出ず、口をぱくぱくさせ、セラフィーナの目はきらりと光った。
これ見よがしにため息をつく。
その意味を理解した侍女頭が即座につぶやいた。

「全く。どういうことですの?どのような育て方をしたらあのような礼儀知らずを・・・」
「おやめ」

セラフィーナが止めると、ソフィアは深く頭を下げた。

「申し訳ありません。あれは本当に、女性への配慮が足りませんで」
「女性への配慮ではありません。わたくしに対する敬意が足りないのが問題なのでは?」
「そ、そのとおりで・・・」

ソフィアは小さくなって震えている。もうこれ以上は何も引き出せまい。

「もう結構よ。休みます」

セラフィーナがベッドに上半身を横たえると、すかさず侍女が体の上に羽根布団をかけた。
困ってまごまごしているソフィアは、侍女頭に部屋を去るように冷たく合図され、頭を下げたまま、背中を見せないようにして部屋から出る。
部屋の中の空気感は、ソフィアを不安にさせるに十分だった。

(最初は、王女様と結婚するなんて、願ってもないご縁だと思ったけど・・・身分の高すぎる方のお相手は大変ね。エミリアなら、こちらがこんなに気を使うこともなかったのに。あの子があんな恥知らずな騒ぎを起こしたなんてまだ信じられないわ。慎重な子だったのに・・・)

とはいえ、春には御子も産まれるという。それは、この地にとって何よりも重要なことだ。

(よかったわ・・・そう、よかった、のよね?)

ソフィアは窓の外を眺めた。
いつしか季節は移ろい、自分の髪にも白いものが混じるようになった。
赤子は成人し、もう親となる時が来た。
・・・そろそろ、自分も引退したい。
前伯爵は、お気に入りの騎士を伴い、別の領地に行ってしまった。
小さな領地を開墾し、生き生きと働いていると聞く。水すら川から汲んできている土地だとか。
そんな場所には、ソフィアのような貴婦人は住むことができない。
ジョゼフィーヌは、カリナが結婚したら王都の屋敷に住むと言っているし。
私はまだ、この地から出られないのかしら。

ソフィアはため息を、ひとつついた。


************


姫の部屋を出たアウレリオの足取りは軽かった。
ようやく、リオに会うことができる。
姫が懐妊するまでは、リオに会うことを自分自身に禁止していた。
リオを見たら、決心が鈍ってしまいそうで。

その日、リオはシーツを干す手伝いをしていた。
嫌うものも多いが、リオはぴんと張ったロープにシーツを干す作業は嫌いではない。
まず、ロープを張るところから始まって、洗濯女たちがきれいに洗ってから糊付けした真っ白な布を、大きなかごに入れて運んでくる。

ラベンダーで香りを付けた洗濯物をロープに干すと、いい香りが中庭いっぱいに広がった。
柔らかな風がシーツを揺らし、リオはその間で両手を広げて日光浴していた。

あの日、魔の森に取り込まれそうになってから、こうやって平常心を保つ努力を続けている。
アウレリオ様には跡取りが必要、だから仕方のないこと。
俺とアウレリオ様の関係がただの従者と主人の関係に戻ることも、きっと、アウレリオ様にとっては喜ばしいことなんだろう。
そう、俺にとっても、幸せなこと。

そう。

そう。

そう思わなければ、ならないんだ。

深呼吸をひとつ。

忘れられない。
でも・・・

「リオ」

真っ白い揺れるシーツの間で目をつむるリオを誰かが背中から優しく抱きしめた。

どきん、と胸が跳び上がった。
その腕も胸も、たったひとりしかいない。
なんで・・・なんで?俺は捨てられたんじゃ・・・?

「アウレリオ様?」



************

お読みいただきまして、ありがとうございました。
土日はしっかり休めましたかー?
これから年末に向けて、クリスマス、大掃除と忙しい日々が続きますが、皆様体調にはお気を付けくださいね。

今日は突然親にクリスマスケーキ(ホール)をもらいました。
あの、クリスマスには早すぎるんじゃないかと突っ込みを入れたところ、クリスマスには別のケーキがあるから、と言われたんですが。
私、ダイエット中なんですけど。
子の心親知らず。

この程度でよかったです。

それではまた。お会いしましょう。

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