つきが世界を照らすまで

kiri

文字の大きさ
33 / 72
日本美術院奮闘するの事

捌―続

しおりを挟む
 それから僕らは慌ただしく旅の準備を始めた。
 他にも様々な話が美術院に舞い込んでくる。急に時間の流れが早くなったように感じた。

「美校の教員に戻るのは観山さんだけでしたっけ」
「いや、私の他にもいるよ。この件は岡倉先生の頼みだからねえ。君と横山さんだって印度へ渡るのだろう?」
「そうなんです。初めてのことなので楽しみです」

 どんな人が見るのか、どんな絵が好まれるのか、想像するだけでも楽しくなってくる。その楽しさは渡印したところまでは続いた。


「暑い……」

 ああ、ここまではよかったんだけどなあ。
 困ったことに密偵の疑いをかけられてしまったのだ。幸いにもこの件はすぐに解決したのだけれど。

「はあぁ」

 せっかく絵が描けると思っていたのに。

「ミオさん、やはり駄目だ」

 なんとかならないか、と交渉していた秀さんは首を振りながら戻ってくる。残念なことに肝心の壁画装飾の話がなくなってしまった。

「踏んだり蹴ったりですね」
「まったくだ」
「岡倉先生も僕らみたいなことがあったのかなあ」

 ふと、その言葉が僕の口をついて出た。
 こういうことがあったとしても、先生は世界を飛び回っておられるんだ。最初の一歩はどんなだったろう。こんな風に夢と不安を両手に抱えておられたのだろうか。

「そうかもしれんな」

 秀さんはそう応えて空を仰いだ。

「俺達より不運なことは、なかっただろうけどな」
「岡倉先生が不運だったら僕らはこんな風にのんびりかまえていられないでしょう。どちらかって言うと、先生は不運をねじ伏せて幸運にしてしまいそうな気がしますけどね」
「あっはは! 確かにそうだな。ともかく岡倉先生にご紹介いただいたタゴール氏のところへ行こう!」

 ラビンドラナート・タゴール氏は国際的にも著名な方で、先生の交友範囲の広さに驚く。訪ねた先では下へも置かず歓待してくださった。

 事情を知って甲谷陀カルカッタで作品展も開かせていただけたし、先日、彼から絵の依頼もいただいた。その分の収益で英国へ渡る心づもりを秀さんと話していたけれど、このところの状況が思わしくない。もしかしたら、このまま帰国することになるかもしれないな。

「で、どうしましょうか」

 渡英の件を問いかけたのに、秀さんはもう既に写生に夢中だった。生返事だけが返ってくる。
 この国の特に女性の着る衣装は仏教の考えに根差したもので、身に着ける装飾品のひとつをとっても意味があるそうだ。秀さんは絵の構想が浮かんでいるのか本当に熱心で、ひとつずつに聞き取りもしている。

 この様子じゃひとまず相談も棚上げだな。
 僕らはこの暑い土地にもうしばらく滞在する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...