AIエンジニアが1300年前の日本に転移して、日本書紀をアップデートしちゃいました

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第一章:隠れ里脱出と神器の目覚め

​第九話:漂流する砦と、最初のエンジニア・キャンプ

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​ 夜の海風が、飛行要塞『天箱(アマノハコ)』のデッキを激しく叩きつける。
 筑紫の山を離れ、五島列島の沖合、潮の境目まで辿り着いたところで、天箱は力尽きたように海面へと降下した。

​ ――ザザァァァァァァァンッ!!

​ 巨大な鉄の底が海を割り、数層の防護障壁が波を弾く。空を飛んでいた時とは違う、独特のゆったりとした揺れが里を襲う。
 亮は、熱を帯びた神器(鍬)を杖代わりにして、ようやく立ち上がった。視界の端では、MI-Z-O(ミゾオ)が非情なシステム状況を淡々と報告し続けている。

​『――全動力の88%を喪失。浮遊機関、過熱(オーバーヒート)により強制停止。……亮、現在の天箱は、ただの「浮かぶ廃屋」に等しい状態です』

​「分かってるよ……。1300年も眠ってたエンジンをいきなり全開にしたんだ、爆発しなかっただけ儲けものだろ」

​ 亮は、震える手で眼鏡を拭い、里の様子を見渡した。
 かつて美しい隠れ里だった場所は、今や見る影もない。家々は天箱のデッキに「格納」された際に歪み、住人たちは甲板に座り込み、自分たちが故郷を失い、大海原の真ん中に放り出されたという現実に打ちのめされていた。

​「……瑞澪(みずみお)の神よ。我らは、これからどうなるのですか……」

​ 一人の老人が、亮の足元に縋(すが)り付いた。それを皮切りに、あちこちからすすり泣きや、将来への不安を叫ぶ声が上がる。
 彼らにとって、亮は「奇跡を起こした神」かもしれないが、亮自身は自分がただの、現場を知るエンジニアであることを知っている。

​「……泣いてる暇があったら、手を動かそう。……死にたくないなら、俺の言うことを聞いてくれ」

​ 亮の声は、風にかき消されそうなほど小さかったが、不思議と住人たちの耳に届いた。
 亮は、甲板の中央にある、折れた松の木の残骸の上に飛び乗った。

​「いいか、みんな! 俺たちは逃げ切ったんじゃない。ここは、不比等の軍勢や監査官が追ってこられない『安全なサーバー』……いや、聖域だ! でも、このままじゃ腹も減るし、次の攻撃が来たら今度こそ全滅だ!」

​ 住人たちが顔を上げる。その瞳には、まだ怯えがあった。

​「だから、ここに『新しい里』を作る。……昨日までの瑞澪の里じゃない。敵が手を出せない、最強の要塞都市だ。……。澪(みお)! あんたも座り込んでないで、手伝え!」

​ デッキの隅で、力を使い果たして膝をついていた澪が、ふらつきながら立ち上がった。彼女の白銀の装束はボロボロに裂けていたが、その瞳の奥にある意志の強さは、まだ死んでいない。

​「……ふん、相変わらず無礼な男。……私に、何をせよと言うの」

​「神事だ。……ただし、祈るだけじゃない。この船の底に溜まってる『流体金属』を、あんたの舞の力で活性化させてくれ。……。MI-Z-O、キャンプ・ビルドの設計図を展開!」

​ 亮が神器を甲板に叩きつけると、空間に巨大なホログラムの「設計図」が浮かび上がった。
 それは、壊れた家々を再構成し、効率的な機能を持たせた『エンジニア・キャンプ』の完成予想図だった。

​「まず、里で一番腕の良い鍛冶屋を呼んでくれ! ……それから、足腰の強い若手も。……。今日から、ここを『瑞澪ギルド』の拠点にする!」

​ 亮の指揮の下、沈没寸前だった天箱は、急速にその姿を変え始めた。
​ まず着手したのは、**【第一段階:生命維持ラインの確保】**だ。
 亮は天箱の底に眠っていた「浄化装置」を再起動させた。海水を取り込み、瑞澪の術式で塩分とバグを濾過し、真水を作り出す。
「神の水だ! 飲み水が湧いてきたぞ!」
 住人たちが歓喜に沸く。だが、亮にとってはそれは、単なる「インフラの復旧」に過ぎない。

​ 次に、【第二段階:鍛冶場(ラボ)の開設】。
 里で「頑固一徹」と呼ばれていた老鍛冶屋・徳蔵(とくぞう)が、亮に呼び出された。
「おい、若造。神代の神器に、俺のような下界の槌を入れろと言うのか」
「違うよ、徳蔵さん。……あんたの技術に、俺の『論理(ロジック)』を混ぜるんだ。……不比等の兵士たちが持ってた、あの黒い鎧。あれを弾き返す、新しい武器を作らなきゃならない」

​ 亮は神器を通じて、徳蔵の古い炉に「高効率の燃焼コード」を流し込んだ。
 ボォォォォォッ!!
 一瞬で炉の温度が数千度に達し、見たこともない青い炎が吹き出す。
「な、なんだこの火力は……! これなら、伝説の『ヒヒイロカネ』だって打てるぞ!」
 徳蔵の目が、職人としての情熱で輝き始めた。

​ そして、【第三段階:防衛ギルドの設立】。
 亮は、五郎の裏切りでバラバラになった警備兵たちを集めた。
「あんたたちは今日から、ただの門番じゃない。……この天箱の『ウイルス対策ソフト(防衛プログラム)』だ」
 亮は彼らの古びた槍や刀に、MI-Z-Oが解析した「監査官の触手を切断するための周波数」をエンチャント(付与)していった。

​「これを『ミッション』と呼ぶ。……まずはこの船の周辺に潜んでいる、バグから生まれた海獣の排除だ。……。ランクに応じて、徳蔵さんが打った新しい装備を支給する」

​ 「ギルド」という概念。
 それは、誰かに守られるだけだった住人たちが、自らの力で拠点を守り、貢献度に応じて成長していくための「仕組み」だった。
 亮が提示した「ランク」と「報酬」という分かりやすいシステムに、若者たちが次第に熱を帯びていく。

​「面白そうじゃねえか。……。神様に頼り切りじゃ、瑞澪の男が廃るってんだ!」

​ 夜が明ける頃。
 天箱のデッキには、即席ながらも、機能的に配置されたテントと、絶えず槌音が響く鍛冶場、そして戦う術を学び始めた若者たちの活気が溢れていた。

​ だが、その喧騒から離れた場所で、亮は一人、手すりに寄りかかって海を見ていた。
 掌の火傷が疼く。
 
「……。MI-Z-O。……。正直に言ってくれ。……。今の装備で、不比等の本隊と戦ったら?」

​『――勝率、0・003%。……。亮、今の天箱は「自立」を始めたばかりの雛です。……。各地の神社にある「真のソースコード」を回収し、天箱を完全体へアップデートしなければ、未来はありません』

​「……分かってる。……。まずはここを、絶対に落ちない城にする。……。それからだ」

​ その時、後ろから静かな足音が聞こえた。
 澪だった。彼女は、亮が作った浄化水を一口飲み、少しだけ顔色の良くなった顔で亮の横に立った。

​「……亮。……。そなたの言う『ぎるど』とやらに、私も加えてもらおうか。……。私の舞がなければ、この船の力は引き出せないのでしょう?」

​「……。CEO(最高責任者)自ら現場に出るのか? 歓迎するよ」

​「……しーいーおー、ではない。……。私は瑞澪の巫女。……。そして、そなたの『修正(でばっぐ)』を見届ける者よ」

​ 澪が微かに微笑んだ、その瞬間。
 天箱のレーダーが、不気味な警告音を鳴らした。

​『――緊急入電。……。ここから北、対馬の拠点がバグにより「完全閉鎖(ロック)」されました。……。生存者からの救援信号(SOS)を受信』

​ 亮と澪が顔を見合わせる。
 最初のアサイン(任務)が、彼らに突きつけられた。

​「……。よし。……。ギルドの初仕事だ。……。全軍、抜錨(ば锚)準備! 対馬へ向かうぞ!」



​次回予告:第十話「対馬の亡霊と、閉ざされた神門(ルート)」
救援信号を追って対馬へ向かった天箱。しかし、そこは既に「歴史の残滓」が徘徊する、死の島と化していた。亮は、最初の「ダンジョン」攻略に挑む!

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