41 / 41
第4章 異世界開拓史
第10話 第1陣合流
しおりを挟む
☆ ☆ ☆
ヘストラーザの領主館では筋骨隆々の男が椅子に座り部下からの報告を受けていた。
「昨日ですが、商業ギルドに多量の塩と砂糖が持ち込まれております。あと小麦もですね。」
ネスジーナ王国の北西部に位置するキストーラ子爵領では現状塩と砂糖の生産の見込みがない。全て南部のファウスト辺境伯領からの輸送に頼っていた。
「持ち込んだのは教国の商人か?」
椅子に座った男は図太い声で部下に問う。50歳は過ぎているその顔だちと体格のよさが相まってかなりの迫力を纏っていた。
「どうやら10歳ほどの子供のようです。」
「子供!?」
眉間にしわを寄せる男。身を乗り出し部下を問い詰める。
「一体どこのどいつだ!?」
「分かりません。既にここを出立し、北へ向かったと報告が上がっております。教国の関係者の可能性は捨てきれないかと。」
「情報を集められるか?」
「既に出発して時間が経ち過ぎております。難しいです。」
ヘストラーザはネスジーナ王国北西部の商業要地。商人の行き交いの数も半端ではない。一組の商隊の追跡は馬車の足跡からはほぼ不可能と言える。
「そうか…。情報を秘密裏に共有しておけ。次は逃すな!」
例え子供といえども食糧の販路の獲得は王国内において大きな発言力の増大に繋がる。部下の男も意図を察し「はっ」と返事をすると執務室を出ていく。信頼のおける衛兵に情報を伝えるためだ。
「たかが子供の商人に期待せねばならぬとはな。」
情けなく独り言を漏らした男は大きく広がったヘストラーザの街並みを部屋から見下ろしていた。
☆ ☆ ☆
ブルドとランスと名乗る老人を仲間に加えてヘストラーザを出発した一行は北上を終え、進路を西に変更していた。
荷台には足腰が弱いと自称するランスに加え、先ほど購入した豚や鶏、羊を数頭ずつ乗せている。村に家畜として持って帰るために北の農場で購入したのだ。
農場を出発してから数時間ほどするとアキたちは予定していたヘストラーザの西に位置する小さな湖に到着する。そこには20人ほどの集団が大きな荷物を持ち、座り込んでいた。
「あっ!アキさ~~ん!こっちですよ~。」
御者席に座り馬車を操るアキを見つけた少女が飛び跳ねながら両手を振り、自分たちの場所をアピールしている。ヘストラーザに到着したその日に野花を売っていた少女である。
「アリサちゃん、良かった。皆さんも無事ですね。」
アキにアリサと呼ばれた少女の周りを大人の集団が囲っており、その全てが痩せこけているものの怪我を負っている様子もない。ここに至るまでの旅程で襲われた者はいなかった。
「では、皆さん。早速ですが、出発しましょう。」
荷物を馬車に乗せるように促すと皆大きな荷物や小さな子供を馬車に乗せ始める。御者が出来る者に手綱を託しアキも歩き始めた。
一気に数を増したこの集団にはもちろんその経緯が存在する。
アリサが野花を売った奇妙な子供2人組は家に案内して欲しいとおかしなことを言ってきた。家といっても城壁外に素人が作った小屋である。風が吹けば吹き飛びそうなオンボロに迎え入れるのにはかなりの抵抗があったが、薬師を名乗る少年が母親を診てくれるというのでおとなしく案内することにした。
家に2人を迎え入れると当然兄弟と母親からは咎められた。ただ少年は無理矢理体を起こそうする母親を押さえつけそのまま寝かせると荷物の中から黒い薬粒を取り出し呑み込ませた。
「薬代を払うことができない」と泣く母親に少年はさらにおかしなことを聞いてくる。商人ギルドの位置、小麦・砂糖・塩の市場価格、領主の評判等アリサを含めた兄弟3人は完全に蚊帳の外であった。
仕舞いには村の村長を名乗り、母親にそこで仕立て屋として再出発してはどうかと聞いてきたのだ。
「胡散臭いですよね?」
「はい…、正直に言わせてもらえば怪しいです。」
アリサの母親リザはアキの問いかけに正直に答えた。3食と住む場所に加えて仕事も斡旋してくれる10歳児。不気味な誘いであることはアキ本人もわかっている。
「勿論いいことばかりではありません。二度とヘストラーザへ戻ってくることはできないかもしれませんし、村はここから遠く離れています。命の危険もありますから。」
「なら…「しかし!!」」
「しかし、リザさん。このままじゃここで飢え死にしますよ。」
強い口調を止めようとはしない。現にリザは栄養失調で倒れていた。幼い子供たちの細くなった手足が、食べ物が少ないことを証明していた。
「祖母の名に誓います。絶対の安全は保障できませんが、全力で皆さんをクルト村の村長である俺が保護いたします。」
遂にはアキの呼びかけによってアリサ一家を含めたリザの知り合いらが移住に同意し、数日後の湖での待ち合わせに集まったのだ。
「最後の確認です。皆さん、これから先は後戻りが出来ませんよ。無理な方は今ここで言って下さい。多くはないですが、食糧とお金をお渡しします。」
皆の表情に曇りは無かった。諦めかけていた人生に小さな光明が差し込んだのだ。
「ランスさんもいいですか?」
馬車の中で腰掛けている老人にも確認を取る。一行の中で最高齢である以上、終焉の地に移住するということに他ならなかったからだ。
「ほっほっほ。わしゃあ、根っから博打好きじゃからの。今から楽しゅうてしょうがないわ!」
曲がった腰に似合わぬ剛毅な声を出すランス。
「それよりもよいのか?虫が付いて来とるぞ?」
東の方角で煙が上がってこちらに真っ直ぐ向かってくる集団を指差す老人。騎馬の集団であろう。周りから慌てふためく声がする。
「良かった。先に行っていて下さい。ちょうど馬が欲しかったんです。」
ヘストラーザの領主館では筋骨隆々の男が椅子に座り部下からの報告を受けていた。
「昨日ですが、商業ギルドに多量の塩と砂糖が持ち込まれております。あと小麦もですね。」
ネスジーナ王国の北西部に位置するキストーラ子爵領では現状塩と砂糖の生産の見込みがない。全て南部のファウスト辺境伯領からの輸送に頼っていた。
「持ち込んだのは教国の商人か?」
椅子に座った男は図太い声で部下に問う。50歳は過ぎているその顔だちと体格のよさが相まってかなりの迫力を纏っていた。
「どうやら10歳ほどの子供のようです。」
「子供!?」
眉間にしわを寄せる男。身を乗り出し部下を問い詰める。
「一体どこのどいつだ!?」
「分かりません。既にここを出立し、北へ向かったと報告が上がっております。教国の関係者の可能性は捨てきれないかと。」
「情報を集められるか?」
「既に出発して時間が経ち過ぎております。難しいです。」
ヘストラーザはネスジーナ王国北西部の商業要地。商人の行き交いの数も半端ではない。一組の商隊の追跡は馬車の足跡からはほぼ不可能と言える。
「そうか…。情報を秘密裏に共有しておけ。次は逃すな!」
例え子供といえども食糧の販路の獲得は王国内において大きな発言力の増大に繋がる。部下の男も意図を察し「はっ」と返事をすると執務室を出ていく。信頼のおける衛兵に情報を伝えるためだ。
「たかが子供の商人に期待せねばならぬとはな。」
情けなく独り言を漏らした男は大きく広がったヘストラーザの街並みを部屋から見下ろしていた。
☆ ☆ ☆
ブルドとランスと名乗る老人を仲間に加えてヘストラーザを出発した一行は北上を終え、進路を西に変更していた。
荷台には足腰が弱いと自称するランスに加え、先ほど購入した豚や鶏、羊を数頭ずつ乗せている。村に家畜として持って帰るために北の農場で購入したのだ。
農場を出発してから数時間ほどするとアキたちは予定していたヘストラーザの西に位置する小さな湖に到着する。そこには20人ほどの集団が大きな荷物を持ち、座り込んでいた。
「あっ!アキさ~~ん!こっちですよ~。」
御者席に座り馬車を操るアキを見つけた少女が飛び跳ねながら両手を振り、自分たちの場所をアピールしている。ヘストラーザに到着したその日に野花を売っていた少女である。
「アリサちゃん、良かった。皆さんも無事ですね。」
アキにアリサと呼ばれた少女の周りを大人の集団が囲っており、その全てが痩せこけているものの怪我を負っている様子もない。ここに至るまでの旅程で襲われた者はいなかった。
「では、皆さん。早速ですが、出発しましょう。」
荷物を馬車に乗せるように促すと皆大きな荷物や小さな子供を馬車に乗せ始める。御者が出来る者に手綱を託しアキも歩き始めた。
一気に数を増したこの集団にはもちろんその経緯が存在する。
アリサが野花を売った奇妙な子供2人組は家に案内して欲しいとおかしなことを言ってきた。家といっても城壁外に素人が作った小屋である。風が吹けば吹き飛びそうなオンボロに迎え入れるのにはかなりの抵抗があったが、薬師を名乗る少年が母親を診てくれるというのでおとなしく案内することにした。
家に2人を迎え入れると当然兄弟と母親からは咎められた。ただ少年は無理矢理体を起こそうする母親を押さえつけそのまま寝かせると荷物の中から黒い薬粒を取り出し呑み込ませた。
「薬代を払うことができない」と泣く母親に少年はさらにおかしなことを聞いてくる。商人ギルドの位置、小麦・砂糖・塩の市場価格、領主の評判等アリサを含めた兄弟3人は完全に蚊帳の外であった。
仕舞いには村の村長を名乗り、母親にそこで仕立て屋として再出発してはどうかと聞いてきたのだ。
「胡散臭いですよね?」
「はい…、正直に言わせてもらえば怪しいです。」
アリサの母親リザはアキの問いかけに正直に答えた。3食と住む場所に加えて仕事も斡旋してくれる10歳児。不気味な誘いであることはアキ本人もわかっている。
「勿論いいことばかりではありません。二度とヘストラーザへ戻ってくることはできないかもしれませんし、村はここから遠く離れています。命の危険もありますから。」
「なら…「しかし!!」」
「しかし、リザさん。このままじゃここで飢え死にしますよ。」
強い口調を止めようとはしない。現にリザは栄養失調で倒れていた。幼い子供たちの細くなった手足が、食べ物が少ないことを証明していた。
「祖母の名に誓います。絶対の安全は保障できませんが、全力で皆さんをクルト村の村長である俺が保護いたします。」
遂にはアキの呼びかけによってアリサ一家を含めたリザの知り合いらが移住に同意し、数日後の湖での待ち合わせに集まったのだ。
「最後の確認です。皆さん、これから先は後戻りが出来ませんよ。無理な方は今ここで言って下さい。多くはないですが、食糧とお金をお渡しします。」
皆の表情に曇りは無かった。諦めかけていた人生に小さな光明が差し込んだのだ。
「ランスさんもいいですか?」
馬車の中で腰掛けている老人にも確認を取る。一行の中で最高齢である以上、終焉の地に移住するということに他ならなかったからだ。
「ほっほっほ。わしゃあ、根っから博打好きじゃからの。今から楽しゅうてしょうがないわ!」
曲がった腰に似合わぬ剛毅な声を出すランス。
「それよりもよいのか?虫が付いて来とるぞ?」
東の方角で煙が上がってこちらに真っ直ぐ向かってくる集団を指差す老人。騎馬の集団であろう。周りから慌てふためく声がする。
「良かった。先に行っていて下さい。ちょうど馬が欲しかったんです。」
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
楽しく読ませて頂いています、続きを待って居ますが☺️中々投稿されません体調をくずされたか?次の展開を考えて見えるのか?続きの投稿を待って居ます
楽しく読ませて頂いてます!
本文に良くパルルークと表記されている部分があったのですが、パルクールではないでしょうか?確認願います( *´ω`* )
間違っていたらすいません(;´・ω・)
次回、更新楽しみにしています( ̄∇ ̄*)ゞ
いつもご覧いただきありがとうございます。おっしゃる通りでした。訂正いたします。まだまだ続けていく予定ですので引き続きよろしくお願いします。