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第百十話 思いもよらない申し出
次の朝。
王女が王の部屋のドレープを引いて、部屋に明かりを入れた。
「お父様?二日酔いはいかがですか?」
笑いを含んだその声に、王は痛む頭を抱えながら起き上がった。
「いや、その、頭は痛いな」
昨夜は飲みすぎた。
記憶がはっきりしていない。
久しぶりにした深酒に、どれほどの醜態をさらしたのか恥ずかしくなる。
「はい、どうぞ」
王女が父親に酔い覚ましの飲み物を差し出した。王は薄めたコンソメスープをごくごくと飲み干した。
姫が王宮にいたときはいつも作ってくれていた、特性スープだった。
「久しぶりだな。お前が嫁いでから誰もお前と同じようにはできないよ」
「ふふふ、そうでしょう?」
姫は笑いながら、そばの椅子に腰かけた。
「ふぅ。もう座るだけでも一苦労ですわ。もうすぐ、お父様の孫が生まれてきます。そうしたら・・・王宮にお呼びくださいますよね?」
「おお、もちろんだ!だが、あの生意気な婿は・・・」
「夫のことは今は置いておきましょう。お父様だって・・・ですから、もう終わったことは、いいでしょう?それで、お父様に提案がありますの」
「ほう?かわいい姫の言うことならば、かなえてやりたいものだが」
「もちろん、おできになりますとも」
姫の顔に満面の笑みが広がった。
*************
「国王陛下が、お前を従僕として雇ってくださるそうだ。大出世だな、リオ」
無理やり笑みを貼り付けた侍従長の顔を、リオは呆然と見つめた。
「な、なぜ・・・俺は、俺には荷が重いです。それに出世なんて望んでいません」
「これほどのご縁はめったにないぞ。王宮で、王の直属の従僕として雇っていただいて、将来は侍従長になることだって夢じゃない。王宮の侍従長がどれほどの権力者なのか、お前には分からないのかもしれないが」
「いえ、俺はこのお屋敷で、これまで通りアウレリオ様の直属の使用人として雇っていただければ、それで十分です。王宮の侍従長なんて望んでいません。ただ、ここに置いていただければ」
「落ち着け」侍従長がリオの肩に手をかけた。「まあ、座りなさい」
リオは侍従長の部屋にあるソファーに押し付けるように座らされた。
「いいか、お給金はここの何倍もいただける。少なくとも二倍はもらえるだろう。しかも、華やかな王宮勤めだ。誰もが望む条件だろう。しかも、王宮で努めれば箔がつくぞ。何年か勤めれば、どんな仕事だってできる。王都で働くための手形がいただけるんだよ。この意味は分かるな?」
「わかりません。俺、王都で働くための手形なんていりません」
「いや、だから・・・」侍従長はため息をついた。
「断るなんて、できないんだよ。リオ」
侍従長が向かいの椅子に腰かけ、リオの目をじっと見た。
「この地はもともと王弟様が国王陛下からこの地に遣わされてお預かりしている土地なんだ。古くからの荘園上がりの領地ではない・・・つまり、王様の気持ち次第で取り上げることができる土地なんだ。
アウレリオ様を追い出そうと思えば、追い出すことができる、そういう土地なんだよ」
ガツンと頭を殴られたような衝撃。
アウレリオ様が追い出される?そんなことがあり得るの?
「だ、だって・・・アウレリオ様はこの土地に必要な方だって・・・」
「そうだ。でも、あの王がそれを理解していると思うか?正直、私だって目の当たりにするまでは、あそこまでひどいとは思っていなかった。でも、昨夜だって王女様・・・じゃなくて奥方がとりなしてくださらなかったら、どうなっていたか。国王陛下は準備ができ次第この地を去ると宣言なさった。その条件のひとつが、お前だ」
「・・・」
「わかっている。今、お前が考えていることも、心配に思っていることも。だが、お前を差し出さなかったら、どういうことになるか。昨夜のあの状態から、明らかだろう・・・?」
昨夜、王がリオを手籠めにしようとしたときのことだ。
『若鹿のように美しい男だ』といったのだ。
「・・・俺の顔がもっと醜ければ・・・いや、今からでも、顔を焼けば・・・!!」
「やめろ。むしろ、アウレリオ様が反逆の罪を問われるだろう」
「そんな・・・!!」
リオは両手で頭を抱え込んだ。
なぜ、どうして?その疑問ばかりがぐるぐると回る。
「どうして・・・?」
どうして、王様はなんでも持ってらっしゃるのに、俺みたいな、自分の身体しか持っていない貧乏な使用人を欲しがるんだ?・・・どうして?
「すまないな、リオ。今回ばかりは助けてやれない。むしろ、王都で成り上がってやるって、そう思ってくれればと思ったんだが」
「俺が、ついていけば、王様はアウレリオ様に手出ししないんですか?」
「・・・とりあえず、今回はしのげるだろう。いったん王都に帰れば頭に上った血も下がるだろうし、その間に王女様が王様を丸め込みなさるだろう。もうすぐ孫も産まれるんだ。争いは望まない・・・だろう?」
そんなこと、わからない。俺にわかるわけない。
「それに、もしアウレリオ様と王様が不仲になれば・・・戦争が起こる可能性だってあるんだ。昨夜のあの様子・・・王女様がいらっしゃらなかったら、間違いなく剣を抜く羽目になっただろう。そうなったら・・・遅かれ早かれ戦争が起きる。大勢の人が死ぬだろうし、親を亡くした子供や家をなくした人々が飢えて苦しむことになるだろう」
でも、俺が王様の従僕に・・・昨夜の様子からはそれだけじゃなさそうだけど・・・なれば、アウレリオ様がすぐに追い出されたり、戦争になったりすることは避けられるってこと?
「俺なんかの犠牲で、アウレリオ様や辺境の人たちみんなの生活や・・・命が守られるってことですか」
「そうだ」
リオは目を閉じた。
ここに来てからいろいろなことがあった。
いやなこともあったけれど、圧倒的に楽しかったことやうれしかったことの方が多い。
母親には殴られ、父親には家畜小屋に追いやられた自分を、ひとりの人間として育ててくれたのは、この城の、そして辺境の人々だった。
「わかりました。行きます」
「リオ」
侍従長がリオの肩に手を置いた。その目はかすかにうるんでいた。
「すまないな・・・すまない」
「いいんです。いままで、ありがとうございました。それで、出発はいつですか」
「・・・明日の朝だ」
「・・・わかりました」
リオは立ちあがった。
「あまり時間がありませんね。引継ぎもしないと・・・それと・・・俺は、金に目がくらんで王都に行ったとでも、言ってください」
************
お読みいただきましてありがとうございました。
今日は寒かったですね。皆さん、温かく過ごしてくださいね。
♡と広告をありがとうございました。
感謝しています♡
王女が王の部屋のドレープを引いて、部屋に明かりを入れた。
「お父様?二日酔いはいかがですか?」
笑いを含んだその声に、王は痛む頭を抱えながら起き上がった。
「いや、その、頭は痛いな」
昨夜は飲みすぎた。
記憶がはっきりしていない。
久しぶりにした深酒に、どれほどの醜態をさらしたのか恥ずかしくなる。
「はい、どうぞ」
王女が父親に酔い覚ましの飲み物を差し出した。王は薄めたコンソメスープをごくごくと飲み干した。
姫が王宮にいたときはいつも作ってくれていた、特性スープだった。
「久しぶりだな。お前が嫁いでから誰もお前と同じようにはできないよ」
「ふふふ、そうでしょう?」
姫は笑いながら、そばの椅子に腰かけた。
「ふぅ。もう座るだけでも一苦労ですわ。もうすぐ、お父様の孫が生まれてきます。そうしたら・・・王宮にお呼びくださいますよね?」
「おお、もちろんだ!だが、あの生意気な婿は・・・」
「夫のことは今は置いておきましょう。お父様だって・・・ですから、もう終わったことは、いいでしょう?それで、お父様に提案がありますの」
「ほう?かわいい姫の言うことならば、かなえてやりたいものだが」
「もちろん、おできになりますとも」
姫の顔に満面の笑みが広がった。
*************
「国王陛下が、お前を従僕として雇ってくださるそうだ。大出世だな、リオ」
無理やり笑みを貼り付けた侍従長の顔を、リオは呆然と見つめた。
「な、なぜ・・・俺は、俺には荷が重いです。それに出世なんて望んでいません」
「これほどのご縁はめったにないぞ。王宮で、王の直属の従僕として雇っていただいて、将来は侍従長になることだって夢じゃない。王宮の侍従長がどれほどの権力者なのか、お前には分からないのかもしれないが」
「いえ、俺はこのお屋敷で、これまで通りアウレリオ様の直属の使用人として雇っていただければ、それで十分です。王宮の侍従長なんて望んでいません。ただ、ここに置いていただければ」
「落ち着け」侍従長がリオの肩に手をかけた。「まあ、座りなさい」
リオは侍従長の部屋にあるソファーに押し付けるように座らされた。
「いいか、お給金はここの何倍もいただける。少なくとも二倍はもらえるだろう。しかも、華やかな王宮勤めだ。誰もが望む条件だろう。しかも、王宮で努めれば箔がつくぞ。何年か勤めれば、どんな仕事だってできる。王都で働くための手形がいただけるんだよ。この意味は分かるな?」
「わかりません。俺、王都で働くための手形なんていりません」
「いや、だから・・・」侍従長はため息をついた。
「断るなんて、できないんだよ。リオ」
侍従長が向かいの椅子に腰かけ、リオの目をじっと見た。
「この地はもともと王弟様が国王陛下からこの地に遣わされてお預かりしている土地なんだ。古くからの荘園上がりの領地ではない・・・つまり、王様の気持ち次第で取り上げることができる土地なんだ。
アウレリオ様を追い出そうと思えば、追い出すことができる、そういう土地なんだよ」
ガツンと頭を殴られたような衝撃。
アウレリオ様が追い出される?そんなことがあり得るの?
「だ、だって・・・アウレリオ様はこの土地に必要な方だって・・・」
「そうだ。でも、あの王がそれを理解していると思うか?正直、私だって目の当たりにするまでは、あそこまでひどいとは思っていなかった。でも、昨夜だって王女様・・・じゃなくて奥方がとりなしてくださらなかったら、どうなっていたか。国王陛下は準備ができ次第この地を去ると宣言なさった。その条件のひとつが、お前だ」
「・・・」
「わかっている。今、お前が考えていることも、心配に思っていることも。だが、お前を差し出さなかったら、どういうことになるか。昨夜のあの状態から、明らかだろう・・・?」
昨夜、王がリオを手籠めにしようとしたときのことだ。
『若鹿のように美しい男だ』といったのだ。
「・・・俺の顔がもっと醜ければ・・・いや、今からでも、顔を焼けば・・・!!」
「やめろ。むしろ、アウレリオ様が反逆の罪を問われるだろう」
「そんな・・・!!」
リオは両手で頭を抱え込んだ。
なぜ、どうして?その疑問ばかりがぐるぐると回る。
「どうして・・・?」
どうして、王様はなんでも持ってらっしゃるのに、俺みたいな、自分の身体しか持っていない貧乏な使用人を欲しがるんだ?・・・どうして?
「すまないな、リオ。今回ばかりは助けてやれない。むしろ、王都で成り上がってやるって、そう思ってくれればと思ったんだが」
「俺が、ついていけば、王様はアウレリオ様に手出ししないんですか?」
「・・・とりあえず、今回はしのげるだろう。いったん王都に帰れば頭に上った血も下がるだろうし、その間に王女様が王様を丸め込みなさるだろう。もうすぐ孫も産まれるんだ。争いは望まない・・・だろう?」
そんなこと、わからない。俺にわかるわけない。
「それに、もしアウレリオ様と王様が不仲になれば・・・戦争が起こる可能性だってあるんだ。昨夜のあの様子・・・王女様がいらっしゃらなかったら、間違いなく剣を抜く羽目になっただろう。そうなったら・・・遅かれ早かれ戦争が起きる。大勢の人が死ぬだろうし、親を亡くした子供や家をなくした人々が飢えて苦しむことになるだろう」
でも、俺が王様の従僕に・・・昨夜の様子からはそれだけじゃなさそうだけど・・・なれば、アウレリオ様がすぐに追い出されたり、戦争になったりすることは避けられるってこと?
「俺なんかの犠牲で、アウレリオ様や辺境の人たちみんなの生活や・・・命が守られるってことですか」
「そうだ」
リオは目を閉じた。
ここに来てからいろいろなことがあった。
いやなこともあったけれど、圧倒的に楽しかったことやうれしかったことの方が多い。
母親には殴られ、父親には家畜小屋に追いやられた自分を、ひとりの人間として育ててくれたのは、この城の、そして辺境の人々だった。
「わかりました。行きます」
「リオ」
侍従長がリオの肩に手を置いた。その目はかすかにうるんでいた。
「すまないな・・・すまない」
「いいんです。いままで、ありがとうございました。それで、出発はいつですか」
「・・・明日の朝だ」
「・・・わかりました」
リオは立ちあがった。
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