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第百十一話 金色の髪
侍従長の執務室を出て、裏庭に出ると、女たちが笑いながら洗濯を干していた。
横目に見ながら城の周りをゆっくりと歩く。
時折、警備兵とすれ違いながら、城の空気を吸い込む。
(ずいぶん、長いこと、お世話になった・・・7歳ぐらいの時に初めてこのお城にきて・・・いろいろなことがあったな。あの頃は幼かった。自分がいる場所を与えていただけて、仕事があるってことが単純にうれしかったんだ)
ぼろっと涙がこぼれる。
今なら、誰も見ていない。
今なら・・・泣いてもいいのかも。
(ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。逃げ出してしまいたい。でも、逃げる選択肢なんて、最初から俺にはないんだ)
親指の腹で涙を切るようにぬぐう。
胸の奥のざらつきは取れない。
明日への不安しかないけど・・・でも。
「リオ!ちょうどスープができたところだよ!飲んでいきな!」
厨房から料理人がおたまを振り回していた。
いつもの、日常。
かけがえのない日々。
俺が守ることができるもの。
「はい!」
リオは、顔を上げ、厨房に走っていった。
*************
「今日は疲れた」
アウレリオが、久しぶりに風呂を用意させ、湯上りの濡れた髪のまま部屋のソファにもたれるように座った。
リオが後ろに回りアウレリオの髪についた水滴を柔らかなリネンでふき取る。
丁寧にふき取った後に香油を垂らし、丁寧にマッサージした後にブラッシングして、こっそりとアウレリオの髪のにおいを吸い込む。
この仕事ができるのも今日限りだ。
幼いころは、髪を拭くのもへたくそで、髪を引っ張って怒られたこともあったな。
「どうした?何をにやけているんだ?」
「いえ?ちょっと・・・懐かしくて」
「そうか?まあ、国王陛下もようやく明日この地を発つことになった。長かったな」
アウレリオがソファにもたれたまま、リオを見上げた。
「お前も大変だっただろう?」
「いえ、そんな。アウレリオ様こそ」
リオが食卓に押し倒されたことなど、おくびにも出さない。
そのやさしさに、リオの胸の奥が小さくふるえた。
「あの方のわがままのせいで使用人たちが皆振り回されていたのも知っている。落ち着いたら皆に休みを与えなくてはな」
「そ、そうですね。きっとみんな喜びます」
「お前は何を与えたら喜ぶのかな。休みも欲しがらないし、金にもモノに興味を示さない」
「俺は何も・・・おそばでお仕えできるだけで、しあわせでした」
「ん?」
アウレリオの胸の奥に何かが引っかかった。
どちらかというと鈍い不快感。
ただの言葉のあやだ。リオに限って、私を不快にするはずがないんだから。
「まあ、いい。ほしい物があれば遠慮なく言え」
「もし、許されるのなら・・・一つだけ」
「言ってみろ」
「今、このリネンについた、御髪をいただいてもよろしいでしょうか」
「何だそんなもの。わざわざ許しを得るようなものか?」
「では、よろしいんですか?」
「好きなだけ持っていけ。何なら、髪を切ってやろうか?」
「いえいえ、このリネンについた御髪だけで・・・」
「鋏を持ってこい」
「いえ、そんな」
「いいから」
アウレリオは遠慮するリオの制止も聞かず、金色の髪を一房切り取った。
「このぐらいあれば、魔除け効果ぐらいはあるかもしれないな」
自嘲気味に笑いながらリオに渡すと、リオは恐縮しきって、その髪の毛を受け取った。
「すみません、そんなつもりでは・・・でも、大切に保管させていただきます」
リオはアウレリオにもらった髪束を両手で包んで胸に当てた。その目じりには涙が光っているようにさえ見える。
「大げさだな。本人が目の前にいるのに。変な奴だな」
アウレリオは、サイドテーブルに置かれた寝酒を口に運んだ。
リオはアウレリオが寝酒を飲んでいる間に、さっきもらった髪を丁寧にリネンでくるんだ。リオの目から見ると、アウレリオの金色の髪は、リネンの中から輝いているようにさえ見えた。大切に長持ちの中に入れる。長持ちの中にあったリオのわずかな荷物はもうまとめられている。そのせいで生まれた隙間が、小さな隙間風のようにリオの心を冷やした。
アウレリオが飲み終わった寝酒の入っていたグラスをサイドテーブルに置くと同時に、リオが戻ってきた。
いつもだったら、こまごまとアウレリオの世話を焼くリオの髪やふんわりと漂う香りに誘われて、いつの間にかベッドに引きずり込んでしまうのだが、今日はどうも様子が違う。
「あの・・・」
「どうした?」
リオはもじもじと扉の側で何かを言いたそうにしながら、視線を泳がせている。
「ん?」
「あの!今日は一緒にベッドに入らせていただいてもよろしいですか?」
「ぷっ!」
アウレリオは吹き出した。何を言い出すのかと思ったら、今さら。
だが、当のリオは頬を真っ赤に染めている。体の関係を持ってから何年もたつのに、こんな風に「うぶ」な態度をとられると、腹の奥をくすぐられたような気分になった。
「おいで」
両手を広げて誘い込む。
リオはうれしそうに笑い、アウレリオの腕の中にふんわりと身を預けた。
***********
お読みいただきましてありがとうございました。
もしかしたら、明日と明後日の連載は掲載できないかもしれません。
できる限り頑張りますが、通信環境とか色々わからない部分もありまして・・・
♡と広告もありがとうございます。
※♡と広告には皆さんの感想がめっちゃ反映されていて・・・面白い。でも、参考になります。
感謝しています!
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時折、警備兵とすれ違いながら、城の空気を吸い込む。
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ぼろっと涙がこぼれる。
今なら、誰も見ていない。
今なら・・・泣いてもいいのかも。
(ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。逃げ出してしまいたい。でも、逃げる選択肢なんて、最初から俺にはないんだ)
親指の腹で涙を切るようにぬぐう。
胸の奥のざらつきは取れない。
明日への不安しかないけど・・・でも。
「リオ!ちょうどスープができたところだよ!飲んでいきな!」
厨房から料理人がおたまを振り回していた。
いつもの、日常。
かけがえのない日々。
俺が守ることができるもの。
「はい!」
リオは、顔を上げ、厨房に走っていった。
*************
「今日は疲れた」
アウレリオが、久しぶりに風呂を用意させ、湯上りの濡れた髪のまま部屋のソファにもたれるように座った。
リオが後ろに回りアウレリオの髪についた水滴を柔らかなリネンでふき取る。
丁寧にふき取った後に香油を垂らし、丁寧にマッサージした後にブラッシングして、こっそりとアウレリオの髪のにおいを吸い込む。
この仕事ができるのも今日限りだ。
幼いころは、髪を拭くのもへたくそで、髪を引っ張って怒られたこともあったな。
「どうした?何をにやけているんだ?」
「いえ?ちょっと・・・懐かしくて」
「そうか?まあ、国王陛下もようやく明日この地を発つことになった。長かったな」
アウレリオがソファにもたれたまま、リオを見上げた。
「お前も大変だっただろう?」
「いえ、そんな。アウレリオ様こそ」
リオが食卓に押し倒されたことなど、おくびにも出さない。
そのやさしさに、リオの胸の奥が小さくふるえた。
「あの方のわがままのせいで使用人たちが皆振り回されていたのも知っている。落ち着いたら皆に休みを与えなくてはな」
「そ、そうですね。きっとみんな喜びます」
「お前は何を与えたら喜ぶのかな。休みも欲しがらないし、金にもモノに興味を示さない」
「俺は何も・・・おそばでお仕えできるだけで、しあわせでした」
「ん?」
アウレリオの胸の奥に何かが引っかかった。
どちらかというと鈍い不快感。
ただの言葉のあやだ。リオに限って、私を不快にするはずがないんだから。
「まあ、いい。ほしい物があれば遠慮なく言え」
「もし、許されるのなら・・・一つだけ」
「言ってみろ」
「今、このリネンについた、御髪をいただいてもよろしいでしょうか」
「何だそんなもの。わざわざ許しを得るようなものか?」
「では、よろしいんですか?」
「好きなだけ持っていけ。何なら、髪を切ってやろうか?」
「いえいえ、このリネンについた御髪だけで・・・」
「鋏を持ってこい」
「いえ、そんな」
「いいから」
アウレリオは遠慮するリオの制止も聞かず、金色の髪を一房切り取った。
「このぐらいあれば、魔除け効果ぐらいはあるかもしれないな」
自嘲気味に笑いながらリオに渡すと、リオは恐縮しきって、その髪の毛を受け取った。
「すみません、そんなつもりでは・・・でも、大切に保管させていただきます」
リオはアウレリオにもらった髪束を両手で包んで胸に当てた。その目じりには涙が光っているようにさえ見える。
「大げさだな。本人が目の前にいるのに。変な奴だな」
アウレリオは、サイドテーブルに置かれた寝酒を口に運んだ。
リオはアウレリオが寝酒を飲んでいる間に、さっきもらった髪を丁寧にリネンでくるんだ。リオの目から見ると、アウレリオの金色の髪は、リネンの中から輝いているようにさえ見えた。大切に長持ちの中に入れる。長持ちの中にあったリオのわずかな荷物はもうまとめられている。そのせいで生まれた隙間が、小さな隙間風のようにリオの心を冷やした。
アウレリオが飲み終わった寝酒の入っていたグラスをサイドテーブルに置くと同時に、リオが戻ってきた。
いつもだったら、こまごまとアウレリオの世話を焼くリオの髪やふんわりと漂う香りに誘われて、いつの間にかベッドに引きずり込んでしまうのだが、今日はどうも様子が違う。
「あの・・・」
「どうした?」
リオはもじもじと扉の側で何かを言いたそうにしながら、視線を泳がせている。
「ん?」
「あの!今日は一緒にベッドに入らせていただいてもよろしいですか?」
「ぷっ!」
アウレリオは吹き出した。何を言い出すのかと思ったら、今さら。
だが、当のリオは頬を真っ赤に染めている。体の関係を持ってから何年もたつのに、こんな風に「うぶ」な態度をとられると、腹の奥をくすぐられたような気分になった。
「おいで」
両手を広げて誘い込む。
リオはうれしそうに笑い、アウレリオの腕の中にふんわりと身を預けた。
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