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日本美術院奮闘するの事
捌―続
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それから僕らは慌ただしく旅の準備を始めた。
他にも様々な話が美術院に舞い込んでくる。急に時間の流れが早くなったように感じた。
「美校の教員に戻るのは観山さんだけでしたっけ」
「いや、私の他にもいるよ。この件は岡倉先生の頼みだからねえ。君と横山さんだって印度へ渡るのだろう?」
「そうなんです。初めてのことなので楽しみです」
どんな人が見るのか、どんな絵が好まれるのか、想像するだけでも楽しくなってくる。その楽しさは渡印したところまでは続いた。
「暑い……」
ああ、ここまではよかったんだけどなあ。
困ったことに密偵の疑いをかけられてしまったのだ。幸いにもこの件はすぐに解決したのだけれど。
「はあぁ」
せっかく絵が描けると思っていたのに。
「ミオさん、やはり駄目だ」
なんとかならないか、と交渉していた秀さんは首を振りながら戻ってくる。残念なことに肝心の壁画装飾の話がなくなってしまった。
「踏んだり蹴ったりですね」
「まったくだ」
「岡倉先生も僕らみたいなことがあったのかなあ」
ふと、その言葉が僕の口をついて出た。
こういうことがあったとしても、先生は世界を飛び回っておられるんだ。最初の一歩はどんなだったろう。こんな風に夢と不安を両手に抱えておられたのだろうか。
「そうかもしれんな」
秀さんはそう応えて空を仰いだ。
「俺達より不運なことは、なかっただろうけどな」
「岡倉先生が不運だったら僕らはこんな風にのんびりかまえていられないでしょう。どちらかって言うと、先生は不運をねじ伏せて幸運にしてしまいそうな気がしますけどね」
「あっはは! 確かにそうだな。ともかく岡倉先生にご紹介いただいたタゴール氏のところへ行こう!」
ラビンドラナート・タゴール氏は国際的にも著名な方で、先生の交友範囲の広さに驚く。訪ねた先では下へも置かず歓待してくださった。
事情を知って甲谷陀で作品展も開かせていただけたし、先日、彼から絵の依頼もいただいた。その分の収益で英国へ渡る心づもりを秀さんと話していたけれど、このところの状況が思わしくない。もしかしたら、このまま帰国することになるかもしれないな。
「で、どうしましょうか」
渡英の件を問いかけたのに、秀さんはもう既に写生に夢中だった。生返事だけが返ってくる。
この国の特に女性の着る衣装は仏教の考えに根差したもので、身に着ける装飾品のひとつをとっても意味があるそうだ。秀さんは絵の構想が浮かんでいるのか本当に熱心で、ひとつずつに聞き取りもしている。
この様子じゃひとまず相談も棚上げだな。
僕らはこの暑い土地にもうしばらく滞在する。
他にも様々な話が美術院に舞い込んでくる。急に時間の流れが早くなったように感じた。
「美校の教員に戻るのは観山さんだけでしたっけ」
「いや、私の他にもいるよ。この件は岡倉先生の頼みだからねえ。君と横山さんだって印度へ渡るのだろう?」
「そうなんです。初めてのことなので楽しみです」
どんな人が見るのか、どんな絵が好まれるのか、想像するだけでも楽しくなってくる。その楽しさは渡印したところまでは続いた。
「暑い……」
ああ、ここまではよかったんだけどなあ。
困ったことに密偵の疑いをかけられてしまったのだ。幸いにもこの件はすぐに解決したのだけれど。
「はあぁ」
せっかく絵が描けると思っていたのに。
「ミオさん、やはり駄目だ」
なんとかならないか、と交渉していた秀さんは首を振りながら戻ってくる。残念なことに肝心の壁画装飾の話がなくなってしまった。
「踏んだり蹴ったりですね」
「まったくだ」
「岡倉先生も僕らみたいなことがあったのかなあ」
ふと、その言葉が僕の口をついて出た。
こういうことがあったとしても、先生は世界を飛び回っておられるんだ。最初の一歩はどんなだったろう。こんな風に夢と不安を両手に抱えておられたのだろうか。
「そうかもしれんな」
秀さんはそう応えて空を仰いだ。
「俺達より不運なことは、なかっただろうけどな」
「岡倉先生が不運だったら僕らはこんな風にのんびりかまえていられないでしょう。どちらかって言うと、先生は不運をねじ伏せて幸運にしてしまいそうな気がしますけどね」
「あっはは! 確かにそうだな。ともかく岡倉先生にご紹介いただいたタゴール氏のところへ行こう!」
ラビンドラナート・タゴール氏は国際的にも著名な方で、先生の交友範囲の広さに驚く。訪ねた先では下へも置かず歓待してくださった。
事情を知って甲谷陀で作品展も開かせていただけたし、先日、彼から絵の依頼もいただいた。その分の収益で英国へ渡る心づもりを秀さんと話していたけれど、このところの状況が思わしくない。もしかしたら、このまま帰国することになるかもしれないな。
「で、どうしましょうか」
渡英の件を問いかけたのに、秀さんはもう既に写生に夢中だった。生返事だけが返ってくる。
この国の特に女性の着る衣装は仏教の考えに根差したもので、身に着ける装飾品のひとつをとっても意味があるそうだ。秀さんは絵の構想が浮かんでいるのか本当に熱心で、ひとつずつに聞き取りもしている。
この様子じゃひとまず相談も棚上げだな。
僕らはこの暑い土地にもうしばらく滞在する。
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