隠れ勇者と押しかけエルフ

東導 号

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第36話「ダン、叱られる」

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 ダンとエリンは、アイディール王国王都トライアンフの道を歩いていた。
 敷き詰められた石畳の道は丈夫で広く、左右には大きな建物が建ち並んでいる。
 どうやら、今歩いている区画は商店が集まっているらしく、様々な店の看板が風に揺られていた。

 相変わらず人が多い。
 人間族が最も多かったが、エルフやドワーフなど様々な者達が混在しており、まるで人種の坩堝るつぼといってもよかった。

 そんな中で、髪と瞳の色を変えても、エリンは目立つ存在らしい。
 道行く男達は、エリンを認めると非常に驚き、立ち止まると振り返って凝視している。

「ダン……エリン、じろじろ見られているよ……」

 視線を感じたエリンは、いかにも嫌そうに身震いした。
 しかし、ダンは納得するように頷く。

「うん、エリンは可愛くて目立つからな」

「可愛い? エリンが?」

「顔とスタイルが抜群に良いし、胸もぼ~んだろう? 完璧だよ」

「完璧?」

「ああ、完璧だから、どうしても男達の目を引くのさ」

「うっわ! そんなの嫌だなぁ」

 エリンは、大きなため息をつく。

「エリンはダンだけに見られていたい……他の男の人って……何か視線が痛い」

 ダンに『完璧』だと認めて貰ったのは嬉しかったが、見ず知らずの男達から執拗に見られるのは、エリンにとって苦痛以外のなにものでもなかった。

「王都を歩くのってそういう事だ。でも大丈夫! 何かあったら、エリンは俺の嫁だってはっきりと言ってやるから」

「うん、言ってね。大きな声で!」

 エリンは、嬉しかった。
 ダンが改めて、エリンの事を『嫁』だと言ってくれたのである。

 しかし!
 ダンの言った通りだった。
 『何か』は、その直後に起こったのだ。

「おい、そこの君、すっごく可愛いね。俺と遊ばない?」

「うわっ!」

 声を掛けて来たのは、革鎧に身を固めたエリンの知らない若い男だった。
 吃驚したエリンは、思わずダンの後ろに隠れた。

 ダンが、男の前に立ち塞がり、ひと言、ふた言。
 手を、横に振っている。
 すると、相手の男は苦笑して行ってしまった。

 エリンはホッとして、ダンの手を取って歩き出すが、少し行くとまた声が掛かる。
 そんな事が数回続いたのだ。

 ダンが、何回目かの男を追っ払うと、エリンは不満そうに鼻を鳴らす。

「何? エリンはダンのお嫁さんでしょ? 他の人が誘っても絶対に無駄なのに……」

「う~ん……エリンの気持ちは分かるが、これは不可抗力だな」

 エリンの不満を、ダンが「このような事が起こるのは当たり前だ」というように受け止める。

「な、何? 不可抗力って?」

「ああ、エリンが可愛いから、奴らは駄目元で声を掛けて来る。これをナンパというのさ」

「駄目元? ナ、ナンパ?」

「うん! あいつらは、俺とエリンの間柄を知らない。俺達も相手を全く知らないから当たり前なんだがね」

「むむむ」

 確かに、ダンの言う通りだ。
 エリンも、声を掛けて来た男達の事を知らない。

「ははは! で、だ。もしもエリンが俺の嫁じゃない場合は万が一上手く行くかもと誘ってくるんだよ」

 万が一?
 万が一って何?

 エリンは憤る。
 誰にでも、見ただけでエリンは、ダンと相思相愛なのを分かって欲しいのに。

「何で! 何で! 何で! エリンはダンのお嫁さん! 見たらすぐに分かる」

「だが、もしもと思うんだ……あいつらはそんな、0に近い可能性に賭ける。例えばエリンが俺の妹とか、親戚とか、友達とか、百歩譲ってまだ恋人未満とか……だったら声を掛けなきゃ損だって考えるんだな」

「は~……あの人達って……ヒマなんだね」

「ヒマというか、この国では良い女は男の勲章だって考え方がある。男はこぞって、可愛い女を自分の恋人にしようと躍起になるのさ」

 ナンパが、どのようなものかとは分かった。
 この国で、可愛い女の子に人気があるのも分かった。
 ダンの説明は分かり易いからだ。

「ふ~ん……そうなんだ。でも……」

 引っかかる。
 何かが引っかかる。

「でも?」

 エリンの怪訝な表情を見たダンは「何か?」と思い、復唱した。
 悪い予感がする。

 ジト目のエリンは口を尖らせる。

「ダンったら、何でそんなに詳しいの? あ~、さては!」

「ななな、何だよ、さては! って?」

 珍しく動揺するダン。
 エリンは、きっぱりと言い放つ。

「ナンパ……した事あるでしょう?」

「え!? ええっと……」

「こら、ダン! 白状しなさい!」

「うう、……ある」

「もう! この浮気者!」

「おいおい、浮気者って……やった事あるけど……エリンと知り合う前だって!」

「問答無用!」

 エリンは、ダンの胸を「ぽかぽか」と叩いた。
 無論、力は入れていない。

 ダンとエリンの諍いも傍から見れば、恋人同士のじゃれ合いに映ったらしい。
 エリンを見ていた大勢の男達は、舌打ちをしてその場を離れて行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 それからふたりは、冒険者ギルドを目指して歩いたが、エリンは少し疲れてしまったようである。
 いわゆる人酔いであり、王都に不慣れなエリンにとって無理もないといえよう。

 げっそりしたエリンが「ぽつり」と呟く。

「王都って……怖い。人が多過ぎるし、空気は悪い。それにいろいろな思いが渦巻いていて疲れる」

「そうだな」

 ダンが同意して頷くと、エリンは切々と訴える。

「エリン、静かなダンの家が良い。こんな街より、ずうっと良いの。ふたりで仲良く暮らせるあの家が好き。ワンちゃん達とトムとニワトリと……そしてたまにアルバート達と話している方が楽しいよ」

 エリンの気持ちは、ダンには良く分かる。
 地下世界における、怖ろしい悪魔との戦いに、エリンは疲れ切ってしまったのだ。

 父を含めて仲間は全員、天へ召されてしまったが、幸いダンに巡り合えた。
 この、やっと訪れた小さな安らぎを失いたくないのだ。

「俺も同じさ。だから宰相のフィリップ様に直訴して、王都ではなくあの家に住まわせて貰っている」

「だよね! だよね!」

「だが、俺はその自由と引き換えに、仕事をする契約を交わした。いわば王国の雇われ人だ。貰った権利と引き換えに、義務を果たさなきゃならない」

「権利と……義務」

「そうさ。だが、その義務を遂行したお陰でエリン、お前と出会えた。だから真面目にやって良かったと、つくづく思っているよ」

 エリンは思う。
 ダンは、凄い力を持っている。
 自由に飛翔して、どこへでも行ける。

 その宰相とやらの約束だって、守らなくても良い筈だ。
 どこか、遠くへ逃げてしまえば、誰も追っては来れないだろう。

 しかし、ダンは誠実なのだ。
 交わした約束を、律儀に果たそうとしている。

 そんなエリンの気持ちが分かるように、ダンは優しく微笑む。

「この世界の創世神という存在に対して、俺は思うところがいろいろあるが、とりあえず信じるよ。俺とエリンを引き会わせてくれたから」

「……そうか……そうだよね。……分かった、エリンもダンと一緒に頑張るよ」

 話が終わると、ダンは気分が悪くなったエリンにまた魔法を掛けてくれた。
 今度は、軽い治癒の魔法である。

 だけど、効果てきめん!
 エリンは、すぐに元気を取り戻した。

 気持ちと身体が元気になって、エリンは張り切って歩く。
 そして……

「ふわあっ! こ、これが冒険者ギルド!?」

 目的地に着いたふたりの前に現れたのは、広大な敷地の中に建つ5階建ての大きな建物だったのだ。
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