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第百八話 王の要求
(なぜ急に俺が?)
隣にいる女がお注ぎした方がいいんじゃないのか?
俺が?なぜ、なぜ?
頭の中で疑問符はぐるぐると回るが、命令には逆らえない。
「はい」
小さく頭を下げ、王の隣にいる黒髪の女からワインのデキャンタを受け取った。
女はリオをじっと見て、ぷいっと視線をそらした。
その視線の意味を理解する間もなく、王が「まだか」と怒鳴る。
酒にしわがれたその声は、妙なほど迫力があった。
「す、すみません」
ワインなど注いだこともないのに。
国で一番の権力者にワインを注ぐなんて・・・予期せぬほどの緊張がリオを襲い、ぶるぶると手が震えた。
王がぐいっとゴブレットを突き出し、慌ててワインを注ぐと、震える手でタイミングを外してしまい、ワインがこぼれてしまった。
「あっ・・・!!!」
慌ててデキャンタを取り落としそうになる。
急いで底を支えると、王の胸元とテーブルクロスに赤いワインの小さなしみが広がっていった。
「も、申し訳ありません!」
頭が真っ白になる。
ぐらぐらと地面が揺れるような感覚を覚え、急に現実感がなくなる。
こんな無礼、どうしたらいいんだ・・・どうしたら・・・手打ちにされても文句は言えない。
「す、すみません、すみません・・・」
リオがおろおろと頭を下げると、王が突然リオの手首を強い力でつかんだ。
「え?」
なにが?
次の瞬間、リオはテーブルの上に押し倒されていた。
がしゃんがしゃんとテーブルの上の皿が飛び散り、床に豪華な料理がまき散らされる。予想を超えた強い力に、なすすべもなかった。
「無礼者」
「も、申し訳・・・」
王はリオの顔に顔を近づけた。
酒で赤黒く染まった顔。その目はどろりと濁っている。口を開くとぷんと臭い息がした。
「おまえのような者、私の足元をはいつくばっているのがふさわしい身分だというのに」
王はにやりと笑った。
「死にたいのか?」
リオは目を見開き、小さく首を振った。
目の前にいる酔った男は、この国の王。何をしても許される存在なのだ。
まさに、自分など虫けら同然。
急に左腕がマヒしたように動かなくなり、全身がガタガタと震え始めた。
子どものころ、大男に殺されかけた事件以来の恐怖だ。
「お、お許しを・・・」
それ以外の言葉は出てこない。
王はさっきまで上機嫌だと思っていたのに・・・自分はもうここまでの命だったんだろうか。たかがワインをこぼしたぐらいで、あっけなく・・・
(アウレリオ様)
ただ、その名だけを思う。
俺のことでアウレリオ様にご迷惑が掛からなければいいんだけど。
「何を考えておる」
王が不機嫌そうに口の端をゆがめた。
「恐れ多くも私の寵愛を受ける栄誉に恵まれたのだから、感謝しろ、笑え」
「・・・は?」
王は俺を殺そうとしたんじゃなかったのか?いやまて、寵愛???
『昨日も若い女が手籠めにされたって』
誰かの声が頭をよぎる。
王は、食卓の場で気に入った女を手籠めにすることがあったと聞いたが、まさか、まさか・・・目が丸くなり、喉の奥まで心臓が出てきて、飛び出しそうだ。
「あ、あの、俺、男ですけど・・・」
王はにやりと笑って舌なめずりした。
「確かに。若鹿のような、美しい男だな」
ぞっとする。背中に脅えが走り、蛇の前のカエルのように体が動かなくなる。
さっきの使用人たちの反応・・・黒髪の女の目に宿っていたのは哀れみ?そんな、うそだ。
「お、おれは、そんなことは・・・お、お許しを・・・」
何とか言葉をひねり出し、逃げようと身をよじると、王の護衛騎士が剣を抜き、リオの目の前に突きつけた。
「死にたくなければ、お言葉に従え」
(う、うそだ・・・なんでこんなことに・・・)
王はリオの顔を片手で無理やりつかんで自分の方を向かせた。
酒臭い息がかかって気持ちが悪い。
吐きそうだ。
いやだ、いやだ、いやだ・・・
涙がにじんでくる。たいていの人間には負けないほどの体術を身に着けたのに、こんなに無力だなんて。
かつて受けた暴力が、リオから力を奪い、あの時の恐怖がフラッシュバックして身体が動かない。
怖い、怖い、怖い・・・耳の奥がガンガン鳴り、まともに考えられない。
「私の使用人が、何かご無礼でも」
凛とした声が割って入ると、急に耳鳴りが収まった。
言葉が理解できる。現状が見えてくる。
ここは城のダイニングルームで、今俺は、力の強い王に腕を押さえつけられ押し倒されているところだ。
俺は、冷静にここから逃れなければならない。
「ちっ」
王が舌打ちし、すっと手首をつかむ力が抜けた。
リオはすかさず逃げ出して壁に背を寄せた。
誰かに呼び出されたのか、アウレリオが王の前に進み出た。その背中は広く、いつだってリオを助けてくれる。
急に呼吸ができるようになり、胸が新鮮な酸素を吸収する。息苦しさが徐々に収まってきた。
アウレリオ様、アウレリオ様だ。
「食卓の上に押し倒すなど、尋常ではございませんね。繰り返しますが、私の使用人が何か、ご無礼でも?」
「アウレリオ、おやめ」ソフィアが小声でたしなめたが、アウレリオは王を睨みつけた。
「そいつを今夜私の部屋に」
王のしゃがれ声が響いた。それは、当然の権利を主張している人間の自信に満ちた言葉だった。
「お断りいたします」
アウレリオがぴしゃりと切り捨てた。
「私は私の使用人を誰かに売り渡すような・・・そのような下賤な真似は行っておりません」
アウレリオと王の間にバチバチと音がするほどの火花が散った。
「ふざけおって!このうつけ者が!」
王がアウレリオの頬を平手で叩く乾いた音が、部屋の中に響き渡った。
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
今朝は寒かったですね。
正月明けの仕事は憂鬱でした。
でも、ボケ過ぎててなんだかわからないうちに定時になってしまいました。
あすもこの調子でファイト!
皆様はそんなことないと思いますが、風邪ひかないように温かくしてくださいね!
♡をありがとうございました。
隣にいる女がお注ぎした方がいいんじゃないのか?
俺が?なぜ、なぜ?
頭の中で疑問符はぐるぐると回るが、命令には逆らえない。
「はい」
小さく頭を下げ、王の隣にいる黒髪の女からワインのデキャンタを受け取った。
女はリオをじっと見て、ぷいっと視線をそらした。
その視線の意味を理解する間もなく、王が「まだか」と怒鳴る。
酒にしわがれたその声は、妙なほど迫力があった。
「す、すみません」
ワインなど注いだこともないのに。
国で一番の権力者にワインを注ぐなんて・・・予期せぬほどの緊張がリオを襲い、ぶるぶると手が震えた。
王がぐいっとゴブレットを突き出し、慌ててワインを注ぐと、震える手でタイミングを外してしまい、ワインがこぼれてしまった。
「あっ・・・!!!」
慌ててデキャンタを取り落としそうになる。
急いで底を支えると、王の胸元とテーブルクロスに赤いワインの小さなしみが広がっていった。
「も、申し訳ありません!」
頭が真っ白になる。
ぐらぐらと地面が揺れるような感覚を覚え、急に現実感がなくなる。
こんな無礼、どうしたらいいんだ・・・どうしたら・・・手打ちにされても文句は言えない。
「す、すみません、すみません・・・」
リオがおろおろと頭を下げると、王が突然リオの手首を強い力でつかんだ。
「え?」
なにが?
次の瞬間、リオはテーブルの上に押し倒されていた。
がしゃんがしゃんとテーブルの上の皿が飛び散り、床に豪華な料理がまき散らされる。予想を超えた強い力に、なすすべもなかった。
「無礼者」
「も、申し訳・・・」
王はリオの顔に顔を近づけた。
酒で赤黒く染まった顔。その目はどろりと濁っている。口を開くとぷんと臭い息がした。
「おまえのような者、私の足元をはいつくばっているのがふさわしい身分だというのに」
王はにやりと笑った。
「死にたいのか?」
リオは目を見開き、小さく首を振った。
目の前にいる酔った男は、この国の王。何をしても許される存在なのだ。
まさに、自分など虫けら同然。
急に左腕がマヒしたように動かなくなり、全身がガタガタと震え始めた。
子どものころ、大男に殺されかけた事件以来の恐怖だ。
「お、お許しを・・・」
それ以外の言葉は出てこない。
王はさっきまで上機嫌だと思っていたのに・・・自分はもうここまでの命だったんだろうか。たかがワインをこぼしたぐらいで、あっけなく・・・
(アウレリオ様)
ただ、その名だけを思う。
俺のことでアウレリオ様にご迷惑が掛からなければいいんだけど。
「何を考えておる」
王が不機嫌そうに口の端をゆがめた。
「恐れ多くも私の寵愛を受ける栄誉に恵まれたのだから、感謝しろ、笑え」
「・・・は?」
王は俺を殺そうとしたんじゃなかったのか?いやまて、寵愛???
『昨日も若い女が手籠めにされたって』
誰かの声が頭をよぎる。
王は、食卓の場で気に入った女を手籠めにすることがあったと聞いたが、まさか、まさか・・・目が丸くなり、喉の奥まで心臓が出てきて、飛び出しそうだ。
「あ、あの、俺、男ですけど・・・」
王はにやりと笑って舌なめずりした。
「確かに。若鹿のような、美しい男だな」
ぞっとする。背中に脅えが走り、蛇の前のカエルのように体が動かなくなる。
さっきの使用人たちの反応・・・黒髪の女の目に宿っていたのは哀れみ?そんな、うそだ。
「お、おれは、そんなことは・・・お、お許しを・・・」
何とか言葉をひねり出し、逃げようと身をよじると、王の護衛騎士が剣を抜き、リオの目の前に突きつけた。
「死にたくなければ、お言葉に従え」
(う、うそだ・・・なんでこんなことに・・・)
王はリオの顔を片手で無理やりつかんで自分の方を向かせた。
酒臭い息がかかって気持ちが悪い。
吐きそうだ。
いやだ、いやだ、いやだ・・・
涙がにじんでくる。たいていの人間には負けないほどの体術を身に着けたのに、こんなに無力だなんて。
かつて受けた暴力が、リオから力を奪い、あの時の恐怖がフラッシュバックして身体が動かない。
怖い、怖い、怖い・・・耳の奥がガンガン鳴り、まともに考えられない。
「私の使用人が、何かご無礼でも」
凛とした声が割って入ると、急に耳鳴りが収まった。
言葉が理解できる。現状が見えてくる。
ここは城のダイニングルームで、今俺は、力の強い王に腕を押さえつけられ押し倒されているところだ。
俺は、冷静にここから逃れなければならない。
「ちっ」
王が舌打ちし、すっと手首をつかむ力が抜けた。
リオはすかさず逃げ出して壁に背を寄せた。
誰かに呼び出されたのか、アウレリオが王の前に進み出た。その背中は広く、いつだってリオを助けてくれる。
急に呼吸ができるようになり、胸が新鮮な酸素を吸収する。息苦しさが徐々に収まってきた。
アウレリオ様、アウレリオ様だ。
「食卓の上に押し倒すなど、尋常ではございませんね。繰り返しますが、私の使用人が何か、ご無礼でも?」
「アウレリオ、おやめ」ソフィアが小声でたしなめたが、アウレリオは王を睨みつけた。
「そいつを今夜私の部屋に」
王のしゃがれ声が響いた。それは、当然の権利を主張している人間の自信に満ちた言葉だった。
「お断りいたします」
アウレリオがぴしゃりと切り捨てた。
「私は私の使用人を誰かに売り渡すような・・・そのような下賤な真似は行っておりません」
アウレリオと王の間にバチバチと音がするほどの火花が散った。
「ふざけおって!このうつけ者が!」
王がアウレリオの頬を平手で叩く乾いた音が、部屋の中に響き渡った。
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
今朝は寒かったですね。
正月明けの仕事は憂鬱でした。
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皆様はそんなことないと思いますが、風邪ひかないように温かくしてくださいね!
♡をありがとうございました。
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