5月の雨の、その先に

藍音

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第百三十四話 最後の贈り物

(なぜもっと早く気付かなかったんだ。雨・・・5月の雨。最初の雨からは時間がたってしまった、間に合わないかもしれない。だが)

アウレリオは黒い羽を大きく羽ばたき、辺境に向かった。
魔力の乗った翼は、速さが違う。馬車で2週間、早馬で3日、どれほど馬を駆けても一日かかる距離を、ほんの数時間で移動してしまった。

目指す場所は、空色の丘。
アウレリオは丘の上を旋回し、リオとともに休んだ大きな木の陰で羽をたたんだ。

5月の雨の翌日には、必ずここで会おうと約束した。
もし魂に還ったのならば、ここにきているに違いない。
確信があった。
探す必要もない。
アウレリオの到着を待っていたかのように、かつてリオに与えた砂糖菓子たちがちょこちょことアウレリオを先導する。リオが喜ぶから何度も作ってやった。
うさぎ、リス、ライオン・・・小さな動物たちが行列を作って、アウレリオがちょうど手を伸ばせば届く位置にある枝の下に案内した。
その枝は絡み合い入り組んだ場所にあり、雨や風を避けられる反面、簡単には見つけられない。

その枝には、粗末な袋が掛けられていた。
リオが、アウレリオの与えた髪を大切にしまった小さな袋。
体中の血が同時に叫び出す。

「リオ、やはりここに」

あの場所にはリオはいなかった。リオはここに帰ってきたんだ。
万に一つ、と期待していなかったわけではない。厳しいだろうとは思っていた。
あの飲んだくれた騎士は、残念ながら本当のことを言っていたし。

「リオ」

名を呼んでも、返事はない。ただ、目の前の袋だけが、リオの残したものなのか。
触れれば、消えてしまうかもしれない。でも、リオの最後の思いが残っているかもしれない。
犯人を教えるものか、それとも国王への恨みか、いや私への恨み言かもしれないな。

触れずにはいられなかった。
そっと小さな魔力に守られた袋を手のひらに乗せると、袋はアウレリオの魔力と呼応して、するするとアウレリオの腕にひもをまきつけ、そしてうっすらと光を放った。
その光は、きらきらと輝きながら徐々に大きくなり、渦を巻くようにアウレリオの周りをくるくると回った。
そっと触れながら、アウレリオから生えた鱗や羽根を落としていく。

それは、リオの優しい心そのもので、アウレリオの心の中にはいり、傷つきささくれたアウレリオの心を癒し、落ち着かせていった。
アウレリオの魔力と人の心のバランスが取れたころには、その袋に残された魔力は消え入りそうなほど少なくなってしまった。
「もう、大丈夫だから。頼むから、消えないでくれ」
アウレリオがささやくと、リオのくすぐったそうな笑い声がかすかに聞こえ、

『愛してます。こころから』

リオの両手がアウレリオの頬をそっと撫で、小さな袋はかき消えた。
とどめようとつかんでも、間に合わない。
案内をしていた、古ぼけた砂糖菓子も砂のように崩れ、跡形もなくなった。

「リオ!」

これがリオの魔法。
派手な力はない。だが、アウレリオのためを思い、今わの際に最後の力を使った。

(アウレリオ様の力もお借りしたんですよ)

照れたように笑う顔まで思い浮かぶ。

「リオ。なぜ助けを求めなかったんだ。お前がそうしてくれたなら、私は何もかも捨てただろうに」

瞼の奥では、リオが小さく首を振り、笑顔のまま遠ざかっていく。
誰も責めず、ただ受け入れて。

「リオ、行かないでくれ・・・リオ!!」

身を裂くような絶叫が、空色の丘にむなしく響いた。

(リオは行ってしまった。この世界に私だけをのこして)

アウレリオの頬を涙が伝う。
残された世界は、あまりにも空虚だった。



**********

どうしても空色の丘を離れがたく、何日かそこで時を過ごした。

そろそろ、アウレリオの不在を喜んだ森が活性化するころだ。
魔物は人を喰らう。

ただの獣と魔物の違いは、人を好んで食べるか否か、が最初に来るだろう。


重い腰を上げ、足を引きずりながら丘を下る。
もう何もかもどうでもいい。
だが、幼いころから刷り込まれた、森を抑え、領民を守る責任感だけがアウレリオを動かした。
丘の下では、あの古参の騎士が馬を引いて迎えに来ていた。
ため息をつきながらそこに向かう。

「なぜわかった」
「城にいらっしゃらないのなら、こちらかと」
「・・・そうか」

アウレリオは肩を落としたまま、無言で馬に乗り、古参の騎士も同じく馬にまたがり口をつぐんでいた。
この騎士はなぜ、私を恐れないのだろう。
すでに人ではない姿まで見たのに。
だが、出てきた言葉はまるで違っていた。

「・・・リオはここに戻っていた」

騎士は、少し目を見開き、そしてうなずいた。

「5月の雨の翌日ですから。最初の雨ではないので、花の盛りは過ぎましたが、アウレリオ様もここにいらっしゃるのだと確信しておりました」
「そうか」
「あの子はアウレリオ様を大切に思っておりました。自分よりも大切に思えば、それが愛なのではないでしょうか」

アウレリオは無言のまま、前を向いていた。
ただ、その両目からは、とめどなく涙が零れ落ちていた。

この主が愛を知る日は来るんだろうか。
古参の騎士は、幼いころから見守ってきたアウレリオをどう慰めたらいいのか、わからなかった。

「きっと、リオはアウレリオ様に幸せになってほしいと願っていると思いますよ」

騎士の言葉に、アウレリオは手綱を握り締めた。

どうしたらよかったのか。
わからない。
ただ、時を戻すことはできない。
今は、それが苦しすぎる。
気が付けば、また、手の甲に涙がしたたり落ちた。

騎士は見ぬふりをして、前を向いた。アウレリオが、そう望んでいると思ったから。


************

お読みいただきまして、ありがとうございました。
♡と広告もありがとうございます。

今日は、言葉がありません。
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