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第27話「初めてを受け取って……」

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 創世神の神託により見出された『救世の勇者』ダンが、見事に魔王を倒した。
 だが、高貴で美しい伴侶……実は性格最悪。
 莫大な金……実は財政火の車のリオン王国、支払い能力は全くナッシング。
 大邸宅的な居城と肥沃な領地……実はすぐ破綻濃厚などなど……
 
 素晴らしい褒美?を受け取るどころか……
 ダンはいきなり勇者を引退、王国を追放された。
 その理由、原因を誰も知らなかった。

 知っているのはダン本人と追放を命じた王セザールのみであった。

 しかし……
 ネガティヴな考えを言葉にし、表向き王国から『流刑地』へ追放、
 幽閉された形のダンに、悲壮な影は全くなかった。

 縛られていた勇者という固く重いしがらみから、一切を解放され、
 今や!
 広く自由な大地に在るからだ。

 そう、ここは大陸の『魔境』に隣接した広大な大地、
 ダンが移り住み、生涯を終えると宣言した地である。

 孤児として生まれ、孤独に耐え、懸命に生きて来たダン。
 いきなり勇者に祭り上げられ、王女と家臣のしごきにも耐え……
 魔王が斃れた平和を喜んだ人々に称えられたが……
 ダンはいつも孤独だった。
 
 しかし彼は、もうひとりではない。

 人々から忘れ去られるくらいふるき時代に生き……
 故国の為に悪魔どもと戦い、敗れ、うち捨てられ……
 無残な骸をさらしていた、スオメタルと邂逅。
 全身全霊で、彼女をこの時代に蘇らせた……

 そして今や!
 『想い人』となったスオメタルと、ダンは先ほどまで楽し気に、畑仕事に勤しんでいた。

 この畑を開く作業が予想以上の短時間で終了した。
 何を植え、どのように育て、収穫し、
 結果、どのような料理、そして保存食を作るのか、
 今夜、ダンとスオメタルの会話は盛り上がるに違いない。

 さてさて!
 畑仕事をスパルトイ達へ任せたふたりには次の予定が入っていた。
 敷地の外へ探索に出かけるのだ。
 
 とりあえずヴァレンタイン王国が境界線とした、
 ダンへ与えられた領地内? を歩く事と決めていた。
 人間が勝手に決めた領域である。
 だから、何かトラブルが起こる可能性もあった。
 
 その間、城はダン達が不在となる。
 スパルトイ達とタバサという留守番役は居るが、当然招かれざる客は不要である。
 不要と言っても、そのような『客』は悪意や害意を持ち、勝手に侵入して来るのが常だといえよう。

 不要な客をシャットアウトする為、ダンとスオメタルは特殊な魔法錠で、
 城の出入り口をロックした。
 
 更に魔力で特別なパスワードを入力、城を覆っていた魔法障壁を一旦解除。
 そして敷地内から出て、魔法障壁を再びセッティングし、歩き出したのである。
 
 ふたりとも着ていた作業用の服を着替え、革鎧を着込み、
 腰からダン自作のスクラマサクスを提げていた。
 当たり前のように、手をつないでいる。 

 城の周囲は広い草原となっており、ところどころに雑木林が点在していた。
 ダンは旧い獣道を整地し、人間が数人通れる城専用の私道としている。
 城へ来る時、通って来て、人狼に襲われた道だ。
 
 その私道からそれ、奥へ入ると、雑木林が徐々に深い森となり、
 生い茂る樹木で、四方の視界が極端に悪くなる。
 魔境の森は、方向感覚も失くすような影響があるらしく、
 常人なら、あっという間に魔物、獣の餌食となってしまうのだ。

 木々から小鳥のさえずる声がする。
 
 ダンとスオメタルが気配を感じ、足を止め見やれば……
 草の間で、何か小動物が動いている。

 茶色の体毛をした、耳の長い生き物――兎である。

『おお、ウサギが居るな』

『うふ可愛いでございます。そして凄く美味しそうでございます』 

『おいおい、可愛いと凄く美味しそうの両方かい、スオメタルは典型的肉食系女子だな』

『はい、両親や周囲から良くそう言われてましたでございます。お肉大好きでございますっ!』

 ちょっと意味が違う?
 
 微笑んだダンが深呼吸すると……
 相変わらず空気が美味しい。
 
 見上げると、真っ青な空が大きく広がっており、どこまでも果てしなかった。
 生まれ故郷ヴァレンタイン王国王都セントヘレナの下町とはまるで違う……

『マスター、行くでございます』

 スオメタルは柔らかく微笑んで、促すように、
 ダンの手を「ぎゅ」と握って来た。

『おう!』

 短く答えた笑顔のダンは、スオメタルの手を「きゅ」と握り、
 ふたりは再び歩き出したのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 世の男子は初めてデートする女子をスムーズにエスコートする為、
 良くデートコースの下見をしておく。

 しかしダンはこの近辺の様子を知らない。
 但し、類稀たぐいまれな勇者の能力がスオメタルを素敵なロケーションへといざなった。

 常人を遥かに超える鋭敏な嗅覚が、遠くても僅かに感じる『香り』を感じ取ったのだ。

 ダンがその『初めて』の場所へ連れて行くと、夢のような光景に、
 スオメタルは驚き、息を呑んだ。

『わお! ここは! す、素晴らしい! 素晴らしいでございますねっ!!』

 ふたりが来たのは、道から少しそれた森の中……
 木々が途切れ、森の中の小さな草原という趣き。

 そこには緑一面という感じで草がびっしり生え、様々な花が、咲き乱れていた。
 鼻腔をくすぐる濃厚な香りが強くなっている。

『スオメタル、この香りが俺を呼んだ。俺達の城まで香って来たのさ』

『え? お城で? この場所の香りを気付いて!? マ、マスターを呼んだのでございますか!?』

『ああ、素敵な香りに呼び寄せられた。それでスオメタルを連れて来る事が出来たのさ』

『す! すっごく! き、綺麗でございますねぇ! それに! 良い香りでございますよぉ! マスター!!』

『この場所は様々なハーブが自生しているみたいだ。多分だが……魔族や魔物は香りが苦手だから、あまりここへは来ないだろう。……ここなら、素敵なデートが出来そうだな』

『わお! わお! わお~~!! あ、ありがとうございますっ!! 本当に嬉しいでございます~~っ!!』

 絶叫したスオメタルは弾けるような笑顔となり、思いっきりダンへ抱き着いた。

『おいおい、はしゃぎすぎじゃないのか?』

『いえいえいえ~! じ、実は……スオメタルは! は、は、は、初めての! ……生まれて初めての! デ、デートなのでございますぅ!!!』

『おお、そうか! 初デートなのか!』

『は~いっ! わ、私、こ、子供の頃は、だ、男子が苦手でございまして~、だ、だから! マスターが初恋の相手なのでございますぅ!!』

『おお、そりゃ、光栄だ!』

『いえいえ~、私こそぉ! ね、ねぇ、マスター! お願いがあるでございますっ!』

『な、何だい?』

『朝みたいに……私を抱き枕だと思ってぎゅって……ぎゅって! してくださいませませっ!!』

『了解!』

 切なげに見つめるスオメタル。
 希望に応え、ダンは、彼女を優しく抱き締めた。

 ダンに抱かれ、感極まったのか、スオメタルの身体がふるふると揺れた。

『マ、マスター……もうひとつ……あるでございます』

『もうひとつ? お、おお、どうした?』

『わ、私の初めてを、う、受け取って貰えるでございますか?』

『は、初めてって……』

『…………』

 スオメタルは抱かれたまま……目を固く瞑り、小さな唇をダンへ寄せて来た。
 初めて……というのは、ファーストキスに違いない。

 一途にダンを慕う健気な少女……
 スオメタルが、とてもいじらしくなったダンは、
 優しく「そっ」と彼女の唇へキスをしていたのである。
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