上 下
28 / 50

第28話「人狼君、再び①」

しおりを挟む
 美しい花々が咲き乱れ……
 ハーブの放つ清潔で瑞々しく心地良い香りに包まれながら……
 互いの唇を重ね、愛を交歓したダンとスオメタル……
 ふたりにとっては、一生の想い出となるに違いない。

 その後も、ふたりは魔境の『散策デート』を満喫した。

 広大な美しい湖のほとりを散歩したり……
 その湖でたくさん魚を釣って、
 「鱒だ!」「大漁だあ」と「わあわあ、きゃあきゃあ」はしゃいだり…… 
 この近辺で、最も高い木の梢へ飛翔魔法で「ひょいっ」と登り、
 遠くに連なる美しい山々の景色を鑑賞したり……

 結果……
 甘いムードに酔った感もあるダンとスオメタルの心は「ぐっ」と近くなり、
 ふたりの愛は進展。
 更にしっかりと絆が結ばれた。
 まずは……
 めでたしめでたしである。

 さてさて!
 心底楽しい時ほど、あっという間に時間が過ぎる。
 それが世の常である。

 ……既に西の地平線に陽が落ちかけていた。
 広大な魔境の空は紅く染まり、眺めていると幻想的な気分となる。
 
 だが、ロマンチックな雰囲気に浸ってばかりもいられない。
 帰宅しても、やる事がいっぱいのふたりは、城への帰還を急いでいた。
 
 しかし何故か……
 ダンは一瞬で帰還可能な、転移魔法を使おうとしなかった。

 その理由とは……
 心と心の会話――
 念話による、ふたりの会話で判明する。

『なあスオメタル、気付いているか?』

『はい、マスター、当然でございます。私とマスターが、一生忘れ得ぬ素敵な雰囲気で、超超超! あっま~いキスをした後、ハーブ園から出て、歩いていたら、隠れていたあいつはひょっこり現れましたでございます』

『あいつ……デート中からず~っと居たよな』

『はい! ず~っと居るでございます』

『はあ……あいつ、俺達の事、一部始終見てたな、絶対』

『御意でございます。どこかに隠れてマスターと私の愛の交歓を、あろうことか、のぞき見していたと思われるでございます。旧《ふる》き言葉で……確か、デバガメと言われていたでございます』

『だな!』

『超うざい、めちゃ気持ち悪いと思っていたでございますが……折角のデート中ゆえ、放置していたでございますよ』

『でも、4時間くらいず~っとずっとだろ? まだ来るとはしつっこいな……それに尾行もだいぶアレだな』

『はい! あいつは姿もろくに隠さず……もう1㎞くらい、ず~っとくっついて来ているでございます。ドが付く超下手クソな最低の尾行でございますね』

 そうなのだ。
 ふたりの後方、100mくらいに一頭の大きな狼がつかず離れず、
 とことこ歩いていた。
 
 思わずダンが苦笑する。

『今は狼形態だけど……放つ波動で分かるよ。あいつ、俺が先日、魔力抜いて転がした人狼の一体だ。俺達が悪魔と話していたのを聞いて、泡食って逃げたっけ』

『もう! ホントにっ! 今の気分は超が付く最低でございますよ! 更に更に地の底でございます』

『おお、スオメタル……その様子だと、相当怒ってるな?』

『当然でございます。私にとって生まれて初めて! 初恋のマスターと記念すべき初デートなのでございますよっ! 一生の想い出なのでございますよっ!!』

『おお、何か、スオメタルから凄まじい怒りの炎が立ち昇ってる。そんな光景が見える気がする……』

『当たり前でございますっ! 折角、マスターとの超甘初デートが出来てウキウキルンルンだったのに……デバガメストーカーな、うざいあいつのせいで! 全てがぶち壊しでございますからっ!』

『ん~、でも困ったな、あいつ城までくっついて来るつもりかな?』

『何故困るのでございますか? ……まだ距離がありますから、ぱああっと、転移魔法で跳んじゃうでございます』

 スオメタルは転移魔法で振り切る事を提案したが、
 ダンは難色を示した。

『う~ん……』

『マスター、さっきから何を悩むのでございますか? あんなザコ狼一匹、放置プレーで構わないでございますよ』

『いや、放置プレーしても良いけどさ……あいつ、相当しつこそうだぞ』

『御意でございます。約4時間のデバガメ行為は、超が付くしつこさだとの分析結果が出ておりますゆえ』

『うん、スオメタルは知ってるだろうが、猫族と違い、狼を先祖に持つ犬族は基本的に、長距離走が得意なんだ。ず~っとついて来て、終いには、城の前で、ず~っと待ってるつもりじゃないのか? 徹夜とかしてさ』

『あいつが!? て、徹夜で待ってるでございますか!? 私達の家の前で座り込みございますか? うっわ、超うざ! 気持ちわる!』

『だな!』

『ず~っと家の前で待ってるって……やはり変質者というか、ストーカーでございます。 そんなの冗談じゃないでございます。ぶっとばします? もしくは殺っちゃうでございますか?』

 スオメタルは眉間にしわを寄せ、猛毒を吐いた。
 ダンは苦笑し、制止する。

『いやいや、スオメタル。殺っちゃうって……奴らは捕食者で人間にとっては敵なんだが……』

『はい! 私にとっても! 人の恋路を邪魔するクズの最低野郎でございます』

『まあまあ……俺達は魔境では新参者だ。何でついて来るのか、一応問い質してみよう』

『どうせ、マスターから魔力を抜かれ、気絶させられたのを逆恨みした、リベンジ狙いでございますよ』

『う~ん、そうかな?』

『きっとそうでございます! 絶対にっ!!』

 スオメタルの機嫌はとても悪そうだ。
 無理もないかもしれない。
 ダンとのデートの素敵な余韻を、人狼のストーカー行為&尾行でぶち壊しにされたのだから。

『じゃあ、こうしよう』

『どうするのでございます?』

『隠れ身の魔法を使う。姿と気配を消して、やり過ごし、隙を見て奴を捕獲しよう、束縛の魔法も併せて使う。良いかな?』

『御意でございます! その上で、マスターとの楽しい想い出を、思い切りぶち壊しやがったあいつを、報いとして万倍返しで粉々に打ち砕く! でございます……と』

『おいおい、万倍返しで粉々って、……殺すなよ』

『保証は出来かねるでございますが……極力、努力致すでございます』

 こうして……
 ダンとスオメタルは執拗に尾行する人狼を、
 生け捕りにする事を決めたのである。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

黒馬の騎士は断罪された令嬢を攫う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,002

後輩の屈折した恋心と鈍感な先輩

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

愚かな者は世界に堕ちる

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:25

リセット ~もし、時間を戻せたら~

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

知り合いのBarで妻は性を開放する

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:462pt お気に入り:19

惜しみなく愛は奪われる

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:193

野球部の彼と野球部マネージャーの私

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

悪党の執着心を舐めてた

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:20

第一王子と見捨てられた公爵令嬢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:391

処理中です...