5月の雨の、その先に

藍音

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第百二十八話 痕跡

【リオ】

王はずっと高いびきをかいたまま。
リオは、酒臭いにおいにくらくらしながら、窓の外をずっと眺めていた。
この景色を目に焼き付けたい。

今となっては、なぜ王が連れて行ったのかはっきりわかっていた。
王様は、俺を辱めるために連れて行ったんだ。もう目的を果たしたから、二度と戻れないかもしれない。
この景色も見納めかもしれないんだ。

そう思うと、目の前がにじんだ。

じっと外を見つめていると、遠くできらっと何かが光った。
時折消えながら、その光は土煙とともに近づいてくる。

(・・・アウレリオ様だ!)

気が付いた瞬間、涙があふれた。
馬車が動くと、アウレリオの姿は隠れ、また、見える。
お別れを言う勇気がなかった俺のことを、追ってきてくださったんだ。

次の一瞬、またアウレリオの髪が陽を反射してきらめいた。
馬車は容赦なく進んでいく。もしかしたら、奇跡的にもう一度だけ会えるかもしれない。胸の奥でうずうずと期待が首をもたげた。

夕べを最後に二度と会えないと思っていたのに、もしかしたらまた会える・・・?
リオがドアの窓枠にかじりついていると、後ろからリオの肩に肉厚な手のひらが乗せられた。

「へぇ・・・婿殿は、ずいぶんお前に執着しているようだな」

びくっとリオの肩が上がった。
もっと眠っていればいいのに。

「そ、そんなことは。陛下のお見送りではないですか?」

リオの声が裏返った。

「そうに決まっておろう。当主自ら馬を駆けてきたのだ。使用人の見送りなどありえないだろう」
「も、もちろんそうですとも」

リオが笑顔を作って同意すると、王は満足そうにうなずき、馬車の天井をどんと叩いた。

「急げ」
「かしこまりました」

御者が馬に鞭を入れ、王とリオの乗った馬車は、ますます勢いを増した。


********


隣の領地と境界の川まで来ると、王はきびきびと部下を指揮した。
さっきまでぐったりしていたくせに、人が変わったみたいだ。

『リオ、待て』

頭の中にアウレリオの声が響き、渡し船に乗ろうとしたリオが立ち止まると、王がリオの背中を押し、無理やり船に乗せてしまった。

『待ってくれ!』

アウレリオの必死の声に、リオは勇気を振り絞る。

「あ、あの少しだけ待ってください」
「ならん」

王は迷いなく却下した。その意味を正確に理解しているんだろう。
渡し船はすぐに向こう岸についてしまう。
向こう岸はもう別の領地だった。アウレリオは事前に許しを得なければ、他の領地に立ち入ることはできない。

「早くしろ」

王の不機嫌な命令で、馬車も素早く川を渡されてしまった。
このままでは、アウレリオ様の到着は間に合わない。

(アウレリオ様・・・!)

リオが時折金色に光る土煙を見つめていると、王がリオの背中を叩いた。

「馬車に乗れ」
「あとすこし、ほんの少しだけ」
「ならん」

無理やり背中を押され、キャビンに押し込まれる。
これだけ元気なのなら、もう侍従に世話をしてもらった方がいいのでは?

リオがおびえて王を見上げると、王がにやりと笑った。

「もう、あいつの領地じゃない。いままでずっと頭を押さえつけられているような気分で、吐き気が止まらなかったが、ここは空気がいいな」

頭を押さえつけられていた?
空気がいい?
どういう・・・・?

「進め」

王が合図を送ると、御者が勢いよく馬に鞭を振り下ろした。
リオの乗った馬車は土煙を上げながら、街道を走り去っていく。

(最後に、一目だけでも会えたかもしれないのに)

リオが窓から眺めると、アウレリオらしき人影が向こう岸にいた。
護衛騎士がアウレリオの肩に手をかけ、何かを話している。きっと、止めてるんだろう。そう思ったのも一瞬で、すぐにアウレリオの姿は見えなくなってしまった。

ぎゅっと心臓が痛くなる。

リオは首から下げているアウレリオの髪が入った袋に、両てのひらをのせた。


***********


「どうでもいい、取るに足らない小石がある」

王がぽつりとつぶやいた。
リオが視線を上げる。

「足先に入ればごろごろとして邪魔だ。どうしてやろうか」

王がリオをじっと見つめていた。その視線は蛇のようにねばついていた。


「下ばきを脱いでこちらに来い」
「え?」
「愛妾のくせに、同じ馬車に乗せられた意味も分からんのか」
「いえ、その・・・」
「足を開いて、わが上にまたがることを許す」

王の視線はリオの上にじっととどまったまま。
今日は薄物を身にまとっているわけではないのに、裸でいるような心細さを感じる。
せめて、王宮までは何もないと思っていたのに。

「あの、馬車の中では危険では。その・・・まだほぐしておりませんし」

王が強引にリオの手を引き、ボタンをひきちぎってズボンを降ろさせた。

「さっさと自分で準備しろ」

王が命じると、リオは仕方なく自分の後ろ穴に指を伝わせた。

(まずい。アウレリオ様の痕跡が残っている)

まさか、王が馬車の中でそんな行為に及ぶとは思ってもいなかった。
そもそも、同じ馬車に乗るとすら思っていなかったのだ。
アウレリオの魔力の名残を感じたくて、後処理を怠ってしまった・・・

(どうしよう)

そう思った瞬間、リオの後ろ穴から、どろりとした白濁が零れ落ちた。
つんと青臭いにおいがキャビンの中に広がった。

「・・・これはなんだ」

王の声は地を這うように低かった。


************

お読みいただきまして、ありがとうございました。
♡と広告もありがとうございます。

皆様良い週末をお過ごしください。
お仕事の方は体調に気をつけて、頑張って!
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