5月の雨の、その先に

藍音

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第百三十二話 川(rio)

翌日、アウレリオは歩けるものを屋敷のホールに集めた。

「リオを見つけろ」

そう言うと、うなずくもの、目を見合わせるもの、様々な反応があった。

「これは命令だ。王の言う通り、死んでいるとしても、あれは当家の者だ。連れて帰ってやらねばならん。こんなごみごみした都会の片隅に打ち捨てられていたら、死んでも死に切れん」

「背中の傷がふさがっていない者の方が多いです」古参の騎士がためらいがち口を開いた。「もう少し時間をいただけませんか」

騎士たちは小さくうなずいて、同意を示している。まだ、昨日鞭で打たれた傷が癒えず、立っているだけでやっとな者すらいる。
外では静かに雨が降っていた。

「わかった。行ける者だけで構わない。行けなくても罪に問わないことは約束する」アウレリオはきゅっと口元を引き締めた。
アウレリオは、体内にある魔力のせいでほかの人間よりも治りが速い。ただし、治癒の力はほとんどないので、自分以外の者を直してやることもできない。「お前たちにまで傷を負わせてしまい、すまなかった」

アウレリオが詫びると、騎士たちの間にわずかな動揺が走った。
領主が騎士に詫びるなど、めったにあることではない。
しかも、こんなに真摯に。

「すまないな」重ねて言うと、アウレリオは静かに屋敷を出て行った。
供は求めない。これは自分の引き起こした悲劇だ。
だが、主の騎士たちに対する姿勢に、床から起きられない騎士以外はみな付き従った。

空が灰色に染まり、ぽつぽつと雨粒が大きくなり始めた。
雨の中、手分けして情報を集めて回る。
すると、はやり歌に歌われた王の愛妾は川岸に捨てられた、と噂があると、騎士の一人が聞きこんできた。
この騎士は若かったが、その愛妾の姿はずたずたで見られたものではなかった、という情報は言葉に出さなかった。あまりに、残酷すぎて。

重い足を引きずって河原に向かう。
もしや、リオの遺体がうちすられているかもしれない。
だが、石のひとつひとつまで丹念に探しても、リオの着ていた布切れ一つ見つけることはできなかった。

雨はどんどん強くなり、暗く、目の前が見えなくなってきた。
背中の傷は開き、シャツに血がにじんでくる。
身体は冷え切り、唇が紫色に染まった。

「閣下、雨がひどいです。このままでは傷が開いてしまいます。近くの酒場で少し休みましょう」古参の騎士が、近くの酒場の看板を指さした。
皆、酒場らから匂ってくる食べ物のにおいに、朝から何も食べていなかったことを思い出した。

**********

寒さに震えながら酒場に飛び込むと、店の中はあたたかく、活気に満ちていた。
店の奥に案内されると、奥まったところに大きなテーブルがあった。
木の椅子に腰かけると、どれほど自分たちが疲弊していたのかを思い知る。

「なににしますか」

元気のいい店員が陽気に声をかけてくる。

「うちのおすすめは、じっくり煮込んだ玉ねぎとにんにくのスープですよ」
「それを人数分くれ。あと、パンと・・・」
「肉汁たっぷりのソーセージもありますよ」
「よし、それだ」古参の騎士が頷くと、店員はにっと歯を見せて去っていった。

提供された料理はどれもおいしかった。
騎士たちはガツガツと食べ、表情には柔らかさがでてきた。

アウレリオは部下たちの姿を見ながら、付き合いでスープをひとさじかふたさじ口に運んだ。
何を食べても、味がしない。

数人の騎士はエールも飲み、少し元気を取り戻してきた。

「酒場には情報が集まるもんですよ。何かわかるかもしれない」騎士の中で一番の社交上手が店員に話しかけた。

「お姉さん、最近あった王の愛妾の話って知ってるかい?」
「ああ、あの美しい男妾の話ね。もちろん知ってるわ。だって、しばらくはその話で持ちきりだったもの」

店員の瞳がきらっと光った。「何?お兄さん興味あるの?もしかして王都の方じゃないのかしら?」

「おお、そうなんだよ。よくわからないから教えてくれないかな。殺されたって聞いたけど・・・本当なのか?ずいぶん穏やかじゃなよな?」
「そう。そうなのよ。聞いた話によると、どこか遠くの領地で王様に見初められて愛妾になったそうよ。なんせ、女よりもきれいな男だったっていうから。生きている間に一度でいいから見たかったわ」
「へぇ・・・それで、結局どういう話なんだい?その、俺も王都の土産話に田舎の連中に教えてやらないと。
「ああーそうよね。噂によると、その男妾は、王様がだまして連れてきて妾にしたんだけど、王様が短小すぎて、浮気しちゃったんですって」女はくすくすと笑った。
「気の毒よねえ?で、それが王様にばれちゃって、罰として騎士に下げ渡されたそうよ。まあ、気の毒な話よね。で、兵舎に閉じ込めてまともに食事もさせなかったら、ウインナーと間違えてあれを食べちゃったって話」
店員は面白そうに眼をきらめかせた。
「最近聞いた中じゃ一番面白い話だったわ!でも、その話は大きな声でしない方がいい。だって、あの端っこで飲んでる男の人・・・らしいわよ?」
小さくウインクすると、店員は行ってしまった。

ざわっと空気が変わる。

「あいつが?」小さく目くばせすると、騎士たちは何事もなかったように食事を続けた。

しばらくすると、店の端で酒を飲んでいた男はすっかり出来上がって、ふらふらと立ち上がった。

「畜生、畜生、畜生・・・」

ぶつぶつと口の中でつぶやきながら、店を出ていく。

「ごちそうさん」

チップを大目に置くと、全員が立ち上がった。

「私が話を聞きましょう。閣下はどうか」

古参騎士が言うと、アウレリオは少し迷ったが、うなずいた。
今話かけたら、目が合っただけで殺してしまいそうだ。

男が路地を曲がったとき、古参騎士が声をかけた。

「兄さん、ちょっといいかな?」
「んー?なんだぁ」

男はろれつの回らない様子で振り返った。

「ちょっと聞きたいんだけどさ」古参の騎士が何かを言いかけ、やめた。「まどろっこしいから、はっきり聞くけど。王様の愛妾にアレを食いちぎられたのってあんた?」
「なんだと!」
「いやー不便だよね。それに、笑いものだしさ」
「こ、この野郎」

男は聞くもはばかられるような、下品な言葉で騎士を罵倒した。殴りかかろうとしたが、酔いすぎてうまく体がコントロールできず、よろよろと塀によりかかった。

「で、どうしたの?その不届きな男娼のことをさ」

後ろで、アウレリオの踏んだ砂利が不穏な音をたてた。

「あんな奴!切り刻んで犬のエサにしてやったさ!」
「へえ、勇敢だねぇ。で、どこに捨てたの?」
「そこだ!その河原だ!」

男が河原を指さした瞬間、アウレリオが手首を切り落とした。

「え?」男は気が付かなかったかもしれない。次の瞬間には首が飛んでいた。
どさりと男の身体が倒れ、アウレリオが頭部をぐしゃりと踏みつぶした。

「もっと苦しませるべきだったのでは?」古参騎士の言葉に、アウレリオが悔しそうに歯ぎしりした。
「・・・我慢ならなかった」
古参の騎士は慰めるような目で小さくうなずいた。
「あいつが指さした場所を、もう一度探してみましょう」

リオの痕跡が少しでもないかと、再び探し回ったが、何一つ見つからない。
本当ならば、布切れや小さな骨のかけら、血の跡などがあってもいいはずなのに。
雨はどんどん強くなり、騎士たちの背中にくっきりと血がにじんだ。

「もういい」

アウレリオが一言つぶやくと、不満とも安堵とも取れる声が騎士たちから漏れた。
川はごうごうと音を立て、薄茶色のしぶきをあげながら流れていく。

「リオは・・・ここにはいない。いくら探しても何も出てこないだろう。あれは、リオに還ったんだ」
「何をおっしゃるんですか」
「これだけ探しても、リオの気配がどこからも感じられない・・・あれは死んだ」



***********

お読みいただきまして、ありがとうございました。
♡と広告もありがとうございます。

リオ(rio)の名前の由来は「川」です。
アウレリオがリオが川に還った、というのはそういう意味です。
もともと、名前に関するエピソードもあったのですが、どんどん長くなってしまうのでカットしたストーリーの一つです。



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