5月の雨の、その先に

藍音

文字の大きさ
116 / 152

第百十一話 金色の髪

侍従長の執務室を出て、裏庭に出ると、女たちが笑いながら洗濯を干していた。
横目に見ながら城の周りをゆっくりと歩く。
時折、警備兵とすれ違いながら、城の空気を吸い込む。

(ずいぶん、長いこと、お世話になった・・・7歳ぐらいの時に初めてこのお城にきて・・・いろいろなことがあったな。あの頃は幼かった。自分がいる場所を与えていただけて、仕事があるってことが単純にうれしかったんだ)

ぼろっと涙がこぼれる。
今なら、誰も見ていない。
今なら・・・泣いてもいいのかも。

(ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。逃げ出してしまいたい。でも、逃げる選択肢なんて、最初から俺にはないんだ)

親指の腹で涙を切るようにぬぐう。
胸の奥のざらつきは取れない。
明日への不安しかないけど・・・でも。

「リオ!ちょうどスープができたところだよ!飲んでいきな!」

厨房から料理人がおたまを振り回していた。
いつもの、日常。
かけがえのない日々。
俺が守ることができるもの。

「はい!」

リオは、顔を上げ、厨房に走っていった。


*************

「今日は疲れた」

アウレリオが、久しぶりに風呂を用意させ、湯上りの濡れた髪のまま部屋のソファにもたれるように座った。
リオが後ろに回りアウレリオの髪についた水滴を柔らかなリネンでふき取る。
丁寧にふき取った後に香油を垂らし、丁寧にマッサージした後にブラッシングして、こっそりとアウレリオの髪のにおいを吸い込む。
この仕事ができるのも今日限りだ。

幼いころは、髪を拭くのもへたくそで、髪を引っ張って怒られたこともあったな。

「どうした?何をにやけているんだ?」
「いえ?ちょっと・・・懐かしくて」
「そうか?まあ、国王陛下もようやく明日この地を発つことになった。長かったな」

アウレリオがソファにもたれたまま、リオを見上げた。

「お前も大変だっただろう?」
「いえ、そんな。アウレリオ様こそ」

リオが食卓に押し倒されたことなど、おくびにも出さない。
そのやさしさに、リオの胸の奥が小さくふるえた。

「あの方のわがままのせいで使用人たちが皆振り回されていたのも知っている。落ち着いたら皆に休みを与えなくてはな」
「そ、そうですね。きっとみんな喜びます」
「お前は何を与えたら喜ぶのかな。休みも欲しがらないし、金にもモノに興味を示さない」
「俺は何も・・・おそばでお仕えできるだけで、しあわせでした」
「ん?」

アウレリオの胸の奥に何かが引っかかった。
どちらかというと鈍い不快感。
ただの言葉のあやだ。リオに限って、私を不快にするはずがないんだから。

「まあ、いい。ほしい物があれば遠慮なく言え」
「もし、許されるのなら・・・一つだけ」
「言ってみろ」
「今、このリネンについた、御髪をいただいてもよろしいでしょうか」
「何だそんなもの。わざわざ許しを得るようなものか?」
「では、よろしいんですか?」
「好きなだけ持っていけ。何なら、髪を切ってやろうか?」
「いえいえ、このリネンについた御髪だけで・・・」
「鋏を持ってこい」
「いえ、そんな」
「いいから」

アウレリオは遠慮するリオの制止も聞かず、金色の髪を一房切り取った。

「このぐらいあれば、魔除け効果ぐらいはあるかもしれないな」

自嘲気味に笑いながらリオに渡すと、リオは恐縮しきって、その髪の毛を受け取った。

「すみません、そんなつもりでは・・・でも、大切に保管させていただきます」

リオはアウレリオにもらった髪束を両手で包んで胸に当てた。その目じりには涙が光っているようにさえ見える。

「大げさだな。本人が目の前にいるのに。変な奴だな」

アウレリオは、サイドテーブルに置かれた寝酒を口に運んだ。
リオはアウレリオが寝酒を飲んでいる間に、さっきもらった髪を丁寧にリネンでくるんだ。リオの目から見ると、アウレリオの金色の髪は、リネンの中から輝いているようにさえ見えた。大切に長持ちの中に入れる。長持ちの中にあったリオのわずかな荷物はもうまとめられている。そのせいで生まれた隙間が、小さな隙間風のようにリオの心を冷やした。

アウレリオが飲み終わった寝酒の入っていたグラスをサイドテーブルに置くと同時に、リオが戻ってきた。
いつもだったら、こまごまとアウレリオの世話を焼くリオの髪やふんわりと漂う香りに誘われて、いつの間にかベッドに引きずり込んでしまうのだが、今日はどうも様子が違う。

「あの・・・」
「どうした?」

リオはもじもじと扉の側で何かを言いたそうにしながら、視線を泳がせている。

「ん?」
「あの!今日は一緒にベッドに入らせていただいてもよろしいですか?」
「ぷっ!」

アウレリオは吹き出した。何を言い出すのかと思ったら、今さら。
だが、当のリオは頬を真っ赤に染めている。体の関係を持ってから何年もたつのに、こんな風に「うぶ」な態度をとられると、腹の奥をくすぐられたような気分になった。

「おいで」

両手を広げて誘い込む。
リオはうれしそうに笑い、アウレリオの腕の中にふんわりと身を預けた。


***********

お読みいただきましてありがとうございました。

もしかしたら、明日と明後日の連載は掲載できないかもしれません。
できる限り頑張りますが、通信環境とか色々わからない部分もありまして・・・

♡と広告もありがとうございます。

※♡と広告には皆さんの感想がめっちゃ反映されていて・・・面白い。でも、参考になります。
感謝しています!
感想 37

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」 最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。 そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。 亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。 「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」 ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。 彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。 悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。 ※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。   ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。