5月の雨の、その先に

藍音

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第百二十回 5月の雨の、その先に ※閲覧注意

※今回も人によっては全然ダメな回です。少しでも危険を感じたら、回れ右でお願いします。※



王は容赦なくリオを殴りつけた。

「げふっ」

胃液が逆流して、足元を濡らす。

「汚いな」

王が吐き捨てるように言う。

「申し訳ございません」リオはリネンで自分の吐しゃ物を拭きとった。

汚れたものを片付け、部屋の隅で小さくなると、王は不機嫌に酒をあおった。

「まったく、こんな出来損ないを引き受けるとはな」

ゴブレットはあっという間に空になり、リオがワインを継ぎ足す。

「お前、最近食事をとっていないと聞いたが?なんだ、抗議のつもりなのか?」
「とんでもございません。尊い方に抗議など・・・私のような地を這う蟻は太陽の光を浴びさせていただけるだけで感謝しております」
「当然だろう」
王はふんぞり返った。
「お前など、虫けら同然の身の上のくせに。ただ、顔がいいから生き延びただけだ。それなのに、すっかり痩せこけて、容色が衰えてきたではないか」
「・・・申し訳ありません」

そのくせ、王は今日もリオを抱いたのだ。

「相変わらず、つまらん男だ。お前などよりも、新しく入った男・・・名は何と言ったか忘れたが、あいつの方がよほど具合がいいぞ」

「申し訳ありません」

・・・ならば、その『新しく入った男』のところに行けばいいのに。そう言えばまた殴られてしまうだろうが。一日も早く、飽きてほしい。新しい「珍味」が入ってくれば、そのうち追い出されるのではないかと、淡い期待を抱いているのだが・・・

「ふん」王はリオをちらりと見ると、視線をそらした。「わが姫が産んだ子を見に行く」

ぼそりと漏らしたその言葉に、リオの心臓は飛び出しそうになった。
まさか、随行させていただける・・・?
もう、顔を合わせることすらできないだろうけど、陰からこっそりと見つめるだけでも・・・

「あ、あの!」
「連れて行ってほしいのか?」
王がにやりと笑った。
「お前は、わが娘の脅威だからな。さて、どうしたものか」
「・・・脅威?何のことでございますか?」
「いや、別に」

王は不機嫌に視線をそらした。

「私を満足させられたら、連れていくことを検討してやらないでもない」

王はにやりと笑って足を広げた。
いまさら、そんなこと。辺境に戻れるのなら、耐えられる。

リオは、膝まづき、王の足の間に顔を沈めた。


**********


「くそっ、汚いな。あのジジイ。さっさと満足すればいいのに」

リオは痛む顎をさすりながら、部屋を出た。
リオの部屋では、王が高いびきをかいている。
外で待つ数人の護衛に頭を下げると、男たちがいやらしい目でリオを見た。
もちろん、王の愛人の一人であるリオに手を出すような愚か者はいない。
だが、王がいないところで眼で鑑賞するのは自由だ。男たちは、薄い服の下で見え隠れするリオの肌を無遠慮に見つめた。

そんな視線にも、もう慣れた。
幼いころから何度もそういう視線で見られてきた。
辺境では、あの大男に襲われて以来、アウレリオ様が守ってくださったから、そういうこともなかったが、いま、ここにアウレリオ様はいない。

「中庭を散歩してきます」

リオが一言伝えると、誰かがヒューと口笛を吹いた。


月が見たい。
窓ガラス越しではなく、王の気配のないところで、直接見たい。
アウレリオ様につながっていると思えるから。

暗い上空には、ほっそりとした三日月がかかっていた。
頬を撫でる風は少し暖かく、春の訪れを知らせている。


(アウレリオ様も、いま、この空の下にいらっしゃるのかな。穏やかに、幸せに暮らしてらっしゃるのかな・・・そうだといい・・・いや、そんなの嘘だ。
不幸になってほしいなんて思わない。
穏やかに暮らしてほしい。
でも、本音は、俺の10分の1、いや100分の1でいい、不幸でいてほしいんだ)

リオのほほを大粒の涙が伝った。

「・・・会いたい」

思うだけでも贅沢なことだと知っている。でも、どうしても思いを止めることはできない。

せめて、もう一度だけでも、会いたい。

今回、王について行かせてもらえれば、アウレリオ様が幸せに暮らしている今を確認できるだろう。俺のことなんてすっかり忘れて・・・もしかして奥方様が、二人目をご懐妊になったってニュースを聞くかもしれない。

・・・そうすれば。
たぶん、忘れられる。

ふたりで美しい空色の丘を眺めた日は、まだ昨日のようなのに。
もう一年近くがたつなんて。

5月の最初の雨。
その翌日。

大切な記念日だった。
アウレリオ様が俺のために決めてくださった、誕生日。
どれほど時がたっても、距離が離れても、心はあの丘にある。

眼の奥に広がる真っ青な丘。
人目を忍んで愛し合った時間。
・・・楽しかった。

いつの間にかリオの口角は弧を描いていた。

・・・楽しかったな。俺は自分が不幸な生まれだと思っていたけど、たいして不幸じゃなかったのかもしれない。
俺はアウレリオ様に出会えたことで、一生分の運を使い果たしたんだ。

それに、いつの間にか季節は移り変わり、もうすぐ春が来る。
そうすれば、5月の雨の翌日、丘は空色に染まるだろう。
ああ、あの日の空も丘も、青くて透き通っていて、ほんとうに、きれいだったなぁ・・・



5月の雨のその先に・・・


魂だけでも


たどりつけたら、いいのに。



************

お読みいただきまして、ありがとうございました。
タイトル回収回でした(コソコソ)

いつも♡と広告をありがとうございます。
皆様の応援が私の支えです♡

寒いので気を付けて。
雪国の方は、本当に大変ですね。
頑張って乗り切ってください!


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