5月の雨の、その先に

藍音

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第百四話 ただいま、リオ

リオがアウレリオの腕にしがみつき、はらはらと涙を流した。
なんで、どうして?
疑問は次々に出てくるが、言葉にならない。
ただ、背中に感じる温かい身体を逃したくない。強く強く腕をつかむと、小さな笑い声が聞こえた。

「待たせたな」

アウレリオがリオの耳元でささやき、首筋に顔を埋めた。
額をこすりつけ、つぶやく。


「やっと、役目が果たせたんだ」
「あ、ああ・・・」

リオの胸に激しい痛みが走った。
役目・・・ご懐妊か。それはとてもうれしい出来事なはずなのに、ただただ苦しいだけだった。
また、違う種類の涙があふれだした。泣きながらうつむくリオに、アウレリオは言った。

「祝ってはくれないのか?やっとお前のもとに戻ってこられたのに」
「それは・・・」

うれしい、でも・・・
アウレリオは体の間でリオの体をくるりと回し、リオのほほに口づけた。

「もうそんなに泣くな。目が溶けてしまうぞ」
「うっ・・・ううっ・・・」

子供の様に涙でぐしゃぐしゃになった顔をアウレリオは愛しそうに眺めた。

「こんなになって・・・」
「だって、ずっと、眼も合わせてくださらなくて・・・ひっく、もう、うぐっ、俺はいらない・・・うええ・・・ん、だと・・・ひっく」

涙がぼろぼろとこぼれ、アウレリオは頬に流れる真珠のような涙を唇ですくった。

「お前はまだ私のことを信用していないんだな。私の恋人なのに」
「だって・・・だって・・・」
「もう泣くな。私だって人間なんだ。お前を見たら決心が揺らぐだろう?だからなるべくお前を見ないようにしていた。許してくれ」
「ゆ、ゆ、許すだなんて・・・」
「ん?」

アウレリオがリオの両手のひらに交互に口づけた。

「リオ、かわいいリオ。もういい加減泣き止んで、私を見てくれ」

リオが目に涙をためたままアウレリオを見つめた。目も鼻も真っ赤で、そのいじらしさにアウレリオは思わず笑みがこみ上げてしまった。

「ただいま、リオ」

リオの両目から、また涙があふれ出た。

「お、おか、うぇ・・・うえーん」
「まったく。子供みたいに泣くんだな」

アウレリオがリオの顔を自分の肩に押し当てた。

「もうどこにも行かないから」

リオはどうしても泣き声を抑えることができず、ただ、こくこくとうなずくだけだった。
本当は、こんなこといけないことなのかもしれない。
神様に認められた二人の間に割って入るなんて、そんなこと許されない。

でも、でも、どうしても。

(ごめんなさい、姫様。でも、アウレリオ様への想いだけは・・・俺が持っている唯一のものなんです・・・だから、許してください)

心の中で詫びながら、リオの両手はアウレリオの体にしがみつくことを止められなかった。

アウレリオはリオをそのまま抱き上げ、涙に濡れたほほに口づけた。

「もう泣くな。今日からは元通りだ」
「元通り?」
「私もだいぶ我慢したからな。覚悟しておけ」

アウレリオがリオの尻を手のひらで撫でた。

「な、な、なんて」
「ははは」

アウレリオは大股で中庭を横切り、リオを抱いたまま自室へと向かっていった。


**********

がしゃん!

姫がメイドの運んできたティーカップを壁に投げつけた。

「なぜ、来ないのよ!」
「姫様、お体に障ります」

侍女頭が懸命にとりなすが、セラフィーナの怒りは治まらない。
ぶるぶると部屋の端で震えている侍女に小さく合図して部屋から出るように伝える。

(旦那様にも困ったものだわ)

セラフィーナの妊娠が確認された日から、アウレリオはお茶にすら来なくなった。聞くところによれば、少しでも時間があれば、あの男妾と寝室にこもっているとか。
なぜ国一番の姫が、こんな辱めを受けなければならないのか・・・
ソフィアに当たり散らしても、何も解決しない。
すでに伯爵となってしまったアウレリオは、ソフィアの言葉を無視できるだけの権限を持っているのだから、どうしようもない。

セラフィーナは深呼吸して気持ちを落ち着けようと努力した。
どうにも怒りが収まらない。
このわたくしを誰だと思っているのか・・・そもそも、わたくしが、こんな片田舎にまで来て差し上げたのは誰のためだと・・・

「旦那様を呼びなさい!」
「か、かしこまりました」


**********


執務中に突然呼び出されたアウレリオは、急ぎ足でやってきた。

「どうなさったのですか、急用だとか。今日は裁判の日なので難しいとお伝えしたはずですが」
「何ですって?」
「月に一度の裁判の日なんですよ。私の裁可を受けにあちこちから人が集まって」
「そんなこと、どうでもいいでしょう!」

姫はガチャンとポットを置いた。

「わたくしを誰だと思っているの?」
「どうしたんですか」
「わたくしはこの国の第三王女なのよ。あなたよりも身分が高い、それなのに」
「お待ちください。あなたは第三王女である前に、今は当家の夫人ではありませんか」
「何ですって」
「高い身分には責任が伴うとお分かりのはずでしょう。なぜ、そのように愚かにふるまわれるのか」
「愚かですって?」

アウレリオは立ち上がった。

「先ほども申し上げた通り、私の裁可を待つ人間が何日も待ち続けています。ホールで寝泊まりして、順番を待っている者までいるんですよ」

侍女頭や侍女たちはこのやり取りをはらはらしながら眺めていた。
そもそも、今日だけではなくていつも来ないから問題になっているのに、そんな正論を言っても、姫様はますます意固地になってしまう。

「王都から取り寄せたラズベリーの入った紅茶でございます」侍女頭が、勇気を振り絞って割って入った。「姫様が閣下のために取り寄せられたものです」

その言葉に、アウレリオもはっと気が付いた。

「それは・・・ありがとうございます」

セラフィーナの手元はまだ震えている。侍女頭がアウレリオの茶器に紅茶を注ぎ、アウレリオは赤い液体を口に含んだ。

「これは、飲んだことのない味ですね」
「そう」

姫はまだ機嫌を損ねたまま、そっぽを向き、アウレリオは紅茶を一気に飲み干した。

「それでは、執務中ですので。次回は、もっと早くお伺いするようにいたしましょう」

アウレリオが席を立っても、もう誰も止めなかった。


**********

お読みいただき、ありがとうございました。

もう年末ですね。お仕事が今週いっぱいで終わりという方も多いかな。
年末年始は交通事故とか、いつもとはちがう事故が起こりがちなので、注意してくださいね。
そして、あっという間にクリスマスですね。
何の予定もありませんが、一年がたつのがあっという間すぎて驚きです。

♡と広告をいつもありがとうございます!
いつも感謝しています♪


感想 37

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