5月の雨の、その先に

藍音

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第百三十話 はやり歌

「陛下の元男妾が死んだそうです」

そう報告を受けたとき、国王は何のことだかわからなかった。
すでに奴隷に落して捨てた存在など、頭の片隅にもなかったのだ。
死んだとは穏やかでない。数分考えると、思い出した。

「あー。もしかして辺境から連れてきた男か?」
「その通りでございます」
「そのような下らん報告はいらん」

王はそっぽを向いた。王の中ではもう終わった話だった。
そんなことよりも、もっと大切なことがある。
あちこちの部族から愛妾候補が送り込まれてくるが、先日新しく東の国から来た少女はずいぶん美しいと聞いた。後宮に迎え入れる日が待ちきれん。
きっといい声で鳴くに違いない。あの男妾とはちがって。

「あ、そういえば」王は侍従を振りかえった。「さっきの男妾のことだが。わが姫に伝えてやれ。きっと喜ぶことだろう」

侍従が深々と頭を下げ、そしてそのまま、リオのことは忘れてしまった。


【アウレリオ】

リオが去ってから、アウレリオはますます魔力のコントロールが難しくなっていた。そのせいか、魔の森が活性化し、人の棲む場所と森の境界が危うくなっている。

次々に発生する魔物の出没情報や被害への対応に追われ、休む間もないほど忙しい。何も考えずに済む生活は、むしろ好都合だった。

そんなある日、王都から帰ってきた騎士が、深刻な顔でアウレリオに報告した。

「閣下、不穏なはやり歌がございます」
「不穏な、はやり歌?」

「目を疑うほど美しい男が王に見初められ、寵を失った後に騎士の男根を食いちぎったと」
「何だそれは」なぜ寵を失うと、騎士の男根を食いちぎることにつながるのか。
「美しい男は騎士に殺され、死体は犬に食われて跡形もなく消えた、と」

不吉な予感に急に胸が痛くなる。
背筋に悪寒が走り、耳の後ろがずきずきと痛み、喉がからからになった。

「どういうことだ」
騎士は、一瞬顔をゆがめ、視線を落とした。
「わかりません。ですが・・・その後、リオの姿を見たものが誰もいないのです。どうもおかしいとは思われませんか?」

信じられない。信じたくない。
ずきんずきんと胸が痛み、がんがん殴られたように後頭部が痛む。

「嘘だ」

やっと出た声は、かすれていた。

「わたくしも嘘だと願っております。勘違いだと思いたいのですが・・・よく調べさせることをお許しいただけませんか」

「嘘だ」アウレリオが立ち上がった。体中の血が逆流し、全身から一斉に悲鳴が上がる。右手が大きく震え、左手で押さえるが、その手もやはり感触がないほど震えていた。足元から冷たい空気が上がってくる。

まさか、そんな、まさか。

リオが王の慰み者にされていたことだけでも受け入れられないのに、寵を失った後に騎士の男根を食いちぎった?・・・まさか、下げ渡されたのか?そんなことが?しかも、殺された?犬に食われた?

理解が追い付かない。

「嘘だ、そんなこと、あっていいはずがない」

現実感がない。まるで芝居の一場面を見ているような・・・そうであれば、どれほどいいか。
アウレリオのふるえる足は一歩踏み出すとぐらぐらとゼリーのように揺れていた。
身体がぐらりと傾く。

「閣下!」

アウレリオの額から、滝のように汗が流れた。足元が回り、世界がゆがんでいる。

「馬だ。馬の準備を」
「閣下、わたくしが参ります」
「いや、私が行く。舅殿に面会を願い出ることができるのは、私しかいない」


*********

夜通し馬を駆けさせ、翌日の朝には王都に到着した。

「舅殿にお目にかかりたい!我はウイアードのキャンベル伯爵 アウレリオ・リカルド・ル・グランだ!」

アウレリオが城門で告げると、すぐに重い城門が開かれ、王宮まで案内された。
「まだ陛下は起床されておりません」
しかめっ面で侍従が告げたが、アウレリオが剣を鳴らしてひとにらみするとすぐに口をつぐんだ。

辺境から第三王女様の御夫君が、血相を変えて乗り込んできた。一体何事だ?もしや第三王女様の身に何か・・・
そんな不安から、アウレリオはすぐにデイルームに通され、ほどなくすると身支度もそこそこに王が現れた。

「なんだ、こんな早朝から。まさか我が姫のことではあるまいな?」

王はあくびをかみ殺している。
王は昼近くまで寝ているのが当たり前だからだ。
しかも、訪ねてきた婿は服装も整っていない。
軽装の鎧とマントを羽織っただけの姿で、まるでその辺にいる騎士の様だ。
髪はは一晩中風にあおられ乱れたままで、眼は血走っている。その頬はこけ、鬼気迫るいで立ちだった。

「お尋ねしたい。当家の使用人を、王都で勤めるように勧誘し、そして、あなたの愛妾にしましたね。あの者はどこにいるのですか」
「はあ?なんだ。たかが使用人のことで私の眠りを妨げたのか?」
「たかがではございません!あれは子供のころから私に仕えてきた者です」
「ほう。ではお主は悲しむかもしれないな」

アウレリオの胸がずきんと鳴った。足元から真っ黒い何かが忍び寄ってくる。

「すでに忘れかけていたのだが」

王の口から出てくる言葉を聞くのが怖い。息を飲みながら王を見つめると、王は素知らぬ顔でデイベッドに体をもたせかけた。

「あの者は、ありがたくも私の寵を得ながら、不貞行為を働いたのだ」
「不貞?」
「そうだ。まったく、嘆かわしい」王が片手をあげ、侍従が恭しく冷たいレモン水を捧げ持ってきた。王はそれを一口飲むと、侍従の持つトレイに戻す。

「人目もある。不貞行為を働いたものを許すわけにはいくまい。特に私のような立場の者においては・・・女であれば死罪を言い渡すところだが、男ゆえ血統に係る問題が発生しない。だから情けをかけてやったんだ」
「・・・それで、奴隷に落して下げ渡したと?」
「なんだ。知っておるのではないか。だが、一人の人間に下げ渡すのでは、罰にならん。だから、騎士たちに下げ渡してやったんだ。そのあとのことは、私が知る必要はないことだ」

王が気取ったしぐさで、またレモン水に手を伸ばす。
まるで、現実感がない。この王は今、なんと言った?

「・・・騎士たちに・・・下げ・・・渡した?」

のどが急に腫れ、息が苦しい。
今すぐ真っ黒な不安につかまってしまいそうだ。
私のリオが、奴隷に落され、騎士たちに下げ渡された?

「甘すぎるという者もいる・・・情け深い性分なのでな」
「あなたは・・・私のリオを、奴隷に落して、男たちに下げ渡したと・・・言ったのか?」
「ああ、ゆるせ。王として、やさしすぎることは罪だと。だが、つい許してしまうのだ・・・」
「ふざけるな!」

アウレリオが王の襟を両手でつかんだ。

「この野郎・・・リオが不貞など・・・濡れ衣を着せて、性奴隷に落すなど、人間の仕業か。なぜ、そんな屈辱を与えたんだ。せめて・・・なぜひと思いに殺してやらなかったんだ」
「げふっ!」

王の身体が宙に浮きあがる。
王のこめかみに血管が浮かび、顔が赤黒く染まった。


***********

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どうぞこの物語の最後までお読みいただけることを願っています。



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