5月の雨の、その先に

藍音

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第百二十一話 薄物

約束通り、王はリオを辺境まで同行させた。
多くの愛妾の一人。しかも、男。連れて行ってもらうためには、相当の努力を求められるかと思ったが、意外とあっさり認められ、拍子抜けするほどだった。

アウレリオ様にもう一度会える!考えただけでも胸は甘ぐるしくときめく。
顔向けできない。そう思っても、片隅からそっとお姿をながめるだけでもいい。
同じ空間に、いや近くにいられるだけで、それだけでいいんだ。

「食事をなさった方がいいですよ」宦官が不愛想に言った。「骨と皮ばかりでは、あなたの主人・・・いえ、元主人が心配なさるでしょうに」

そう言われて、リオは無言でうなずいた。
出発まで3日、辺境に着くまで2週間ほどかかる。その間、できるだけ食事をとって・・・少しでも元気に見えるように頑張ろう。顔色も悪いと思われないように健康的な生活をしよう。ほかの人間に見られるのは嫌いだけど、アウレリオ様が美しいと思ってくれるかもしれない。そう思ってもらえれば、心の片隅に少しでも残れるかもしれない。

それだけで、十分だ。

*********


「お父様!」

第三王女セラフィーナは、馬車から降りた父にぎゅっと抱きついた。

「どれほどお待ちしていたことか!さあ、お父様の孫に会ってくださいませ」

王はお気に入りの姫を見た瞬間、でれっと顔が緩み、親馬鹿の顔になった。
いつも、リオをいじめたり、臣下にあがめられている姿とは違う。

「体調はどうだ?悪いところはないのか?」

セラフィーナの背中をそっと撫でる姿は、父親そのものだった。

「ええ。わたくしとっても幸せですわ!」

姫は王の後ろから無言で降りてきた、愛妾の印である、薄いベールをかぶったリオをちらりと見た。
父王は事前に頼んだとおり、よくしつけてくれたらしい。
ひらひらとしたいやらしい衣装。いつもなら嫌悪を感じるその服も、今日に限ってはふさわしい。
こんな姿を見れば、アウレリオも長い迷いから覚めるに違いない。
姫は背筋をピンと伸ばして、朗らかに笑った。

「アウレリオ様もとてもお優しくて・・・愛されすぎて、またそろそろ新しいおしらせがあるかもしれません」

頬を染めながら、腹を優しく撫でるしぐさは、第二子の存在をさりげなくアピールしていた。

(そうなんだ)

予想していたこととはいえ、胸が痛む。
俺がいなくなれば、よかっただけなんだ。

(・・・それは・・・俺がこの土地を離れて、いい方向に向かったってことなのかな・・・来なきゃよかった)

うつむくと、涙があふれてこぼれそうになった。
第三王女がリオをちらりを見た。思った通りの反応に思わずにやっと笑ってしまうが、リオは自分の悲しみで手いっぱいだった。

「夫は今、狩に出ております。お父様に新鮮な肉をご馳走したくて」
「ほぅ!それは楽しみだな」

父と娘が仲良く談笑する姿を見送って、使用人たちがごっそりと積みあがった荷物を馬車から降ろす。
リオは自分の小さな荷物を手に取った。

いつのまにか、何人もの使用人がリオの周りに集まってきていた。
みな遠巻きに、リオの様子をうかがっている。

「見ろよ、あの格好」
「金目当てに王様の愛人になったって噂は本当だったんだ」
「なんてみっともない」
「男のくせに」

「あの、すみません!僕はどこに荷物を運んだら・・・」

陰口をたたいていた使用人たちは顔を見合わせた。
そもそも、この男の愛妾の扱いがわからない。
王のために、何人かの若い娘や未亡人がすでに見繕われていたし、そもそも何のためについてきたのか・・・
下手な扱いをして王の怒りを買うのも困る。

「とりあえず、いったん前に使っていた部屋に置いたらどうだ?」

使用人の一人が口を開いた。以前リオと一緒に働いていた従僕の一人だった。

「部屋はそのままだからな」

リオは小さくうなずくと、使用人用の階段を昇り始めた。王や王女と少しでも離れていられるのなら、それでよかった。


************

贅を尽くして準備された正餐の最中、アウレリオが戻ってきた。
今日は、リオも同行すると、妻から事前に聞かされていた。

「わたくしがお父様にお願いしましたの。だって、お懐かしいでしょう?」

その声に含まれていた何かに、その時は気が付かなかった。
実のところ、リオがいなくなってから、アウレリオの魔力はずっと不安定なままだった。周期的に増幅と減少を繰り返す。
時折小さな爆発を起こすが、人のいないところでこっそりと力を逃がしていたので、それに気づいているものは少なかった。

今日は、朝から森の端で魔物が出たと騒ぎになり、駆けつけて退治してきたところだ。魔力を伴った小さな破壊行為が、魔力を逃がすときには役に立つ。部下の剣や弓に魔力を乗せ、数匹の魔物を殺した。

「極上の毛皮が獲れましたね」

ほくほくと嬉しそうに笑う部下と戻ると、すでに王は到着しているという。
アウレリオは王のいる部屋に速足で向かった。
従僕として雇われたのなら、正餐の場で給仕の手伝いでもしているかもしれない。顔が見たい。いつか、王の機嫌が直れば、リオを呼び戻すこともできるだろう。きっとその日は遠くないはずだ。

「失礼する。我が太陽にご挨拶を」

そう言いながら部屋に入った瞬間、アウレリオは目を疑った。
王の後ろに立つリオ。薄くひらひらとした衣装と頭からかぶった薄いベール。かろうじて下半身は隠しているが、隠すべきところを十分に隠せていないその姿は・・・まるで男娼の様ではないか?


************

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