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第百九話 毒
部屋にいた全員が息を飲んだ。
いくら王であろうと、伯爵の城で、当主のほほを打つとは。
それは領民全員への侮辱であり、あってはならないことだった。
アウレリオが無言のまま、手の甲で口の端に触れる。血の味がした。
護衛騎士たちがすっと足を開き、一斉に剣の柄に手をかけた。
同時に王の護衛たちも同じ動きをする。
「よい」
アウレリオが手のひらをあげると、護衛たちが剣から手を離した。
王の護衛たちも、手をだらりと下げ、頭を下げて一歩下がる。
部屋の空気は緊迫したままだ。
王がこれ以上領主を侮辱するようならば、お互いに譲ることのできない状況に追い込まれてしまうだろう。
「当家での滞在をずいぶんと楽しんでいただいたようですね。妻もお父上においでいただき、出産への心構えもできたようです。感謝申し上げます」
アウレリオがにこりともしないで頭を下げた。
「当家といたしましても、高貴なお方にこの城にご滞在いただき、大変光栄でございます・・・ですが!」
アウレリオと王の視線が激しくぶつかった。
「そろそろ、王都にお戻りになる時期が来たのではございませんか」
その口調は静かではあったが、断固としたものだった。
王の頬は真っ赤に染まった。
「なんだと!無礼な!」
「この地ではこれ以上高貴なる国王陛下をおもてなしできません。食糧庫の備蓄も底をつきました。どうか、ご理解ください」
「偉そうに・・・自分の立場を分かっておるのか。誰のおかげでこの地を治めていると思っているのだ。お前など、いや、お前の一族など私の一存で追い払うこともできるのだぞ!」
部屋の空気が水を打ったように静まり返った。
「へぇ?」
「なんだ、その態度は。この国にあるすべての物は私のものだ。それには人間も含まれる。当然のことだろう」
アウレリオがぐっと奥歯をかみしめた。
この場で王を叩き殺してしまえれば、これほど楽なことはない。
だが、そうなれば王家を相手に全面戦争になる。
この地は焦土と化すだろう。
(畜生)
心の中で毒づき、あごをぐいっと上げる。
「今日はもう遅い。数日のうちには出発されるといいでしょう」
「こ、この・・・愚か者・・・!!」
王がアウレリオにまた殴りかかった。
すかさずその腕をアウレリオがつかんで捻りあげる。
「いたたたた・・・何をするのだ」
「二度も殴られてやる趣味はありません。礼儀をわきまえられよ」
「こ、この、無礼者・・・」
「まあまあ、お二人ともお酒が過ぎましてよ」
明るい笑い声とともに、セラフィーナが割って入った。
「お父様ったら。わたくしの大切な方になんてことをなさるの?今のはお父様が無礼でしたわ。アウレリオ様、父に代わりましてお詫びいたします。この場はわたくしが治めますので、どうか・・・お引きください」
セラフィーナとアウレリオの目が合い、アウレリオは王の手を離した。
王はアウレリオの足元に崩れ落ちた。
「まあ、お父様、大丈夫ですか?飲みすぎですよ。夫はこの城の主。客人が主人の顔を叩くなんて、あってはならないことです。ね?ここはきちんと謝ってくださいな。そうでないと、わたくしがこれから困ることになります。そう、お父様の大切な孫にまで迷惑が掛かりますことよ?」
姫は大きなお腹をなでながら、こくんと首を傾げた。
王は姫の勢いに負け、もごもごと謝罪らしき言葉を口の中でつぶやいた。
「もう、飲みすぎですわ。いくら辺境のお酒がおいしいからって・・・さあさあ、お部屋までお送りいたします。今日はゆっくりお休みくださいな。そろそろ、王都でもお父様のお帰りを今か今かと待っている頃ですわ」
「う、うむ・・・そうだな。いや、早く帰ってきてほしいと、使者が来ておったな。つい、お前のことが心配で」
「お優しいお父様。足元は大丈夫ですか?」
セラフィーナが合図すると護衛騎士が王を助け起こした。
「さあ、お部屋までお送りしますから」
セラフィーナの手がひらひらと動き、使用人たちに道を開けるように指示する。
部屋にいた使用人たちは、皆ひれ伏さんばかりにその指示に従った。
危ないところだった。
まさに一触即発。
護衛騎士たちの争いから、戦争になる可能性すらあったのに、それほどの緊張状態を、セラフィーナが一人で治めてしまった。
国王とセラフィーナが部屋を出ると、使用人たちはほっと胸をなでおろした。
************
王が夜着に着替えてベッドに入ると、姫は小さなグラスに寝酒を注いだ。
「ね、お父様。夫はお父様の孫の父親なんですよ。もっと大切になさって」
「だが、あいつは不敬だろう。きっかけはたかが男の使用人のことだったじゃないか?」
「ふふふ。もちろん、夫はお父様の願いをかなえますとも。それが臣下の務めですもの。さあ、お父様。お部屋に果実酒もお持ちいたしますわ。もっと刺激の強いお酒もあるそうです。本当に辺境はお酒がおいしくて。こちらの住民は水の代わりに自家製のお酒を飲むんですって・・・」
姫は次々に酒を勧めた。
幼いころから父王の面倒を見てきた姫からしたら、赤子の手をひねるようなもの。
「ね、お父様。悪いのは夫ではありません。身分もわきまえず、尊いお父様のお誘いを断る使用人が悪いんですよ。お父様はこの国の太陽。お父様の御威光によってみな生かされているんです。この国にある物も人もすべてお父様の物ですよね」
姫が王の耳に注ぎ込んだ毒は、酒に酔ってもうろうとした王の頭と心に、こだまのように染み入っていった。
************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
寒いので、栄養のあるものを食べてくださいね。
今日も、♡と広告をありがとうございました。
いくら王であろうと、伯爵の城で、当主のほほを打つとは。
それは領民全員への侮辱であり、あってはならないことだった。
アウレリオが無言のまま、手の甲で口の端に触れる。血の味がした。
護衛騎士たちがすっと足を開き、一斉に剣の柄に手をかけた。
同時に王の護衛たちも同じ動きをする。
「よい」
アウレリオが手のひらをあげると、護衛たちが剣から手を離した。
王の護衛たちも、手をだらりと下げ、頭を下げて一歩下がる。
部屋の空気は緊迫したままだ。
王がこれ以上領主を侮辱するようならば、お互いに譲ることのできない状況に追い込まれてしまうだろう。
「当家での滞在をずいぶんと楽しんでいただいたようですね。妻もお父上においでいただき、出産への心構えもできたようです。感謝申し上げます」
アウレリオがにこりともしないで頭を下げた。
「当家といたしましても、高貴なお方にこの城にご滞在いただき、大変光栄でございます・・・ですが!」
アウレリオと王の視線が激しくぶつかった。
「そろそろ、王都にお戻りになる時期が来たのではございませんか」
その口調は静かではあったが、断固としたものだった。
王の頬は真っ赤に染まった。
「なんだと!無礼な!」
「この地ではこれ以上高貴なる国王陛下をおもてなしできません。食糧庫の備蓄も底をつきました。どうか、ご理解ください」
「偉そうに・・・自分の立場を分かっておるのか。誰のおかげでこの地を治めていると思っているのだ。お前など、いや、お前の一族など私の一存で追い払うこともできるのだぞ!」
部屋の空気が水を打ったように静まり返った。
「へぇ?」
「なんだ、その態度は。この国にあるすべての物は私のものだ。それには人間も含まれる。当然のことだろう」
アウレリオがぐっと奥歯をかみしめた。
この場で王を叩き殺してしまえれば、これほど楽なことはない。
だが、そうなれば王家を相手に全面戦争になる。
この地は焦土と化すだろう。
(畜生)
心の中で毒づき、あごをぐいっと上げる。
「今日はもう遅い。数日のうちには出発されるといいでしょう」
「こ、この・・・愚か者・・・!!」
王がアウレリオにまた殴りかかった。
すかさずその腕をアウレリオがつかんで捻りあげる。
「いたたたた・・・何をするのだ」
「二度も殴られてやる趣味はありません。礼儀をわきまえられよ」
「こ、この、無礼者・・・」
「まあまあ、お二人ともお酒が過ぎましてよ」
明るい笑い声とともに、セラフィーナが割って入った。
「お父様ったら。わたくしの大切な方になんてことをなさるの?今のはお父様が無礼でしたわ。アウレリオ様、父に代わりましてお詫びいたします。この場はわたくしが治めますので、どうか・・・お引きください」
セラフィーナとアウレリオの目が合い、アウレリオは王の手を離した。
王はアウレリオの足元に崩れ落ちた。
「まあ、お父様、大丈夫ですか?飲みすぎですよ。夫はこの城の主。客人が主人の顔を叩くなんて、あってはならないことです。ね?ここはきちんと謝ってくださいな。そうでないと、わたくしがこれから困ることになります。そう、お父様の大切な孫にまで迷惑が掛かりますことよ?」
姫は大きなお腹をなでながら、こくんと首を傾げた。
王は姫の勢いに負け、もごもごと謝罪らしき言葉を口の中でつぶやいた。
「もう、飲みすぎですわ。いくら辺境のお酒がおいしいからって・・・さあさあ、お部屋までお送りいたします。今日はゆっくりお休みくださいな。そろそろ、王都でもお父様のお帰りを今か今かと待っている頃ですわ」
「う、うむ・・・そうだな。いや、早く帰ってきてほしいと、使者が来ておったな。つい、お前のことが心配で」
「お優しいお父様。足元は大丈夫ですか?」
セラフィーナが合図すると護衛騎士が王を助け起こした。
「さあ、お部屋までお送りしますから」
セラフィーナの手がひらひらと動き、使用人たちに道を開けるように指示する。
部屋にいた使用人たちは、皆ひれ伏さんばかりにその指示に従った。
危ないところだった。
まさに一触即発。
護衛騎士たちの争いから、戦争になる可能性すらあったのに、それほどの緊張状態を、セラフィーナが一人で治めてしまった。
国王とセラフィーナが部屋を出ると、使用人たちはほっと胸をなでおろした。
************
王が夜着に着替えてベッドに入ると、姫は小さなグラスに寝酒を注いだ。
「ね、お父様。夫はお父様の孫の父親なんですよ。もっと大切になさって」
「だが、あいつは不敬だろう。きっかけはたかが男の使用人のことだったじゃないか?」
「ふふふ。もちろん、夫はお父様の願いをかなえますとも。それが臣下の務めですもの。さあ、お父様。お部屋に果実酒もお持ちいたしますわ。もっと刺激の強いお酒もあるそうです。本当に辺境はお酒がおいしくて。こちらの住民は水の代わりに自家製のお酒を飲むんですって・・・」
姫は次々に酒を勧めた。
幼いころから父王の面倒を見てきた姫からしたら、赤子の手をひねるようなもの。
「ね、お父様。悪いのは夫ではありません。身分もわきまえず、尊いお父様のお誘いを断る使用人が悪いんですよ。お父様はこの国の太陽。お父様の御威光によってみな生かされているんです。この国にある物も人もすべてお父様の物ですよね」
姫が王の耳に注ぎ込んだ毒は、酒に酔ってもうろうとした王の頭と心に、こだまのように染み入っていった。
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寒いので、栄養のあるものを食べてくださいね。
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