敗北した悪役令嬢ですが、しあわせをつかめるのでしょうか。

藍音

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第二十七話 後宮

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ルシアナがリエールにさらわれてから一週間。
郊外の視察に出かけていた国王が今日戻ってくる。
いま、ルシアナは後宮に部屋を与えられ、国王の帰りを待つために体中磨き上げられていた。

当初は逃げようと様子を伺っていたが、四六時中複数の護衛という名の監視がつき、逃げる隙はなかった。
しかも、オーブリーまでもが周りをうろついている。

「俺のお陰で、後宮で部屋をいただけるんだぞ?この恩は忘れるなよ?」

張り飛ばしてやりたいほど腹が立つが、ルシアナは曖昧なほほえみを浮かべた。

「そうですね、忘れませんわ」

毎日散歩に出かけ、現状の把握に努める。どこかに抜け道がないか、花を愛でるふりをして探し続けた。
散歩中に知ったのは、後宮には数え切れないほどの女性がいること。王妃がそこに君臨していること。
後宮とはいえ、下男や護衛などの男は存在すること。
あまりにも愛妾の数が多すぎるので、女官だけでは手が回らないのだ。
もちろん、必要以上に男と口をきくことは固く禁じられていた。
密通した場合は両者とも死罪だそうだ。

政略結婚で嫁いできた王妃は、王とは気が合わず、子もいなかった。
その代わりに、第二妃、第三妃、第四妃がそれぞれ王子や王女を生んでいて、オーブリーに言わせれば、うまくやれば第五妃におさまることができると。

(王太子様が好色じゃなくてよかった。第二妃になれなんて言われたら気が狂ってしまう。ましてや、第五妃?まっぴらごめんだわ)

ルシアナは逃げられないと悟ったときから、なんとか隙を見つけようと従順なふりを続けていた。
第五妃になりたい素振りまでしてみせた。

そして今日、国王を迎えるため、朝からルシアナは湯浴みをし、お迎えするようにと飾り立てられていた。
大きな湯船に薔薇の香水を垂らし、花びらを浮かべ、肌が見えるほど透けた服を着せられた。

「あら」

ルシアナの爪が衣装に引っかかって破けてしまった。

「まあ、ごめんなさい。うっかり衣装を破ってしまったわ。せっかく美しい絹なのに、ごめんなさいね」

申し訳無さそうにほほえんで見せると、女官たちは頭を下げて新しい衣装をもってきた。
また、薄絹で体の線が丸見えになるような衣装だ。
胸と足の間は宝石で隠すいやらしいデザインだった。この王宮の主は悪趣味そのものだ。

「衣装は別なものに替えていただきたいわ。これじゃ・・・透けすぎです。国王陛下はいつもこんな衣装の女性にかしずかれているんでしょう?他の方と同じでは・・・殿方には贈り物を紐解く楽しみをあたえてさしあげないと。もっとしっかりと胸元まで紐で縛り上げるタイプの服がいいわ。ね?夜のためにはそんな楽しみがあったほうがい良いでしょう?」

ルシアナがほほえむと女官たちは困ったように顔を見合わせた。

「ありますわよね?」
「は、はい。ですが、国王陛下はこういった衣装ことのほかお好きで」
(変態ジジイ)心の声が漏れないように気を付けないと。
「私、うっかり者なのでまた破ってしまうかもしれませんわ。この意味、おわかりですわよね?」

やっと意味が通じたらしい。
女官たちは顔を見合わせると、無言で頭を下げ別の服を探しに行った。

「あ、スカートもくるぶしまであるものをお願いね」

ルシアナはその背中に声を掛ける。
好色な年寄りのために薄絹をまとう気などさらさらない。

「国王陛下のお帰りまであと少ししかないんですよ。お急ぎください」
女官の中でも、高い地位にあるらしい年配の女が桃色のドレスを手に部屋に入ってきた。
布地はきらきらして、動くたびに柔らかく光を反射している。

「これが一番露出の少ないドレスですから。これで我慢してください」
「何ならあなたの着ている女官服でも・・・」
「時間がないんですよ」

そう言うとルシアナの服を乱暴に脱がせ、桃色のドレスを頭からかぶせた。

「え?これは・・・」

ドレスは首からお腹までがVラインに深くカットされ、金色の紐をお腹から胸までクロスさせ編み上げるデザインだ。スリットはももまで入り、確かに足首まであるが、むしろ・・・

「ずいぶんと、セクシーなんじゃ・・・」
「ご自分で望んだんでしょう?」
「・・・」

だが、動くとちらちらと乳首や下の方が見える先程の透けた服よりはマシだ。
しかも、紐をほどかなければ脱げない服は、時間が稼げる。
ルシアナが考え込んでいると、女官は手早くルシアナの顔を紅で彩った。

「国王陛下にお部屋までいただいて、ご自分の運の良さを分かっていらっしゃらないんですね。一生お渡りいただけないまま年を取ってしまう方もいらっしゃるんですよ?」
「なぜそんな・・・」
「皆、部族から献上されてくるんです。気に入られれば妃に取り立てられることもありますし。昔は年に一度女たちを入れ替えていたんですけど、最近は・・・王妃様が、新しい女性をいれるのはやめるようにと命令されたんです」
「王妃様が?」
「おおかた、ヤキモチでしょうよ」
「そう・・・?」

会ったこともない王妃や国王のことはなにもわからない。
だが、さきほどの言葉からすると、今夜国王はこの部屋に来るつもりらしい。

「こ、香水を」
「香水ですか?先ほど湯の中に香りが」
「いえ、もっと殿方を魅了するような香水はないの?もっと、野性的な・・・」付けすぎると耐えられないほど臭いものがいい。
「こちらはいかがですか?」
若い女官が差し出した香水を迷いなく全身に塗り込む。部屋中にムッとするにおいが充満した。
「お嬢様?そんなに付けては・・・」
「いいの。もっとちょうだい」
「お嬢様?」

止めようとした女官を、年配の女官がたしなめた。

「お嬢様のおっしゃるとおりにしなさい」
慌てて若い女官が新しい香水を取りに行くと、こっそりと耳元で囁かれた。
「作戦がうまくいくといいですね」
ルシアナは小さく目を見開いた。
「なんのことかしら?私は国王様に気に入られたいだけよ」
「もちろん存じ上げております」

年配の女官は、若い女官が盛ってきた香水を自分の手に広げると、迷いなくルシアナの背中に塗りたくった。

「おい、まだか?」

オーブリーがルシアナの部屋に入ってきた。

「うわっ!なんだこの匂いは!?」
「男性を魅了する魔性の匂いですの」ルシアナはツンとして言った。
「魔性?はあ??おかしいんじゃないのか」
「何一つおかしくありませんよ。お兄様には私の魅力がわからないだけです」
「お前・・・」
「なんですか?また殴るんですか?殴ればいいでしょう?いつものように顔を殴ったらどうですか?国王陛下も腫れた顔の女をお好みになるかもしれませんからね!」

カッとして殴りかかりそうになったオーブリーとルシアナの間に、年配の女官が割って入った。

「お急ぎください。国王陛下がおいでになります」
「くそっ」オーブリーは舌打ちすると、ルシアナの手の中になにかを押し込んだ。「これを」
「なんですの?」
「しっ」オーブリーが真顔になった。「いいから。これを使え。いざというときにはうまくやるんだぞ?」

オーブリーはすっと体を離し、いやらしい笑みを浮かべた。

「確かに、魔性の匂いかもしれんな。しかも、その衣装は妙に色っぽいしな」

体を舐めるように見られ、実の兄でもぞっとする。


「さあ、もう国王陛下がいらっしゃいますよ」

女官の声と同時に、先触れがドアの外に響いた。


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