隠れ勇者と押しかけエルフ

東導 号

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第85話「居酒屋問答、王宮問答」

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 ここは、王都中央広場付近の居酒屋ビストロ英雄亭……

 ダン達が王都を旅立って、僅か1か月しか経っていない……
 いきなり、新妻となったニーナがわけあって『里帰り』した。
 当然、店主のモーリスは喜んだ。
 『姉』のエリンも加わって、店を手伝うと申し入れたのを快諾してくれたのである。

 時間はお昼前だが、既にランチ目的の客で、英雄亭はほぼ満席だ。
 メイド姿のエリンとニーナは、忙しく立ち働いていた。
 オーダーされた料理が上がって、それを一気に客達へ運んだエリンとニーナは厨房脇で『ひと息』ついている。

 きびきびと仕事をしながら、エリンは苛立ちを隠せない。
 さすがに客の前では、爽やかな笑顔を見せていたが、今は眉間に深く皺が寄っていた。

「う~、心配」

 エリンがため息をついたのを、ニーナが心配そうに見つめる。

「何がですか? エリンねぇ

「ダンが……心配なの」

 ダンが心配?
 エリンは、一体何を心配するのか?
 ニーナは、思わず聞いてしまう。

「ダンさんが? どうして?」

「うん、ダンは女子に……もてるから」

 エリンは、さらに大きくため息をついた。
 今回、王宮へ伺候するにあたり……
 王宮魔法使いのヴィリヤから、「ダン以外が来ることは、まかりならぬ」と、強いお達しがあったのである。

 エリンは「何故?」と憤ったが、さすがにダンが説得した。
 しかし、エリンは心配で仕方ないのである。
 ニーナも話は聞いているが、さすがにエリンほど心配はしていない。

「確かにダンさんは女の子に好かれますけど……でもベアトリス王女様はさすがに……」

「違う! エリンが心配しているのはヴィリヤ」

「ああ、あの王宮魔法使いの?」

 ニーナは、ダンをこの世界に召喚したという、エルフの魔法使いを思い浮かべた。
 元々エルフは誇り高く、人間に対しては一線を引いている。

 エリンが言うには……
 ヴィリヤは、ダンの事を結構『気にしている』らしい。
 
 だが、王都でエルフの普段の振舞いを見ているニーナには、到底本気とは思えなかった。
 エルフが人間を好きになるなど、きまぐれか、興味本位としか。
 目の前の、『姉』エリンは本当に例外なのだと……
 
 しかし、エリンは断言するのだ。

「そう! ヴィリヤはダンが好き、大好きなのよ」

「で、でも……その人はエルフの貴族で、正式な婚約者も居るんでしょう?」

 ニーナが反論するが、エリンはきっぱりと言い放つ。

「関係ない! それに禁断の恋は燃え上がるもの」

「禁断の恋……そうか……そうですよね」

 ニーナが、今迄恋した相手はダンのみである。
 
 エリンの言う、『禁断の恋』という意味は何となく分かる。
 恋に障害があれば、燃え上がると情景は一応知ってはいる。
 だがそれは、今迄読んだ小説の中の架空の世界であり、ニーナの想像に過ぎない。

 確かに、ダンは女子に優しい。
 それを、エリンとニーナは充分かっていた。
 
 しかしダンは恋愛において、自分から愛を告げるタイプではない。
 今の『夫婦関係』があるのも……
 エリンとニーナから、愛している事をアピールした、という思いがあるから。
 そして、ダンに受け入れて貰ったという、喜びがあるから。

 だから……
 ヴィリヤからの『押し』に屈して、ダンが彼女を受け入れてしまったら……

 そう、ニーナが尋ねると、エリンは「ぶんぶん」と首を横に振る。

「でも、そうなるのは嫌だ。エリンはヴィリヤなんて凄く嫌だ。もしエリンの事を知ったら、絶対に家族として上手く暮らして行けるわけがないもん」

「な、成る程……」

 ニーナは、同意して頷いた。
 実際に会った事はないが、王宮魔法使いのヴィリヤは、エリンとかみ合わない部分が多過ぎる。
 ダンを巡っての、恋敵というだけではない。
 確かにヴィリヤがエリンの正体を知ったら、顔を合わせる事さえも嫌がるだろう。
 エリンはエルフ族の宿敵、伝説のダークエルフなのだから。

「ダンさん……」

 ニーナは不安そうに、「ぽつり」と呟いたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 一方……
 ここは、アイディール王国王宮。

 ダンと王宮魔法使いヴィリヤ・アスピヴァーラは、王女控えの間で待機していた。

「おい、ヴィリヤ」

「…………」

 屋敷で待ち合わせ、馬車で王宮まで来たが、その間ヴィリヤはひと言も発さない。
 馬車に同乗した、護衛役のゲルダも呆れていたほどである。
 
 今回の謁見は、王女の私室で行われる。
 王宮の超VIPルームである王女の私室には、当事者以外さすがのゲルダも入れず、少し離れた部屋で待機していた。
 なので今、部屋にはダンとヴィリヤのふたりきりだ。

 黙り込んだヴィリヤへ、ダンは話し掛ける。

「おいおい、少しは喋れよ」

「…………」

 相変わらず、ヴィリヤは口をきかない。
 ダンは苦笑すると、ぽつりと呟いた。

「お前、あまり無視すると……心を読むぞ」

「!!!」

 『勇者』ダンの発した、衝撃のひと言。
 ヴィリヤは驚いて、大きく目を見開き、ダンを見つめた。
 そんなヴィリヤを見返し、ダンは大袈裟に肩を竦める。
 
「だから、いいかげん喋れよ」

 「ずかずか」と入り込むような遠慮のないダンの言葉に、とうとうヴィリヤは口を開く。

「何という不埒な! ひ、人の心を覗くなど!」

「お前の事は、ゲルダから聞いたよ」 

 ゲルダから聞いた……
 ダンは……自分の『想い』を知っている。
 ヴィリヤは、返す言葉が見つからず、またも黙り込んでしまう。

「…………」

 黙り込み俯き加減のヴィリヤへ、ダンは言う。

「お前はイエーラへ、故郷へ帰って幸せになるべきだよ」

 何故そのような事が言えるのか? 
 という思いが、ヴィリヤの中で大きくなって行く。
 感情が高ぶり、ヴィリヤは顔をあげると低い声で言い返す。

「貴方に…………何が分かると言うのです?」

「何がだい?」

「私の心が……この辛さが……」

 ヴィリヤの心……辛さ……
 ゲルダから聞いたのなら、ダンも分かっている筈なのに……
 しかし、ダンの言葉は無情である。

「分からんよ」

「…………」

「俺には分からない。誰にも分からない。他人にはどうする事も出来ない」

 ダンは、まるで歌うように言った。
 本当は、ヴィリヤにも分かっている。
 自分がダンに対して、甘えているという事を。

「…………私を、受け止めてはくれないのですか?」

「受け止める? お前は俺の胸に飛び込む為には、一杯注文をつけるだろう?」

「注文? 一杯?」

 ダンの言葉を聞いて、ヴィリヤは首を傾げた。
 もどかしそうにダンは尋ねる。

「例えば……俺に、すぐエリンと別れろとか、言うだろう?」

「…………当然、言います」

 ダンの問いに対してヴィリヤは言い切った。
 当たり前だ。
 自分を選ぶのだ。
 この誇り高きエルフの姫、ヴィリヤ・アスピヴァーラを。
 他の女など、一切不要ではないか。

 しかし、ダンは首を振った。
 とても、不機嫌そうな表情になっている。

「一体、何考えてるんだ?」

「…………」

「俺には俺の事情と都合がある。俺自身の気持ちもある。お前は自分を中心にしか考えていない。お前の国の祖父や親への説得も、自分でやろうとはしていない」

 ダンが告げたのは、自分の気持ちそのものだ。
 ヴィリヤは「ドキッ」とした。
 やはりダンは、自分の心を読んでいるのかと。

「わ、私の! 心を読んでいるのですか?」

「読んでね~よ。お前の不器用な性格は分かっている」

「貴方は私が不器用なのを分かっている! そう……私は確かに不器用です! だから! わ、私には! あ、貴方が必要なのです!」

 ヴィリヤはもう、完全に駄々っ子となっていた。
 王宮という場所もわきまえず、大きな声で叫んでいたのであった。
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