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第百十六話 眠れぬ夜
アウレリオの身体は日に日に回復していった。
ほんの数日で、目に見える傷はなくなり、一週間ほどで目の焦点もはっきりと合うようになった。
3日目からは、寝室の外で素振りを再開したし、4日目には体をほぐすストレッチを、5日目には重りを使った筋トレまで再開した。一週間後には、これまで通りに訓練にも参加するようになった。
だが、以前にもまして口が重くなった。
これまでアウレリオがどれほど機嫌が悪くても、間に入っていたリオはもういない。
従者たちは、アウレリオの傍で仕える日を罰ゲームのように感じていた。
日を追うごとに、不機嫌に、そして訓練の負荷を上げていくアウレリオに、ともに訓練している騎士たちも音を上げ、ひとり、またひとりと離脱していった。
「閣下、部下の騎士たちの体力が持ちません」
騎士団長が勇気を出して意見すると、アウレリオは金色の瞳でぎろりとにらみつけただけで、また無言のまま素振りを続けた。その筋肉は盛り上がり、以前よりも腕も体もがっちりとしてきている。
職業軍人の自分たちよりも、立派な体格をした伯爵を前に、騎士たちは困ったように目を見合わせた。
以前ならば、アウレリオがきつい訓練をしていても、リオが定期的に水を運んで来ていたので、そのたびにアウレリオは休憩を取り、しかも和やかに話をしていた。
いまは、そのように命知らずなことをする従者はいない。
ぴりぴりとした空気が流れ、息をすることすらはばかられる。
まるで触れれば切れるナイフのようだ。
「だって、あんなに美しくて優しい奥方様がいらっしゃるのに、なにが不満で?」
誰かが言うと、別の誰かが小さく首を振る。
どうやら、アウレリオ様と奥方様の仲は、あまりうまくいっていないらしい。
奥方様の部屋を訪問することはほぼないし、それどころか、一度も子の顔すら見に行っていないそうだ。
人の口には、戸が立てられなかった。
「奥方様のおかげで、俺たちはどれだけ助かったかわからないんだけど」
「やはり、国王陛下が ひどすぎて愛想が尽きたのかな」
「いや、関係ないだろう?確かに無礼なお方だったけど、国一番の高貴なお方でもあるわけだし」
スズメのようにさえずられる噂話。
アウレリオにしてみれば、皆が何を騒いでいるのかわからなかったし、興味もなかった。
ただ、リオのいない空虚を埋めたい、ただそれだけだった。
第三王女のことも、生まれた子のことも、遠く霧のかなたにいる現実感のない人形のように思える。
ただ、毎日毎日、眠ることができなくなった。
日が陰ってくると、ため息のように夜が立ち込め、どうしたらいいのかわからなくなる。
当たり前のことはできる。
食事もとるし、身体も洗う。時には湯を用意させることもある。
誰かがアウレリオの肩に夜着をかけてくれれば、大人しく袖を通す。
でも、そのあと、部屋の中ががらんとして、まるで生きている気がしない。
寝酒に、と用意された酒をデキャンタごと飲み干しても、眠りは訪れない。
昼間にどれだけ身体をいじめても、ただ身体が疲れるだけで、脳の奥はしんとさえたまま。
とりわけ、アウレリオを苦しめたのは、リオと別れたときのあの光景。
王家の馬車。
リオは小脇に小さな荷物を抱えていた。
ほんのわずかな私物。
茶色の巻き毛が首元で跳ね、クリーム色の肌が光を照り返していた。
迷いのない、後ろ姿。
ため息が重い霧となり、押しつぶされそうになる。
あの時、どうしたらよかったんだ?
なぜ自分はあんなに感情的になってしまったんだ?
頭の中で渦を巻いていたのは、魔力ではなく、困惑と怒りそして悲しみだった。
永遠に一緒にいられると思っていたのに。
妻ではないが、それ以上に近い存在だと思っていたのに。
それなのに。
ほんの一瞬でもリオを疑ってしまった。あのとき、なぜ信じ通せなかったんだろう?
ふたりの間にあったのはただの肉欲どころではない。
なにかもっと運命的な・・・尊いもの。
そう思っていたのは自分だけだったんだろうか?
あまりにも長く一緒にいすぎたせいで、リオがそばにいなくなることなど考えたこともなかった。
手放したくなかった、手放すべきではなかった。
もう少し時がたてば・・・
父と愛人の騎士のことを心の底では軽蔑していた。
でも最近では、もしかしたらそれしか方法はなかったのかもしれない、とすら思い始めた。
父とて、跡をつぐ子をもうけなければならなかった。
ただ・・・ただ、リオが懐かしくて、誤ってしまった判断も、どうしようもなかった思いもすべて消してしまえたら。
リオ。川のように、私を受け入れ、癒し、そして去っていった。
同じ水は流れないように、二度と会えないんだろうか。
月を眺めても星を見ても、ただ、苦しい。
目の前がかすむのは寒いからだけじゃない。
離れてつらいのは、後悔のせいなのか。
リオは、自由になりたかったのか。
こんな田舎では、できることもたかが知れている。王都にあこがれていたのか?私は一体、リオの何を理解していたつもりだったんだろう。
ただ、懐かしすぎて。
リオ・・・いま、月をながめているか?
同じ月をながめていてくれたら。
そう願うくらいは、許されるだろうか。
リオ、苦しいよ。
苦しすぎて、何も感じない。
どうか戻って来て、私の胸に空いた、この大きな穴を埋めてほしい。
苦しくて・・・多分、さみしいんだ。
**************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
2日間更新できずすみませんでした。
明日は、話が動きます。
今日は藍音節炸裂回ということで、ゆるしてください。
リオ(Rio) 川の意味があります。
ちなみにアウレリオは黄金という意味です。
今更の小ネタですみません。
♡も広告もいつもありがとうございます。
ほんの数日で、目に見える傷はなくなり、一週間ほどで目の焦点もはっきりと合うようになった。
3日目からは、寝室の外で素振りを再開したし、4日目には体をほぐすストレッチを、5日目には重りを使った筋トレまで再開した。一週間後には、これまで通りに訓練にも参加するようになった。
だが、以前にもまして口が重くなった。
これまでアウレリオがどれほど機嫌が悪くても、間に入っていたリオはもういない。
従者たちは、アウレリオの傍で仕える日を罰ゲームのように感じていた。
日を追うごとに、不機嫌に、そして訓練の負荷を上げていくアウレリオに、ともに訓練している騎士たちも音を上げ、ひとり、またひとりと離脱していった。
「閣下、部下の騎士たちの体力が持ちません」
騎士団長が勇気を出して意見すると、アウレリオは金色の瞳でぎろりとにらみつけただけで、また無言のまま素振りを続けた。その筋肉は盛り上がり、以前よりも腕も体もがっちりとしてきている。
職業軍人の自分たちよりも、立派な体格をした伯爵を前に、騎士たちは困ったように目を見合わせた。
以前ならば、アウレリオがきつい訓練をしていても、リオが定期的に水を運んで来ていたので、そのたびにアウレリオは休憩を取り、しかも和やかに話をしていた。
いまは、そのように命知らずなことをする従者はいない。
ぴりぴりとした空気が流れ、息をすることすらはばかられる。
まるで触れれば切れるナイフのようだ。
「だって、あんなに美しくて優しい奥方様がいらっしゃるのに、なにが不満で?」
誰かが言うと、別の誰かが小さく首を振る。
どうやら、アウレリオ様と奥方様の仲は、あまりうまくいっていないらしい。
奥方様の部屋を訪問することはほぼないし、それどころか、一度も子の顔すら見に行っていないそうだ。
人の口には、戸が立てられなかった。
「奥方様のおかげで、俺たちはどれだけ助かったかわからないんだけど」
「やはり、国王陛下が ひどすぎて愛想が尽きたのかな」
「いや、関係ないだろう?確かに無礼なお方だったけど、国一番の高貴なお方でもあるわけだし」
スズメのようにさえずられる噂話。
アウレリオにしてみれば、皆が何を騒いでいるのかわからなかったし、興味もなかった。
ただ、リオのいない空虚を埋めたい、ただそれだけだった。
第三王女のことも、生まれた子のことも、遠く霧のかなたにいる現実感のない人形のように思える。
ただ、毎日毎日、眠ることができなくなった。
日が陰ってくると、ため息のように夜が立ち込め、どうしたらいいのかわからなくなる。
当たり前のことはできる。
食事もとるし、身体も洗う。時には湯を用意させることもある。
誰かがアウレリオの肩に夜着をかけてくれれば、大人しく袖を通す。
でも、そのあと、部屋の中ががらんとして、まるで生きている気がしない。
寝酒に、と用意された酒をデキャンタごと飲み干しても、眠りは訪れない。
昼間にどれだけ身体をいじめても、ただ身体が疲れるだけで、脳の奥はしんとさえたまま。
とりわけ、アウレリオを苦しめたのは、リオと別れたときのあの光景。
王家の馬車。
リオは小脇に小さな荷物を抱えていた。
ほんのわずかな私物。
茶色の巻き毛が首元で跳ね、クリーム色の肌が光を照り返していた。
迷いのない、後ろ姿。
ため息が重い霧となり、押しつぶされそうになる。
あの時、どうしたらよかったんだ?
なぜ自分はあんなに感情的になってしまったんだ?
頭の中で渦を巻いていたのは、魔力ではなく、困惑と怒りそして悲しみだった。
永遠に一緒にいられると思っていたのに。
妻ではないが、それ以上に近い存在だと思っていたのに。
それなのに。
ほんの一瞬でもリオを疑ってしまった。あのとき、なぜ信じ通せなかったんだろう?
ふたりの間にあったのはただの肉欲どころではない。
なにかもっと運命的な・・・尊いもの。
そう思っていたのは自分だけだったんだろうか?
あまりにも長く一緒にいすぎたせいで、リオがそばにいなくなることなど考えたこともなかった。
手放したくなかった、手放すべきではなかった。
もう少し時がたてば・・・
父と愛人の騎士のことを心の底では軽蔑していた。
でも最近では、もしかしたらそれしか方法はなかったのかもしれない、とすら思い始めた。
父とて、跡をつぐ子をもうけなければならなかった。
ただ・・・ただ、リオが懐かしくて、誤ってしまった判断も、どうしようもなかった思いもすべて消してしまえたら。
リオ。川のように、私を受け入れ、癒し、そして去っていった。
同じ水は流れないように、二度と会えないんだろうか。
月を眺めても星を見ても、ただ、苦しい。
目の前がかすむのは寒いからだけじゃない。
離れてつらいのは、後悔のせいなのか。
リオは、自由になりたかったのか。
こんな田舎では、できることもたかが知れている。王都にあこがれていたのか?私は一体、リオの何を理解していたつもりだったんだろう。
ただ、懐かしすぎて。
リオ・・・いま、月をながめているか?
同じ月をながめていてくれたら。
そう願うくらいは、許されるだろうか。
リオ、苦しいよ。
苦しすぎて、何も感じない。
どうか戻って来て、私の胸に空いた、この大きな穴を埋めてほしい。
苦しくて・・・多分、さみしいんだ。
**************
お読みいただきまして、ありがとうございました。
2日間更新できずすみませんでした。
明日は、話が動きます。
今日は藍音節炸裂回ということで、ゆるしてください。
リオ(Rio) 川の意味があります。
ちなみにアウレリオは黄金という意味です。
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