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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め
第一話:芳ヶ原の納屋と、神代の起動(リブート)
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栃木県、芳ヶ原(ほうがはら)。
八月の猛暑は、止まった空気さえも質量を持っているかのように肌にまとわりつく。
瑞澪亮(みずみお・りょう)は、額から滴る汗を紺色の手ぬぐいで拭い、目の前の「開かずの納屋」を睨みつけた。
頭には手ぬぐいをきつく巻き、防塵マスクを装着した完全防備。右手には使い古した竹箒、左手にはポリバケツ。都内でAIエンジニアとして働く亮にとって、この盆休みの「祖母の家の掃除」は、地獄の合宿に近い。
「亮、無理しなさんなよ。そこはもう、何十年も誰も入っとらんのだから」
縁側で冷えた麦茶を飲む祖母・ヨネののんきな声が聞こえる。
亮は重い木扉をこじ開けた。
ギィィィィ……ッ。
蝶番が悲鳴を上げ、扉の隙間から数十年分の埃が、陽光に照らされてキラキラと、しかし凶悪な密度で舞い出した。
「うわ、げほっ……! マスクしててこれかよ……」
中に入ると、そこはカビと古い木材、そして「忘れ去られた時間」の匂いが充満していた。
亮はスマホのライトを照らし、掃除を始めた。だが、エンジニア特有の好奇心が、彼の手をすぐに止めさせる。
「おいおい……これ、教科書で見たやつじゃん」
隅の方に転がっていたのは、真っ赤に錆びついた「千歯扱き(せんばこき)」だった。今の時代、博物館でしかお目にかかれない代物だ。亮は箒を置き、まじまじとその構造を眺める。
「へぇ……昔の人はこれで脱穀してたのか。アナログだけど、よく考えられた設計だな」
さらに奥へ進むと、煤けた棚に埃を被った古い巻物が並んでいた。亮は思わずその一本を手に取る。紙は乾燥してパリパリだが、まだ原型を留めている。
「瑞澪家秘伝……とかだったりして。ニンニン」
亮はふざけて、その巻物を頭の上に乗せて忍者ポーズをとってみた。都内のオフィスで複雑なアルゴリズムを組んでいる自分を思い出すと、この馬鹿らしさが妙に心地よい。
「誰も見てないしな……。さて、もう少し奥まで行くか」
奥へ進むにつれ、山積みの古道具が、まるで何かを遮断する壁のように積み上がっていることに気づく。大八車の車輪や、壊れた臼をかき分けて進んだ、その先。
納屋の最深部に、不自然なほど「何もない」空間があった。
そこだけは、埃一つ落ちていない。そして、奇妙な冷気が床から這い上がってくる。
「……なんだ、ここ。エアコンでも入ってんのか?」
その空間の中央。古い石の台座に置かれていたのは、一基の「鏡」だった。
円形の白銅鏡。だが、表面は曇るどころか、まるで水面のように揺らめいて見える。鏡の縁には、瑞澪家の家紋――『丸に立沢瀉(まるにたちおもだか)』が刻まれていた。
「家紋……。親父が言ってた『家の守り神』ってのはこれのことか?」
亮は無意識に、鏡面に触れようと指を伸ばした。掃除をしていた右手の、汚れの残る指先が冷たい金属に触れた。
その瞬間、世界が反転した。
『――管理者(アドミン)コード、瑞澪を照合。1300年の待機モードを終了します』
「うわっ!? なんだ、今の声!」
脳を直接揺さぶるような電子音。亮は慌てて手を引こうとしたが、鏡が強力な磁石のように彼の手を吸い込み、離さない。
「離せ! やべぇ、何だこれ、漏電か!?」
鏡から青い幾何学模様の光が溢れ出し、納屋の壁を、床を、そして亮の身体を透過していく。視界がグニャリと歪み、自分が立っている場所が「数字の羅列」に変わるのが見えた。
「待て、待て待て待て! 誰か、ばあちゃん! 助け――!」
叫び声は、爆発的な光の中に消えた。
――次の瞬間、亮の全身を襲ったのは、暴力的なまでの「重力」だった。
ドサリ、という鈍い音。
鼻を突くのは、真夏の栃木の熱気ではない。強烈な潮の匂いと、嗅いだこともないほど濃厚な、生臭い「血」の臭気。
「……っ、がはっ! げほっ!」
亮は激しく咽せながら、泥濘(ぬかるみ)の中に這いつくばった。
「何だ……今の。 爆発事故か?」
視界が揺れる。眼鏡がズレ、泥で汚れている。亮は震える手でそれを直し、周囲を見渡した。
そこには、地獄が広がっていた。
「……え?」
燃え盛る木造の船。倒れ伏す、見たこともない古めかしい鎧を纏った男たち。
そして亮の数メートル先では、泥だらけの男が一人、腰を抜かしたまま空を見上げていた。
その男の視線の先には、高さ3メートルはあろうかという、漆黒の「影」が蠢いている。それは生物には見えなかった。水が腐ったような質感で、無数の「目」が全身で蠢く、正体不明の怪物。
「ひっ、……あ、あああああ!」
男が悲鳴を上げる。怪物が、鋭利な鎌のような腕を振り上げた。
「え、ちょ……待て待て待て! 映画か何かか? おい、ドッキリだろこれ!」
亮は腰が抜けたように地面にへたり込んだまま、必死に後ずさる。
だが、怪物の無数の目が、一斉に亮を捉えた。
「くるな……くるなよ! 警察! 誰か警察呼んでくれ!」
パニックに陥った亮は、手近にあった「棒」のようなものを必死に掴み、目の前に突き出した。納屋から一緒に転移してきた、あの古びた「鍬(くわ)」だった。
怪物が咆哮し、亮に向かって跳躍する。
「いやあああああああ!」
死を覚悟し、亮が目を瞑ったその時。
亮の手にあった「鍬」が、爆発的な光を放った。
『ユーザーの生存本能を検知。神代工学OS、強制ブート。武器換装――【草薙(クサナギ)・ハッカーモード】』
ガシュンッ! という金属が噛み合う音が、亮の腕を伝って全身に響く。
気づけば、錆びた鍬は跡形もなく、その手には「青く輝くクリスタルの刃」を持つ、見たこともない形状の剣が握られていた。
光の刃が、怪物の鎌と激突し、凄まじい火花が散る。
「う、うおおおおっ!? なんだ、これ! 勝手に動く……!」
亮の意思とは無関係に、剣から伸びた青いラインが彼の腕を、筋肉を、神経を強制的に制御し、怪物の攻撃を弾き飛ばした。
『MI-Z-Oより亮へ。絶叫する暇があったら、目の前のバグをデリートしてください。死にたくないんでしょう?』
「……喋った!? 鍬が、喋ったのか!?」
混乱と、恐怖と、そして抗えない運命の奔流。
AIエンジニア・瑞澪亮。
彼が望まぬまま、歴史のデバッグという名の戦場に放り出された、最悪で最高の瞬間だった。
次回予告:第二話「筑紫の血戦と、神代の鍬(ハッカーステップ)」
襲い来る異形の影。亮は現代の工学知識で、古代の戦場をどうハッキングするのか!?
八月の猛暑は、止まった空気さえも質量を持っているかのように肌にまとわりつく。
瑞澪亮(みずみお・りょう)は、額から滴る汗を紺色の手ぬぐいで拭い、目の前の「開かずの納屋」を睨みつけた。
頭には手ぬぐいをきつく巻き、防塵マスクを装着した完全防備。右手には使い古した竹箒、左手にはポリバケツ。都内でAIエンジニアとして働く亮にとって、この盆休みの「祖母の家の掃除」は、地獄の合宿に近い。
「亮、無理しなさんなよ。そこはもう、何十年も誰も入っとらんのだから」
縁側で冷えた麦茶を飲む祖母・ヨネののんきな声が聞こえる。
亮は重い木扉をこじ開けた。
ギィィィィ……ッ。
蝶番が悲鳴を上げ、扉の隙間から数十年分の埃が、陽光に照らされてキラキラと、しかし凶悪な密度で舞い出した。
「うわ、げほっ……! マスクしててこれかよ……」
中に入ると、そこはカビと古い木材、そして「忘れ去られた時間」の匂いが充満していた。
亮はスマホのライトを照らし、掃除を始めた。だが、エンジニア特有の好奇心が、彼の手をすぐに止めさせる。
「おいおい……これ、教科書で見たやつじゃん」
隅の方に転がっていたのは、真っ赤に錆びついた「千歯扱き(せんばこき)」だった。今の時代、博物館でしかお目にかかれない代物だ。亮は箒を置き、まじまじとその構造を眺める。
「へぇ……昔の人はこれで脱穀してたのか。アナログだけど、よく考えられた設計だな」
さらに奥へ進むと、煤けた棚に埃を被った古い巻物が並んでいた。亮は思わずその一本を手に取る。紙は乾燥してパリパリだが、まだ原型を留めている。
「瑞澪家秘伝……とかだったりして。ニンニン」
亮はふざけて、その巻物を頭の上に乗せて忍者ポーズをとってみた。都内のオフィスで複雑なアルゴリズムを組んでいる自分を思い出すと、この馬鹿らしさが妙に心地よい。
「誰も見てないしな……。さて、もう少し奥まで行くか」
奥へ進むにつれ、山積みの古道具が、まるで何かを遮断する壁のように積み上がっていることに気づく。大八車の車輪や、壊れた臼をかき分けて進んだ、その先。
納屋の最深部に、不自然なほど「何もない」空間があった。
そこだけは、埃一つ落ちていない。そして、奇妙な冷気が床から這い上がってくる。
「……なんだ、ここ。エアコンでも入ってんのか?」
その空間の中央。古い石の台座に置かれていたのは、一基の「鏡」だった。
円形の白銅鏡。だが、表面は曇るどころか、まるで水面のように揺らめいて見える。鏡の縁には、瑞澪家の家紋――『丸に立沢瀉(まるにたちおもだか)』が刻まれていた。
「家紋……。親父が言ってた『家の守り神』ってのはこれのことか?」
亮は無意識に、鏡面に触れようと指を伸ばした。掃除をしていた右手の、汚れの残る指先が冷たい金属に触れた。
その瞬間、世界が反転した。
『――管理者(アドミン)コード、瑞澪を照合。1300年の待機モードを終了します』
「うわっ!? なんだ、今の声!」
脳を直接揺さぶるような電子音。亮は慌てて手を引こうとしたが、鏡が強力な磁石のように彼の手を吸い込み、離さない。
「離せ! やべぇ、何だこれ、漏電か!?」
鏡から青い幾何学模様の光が溢れ出し、納屋の壁を、床を、そして亮の身体を透過していく。視界がグニャリと歪み、自分が立っている場所が「数字の羅列」に変わるのが見えた。
「待て、待て待て待て! 誰か、ばあちゃん! 助け――!」
叫び声は、爆発的な光の中に消えた。
――次の瞬間、亮の全身を襲ったのは、暴力的なまでの「重力」だった。
ドサリ、という鈍い音。
鼻を突くのは、真夏の栃木の熱気ではない。強烈な潮の匂いと、嗅いだこともないほど濃厚な、生臭い「血」の臭気。
「……っ、がはっ! げほっ!」
亮は激しく咽せながら、泥濘(ぬかるみ)の中に這いつくばった。
「何だ……今の。 爆発事故か?」
視界が揺れる。眼鏡がズレ、泥で汚れている。亮は震える手でそれを直し、周囲を見渡した。
そこには、地獄が広がっていた。
「……え?」
燃え盛る木造の船。倒れ伏す、見たこともない古めかしい鎧を纏った男たち。
そして亮の数メートル先では、泥だらけの男が一人、腰を抜かしたまま空を見上げていた。
その男の視線の先には、高さ3メートルはあろうかという、漆黒の「影」が蠢いている。それは生物には見えなかった。水が腐ったような質感で、無数の「目」が全身で蠢く、正体不明の怪物。
「ひっ、……あ、あああああ!」
男が悲鳴を上げる。怪物が、鋭利な鎌のような腕を振り上げた。
「え、ちょ……待て待て待て! 映画か何かか? おい、ドッキリだろこれ!」
亮は腰が抜けたように地面にへたり込んだまま、必死に後ずさる。
だが、怪物の無数の目が、一斉に亮を捉えた。
「くるな……くるなよ! 警察! 誰か警察呼んでくれ!」
パニックに陥った亮は、手近にあった「棒」のようなものを必死に掴み、目の前に突き出した。納屋から一緒に転移してきた、あの古びた「鍬(くわ)」だった。
怪物が咆哮し、亮に向かって跳躍する。
「いやあああああああ!」
死を覚悟し、亮が目を瞑ったその時。
亮の手にあった「鍬」が、爆発的な光を放った。
『ユーザーの生存本能を検知。神代工学OS、強制ブート。武器換装――【草薙(クサナギ)・ハッカーモード】』
ガシュンッ! という金属が噛み合う音が、亮の腕を伝って全身に響く。
気づけば、錆びた鍬は跡形もなく、その手には「青く輝くクリスタルの刃」を持つ、見たこともない形状の剣が握られていた。
光の刃が、怪物の鎌と激突し、凄まじい火花が散る。
「う、うおおおおっ!? なんだ、これ! 勝手に動く……!」
亮の意思とは無関係に、剣から伸びた青いラインが彼の腕を、筋肉を、神経を強制的に制御し、怪物の攻撃を弾き飛ばした。
『MI-Z-Oより亮へ。絶叫する暇があったら、目の前のバグをデリートしてください。死にたくないんでしょう?』
「……喋った!? 鍬が、喋ったのか!?」
混乱と、恐怖と、そして抗えない運命の奔流。
AIエンジニア・瑞澪亮。
彼が望まぬまま、歴史のデバッグという名の戦場に放り出された、最悪で最高の瞬間だった。
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