勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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追憶編

バニッシュの賭け

 カイルに振り下ろされるはずだったグレオのトンファーが、ぴたりと空中で止まった。
 理由は一つ、足元の床が、突然 、カァァッ!と眩い純白の光を放ったからだ。

 いや、床だけではない。
 教会全体が、巨大な光源となって輝き始めた。
 それは悪意や呪いの影を一瞬で飲み込むような――静謐で、神々しく、そして温かい光。

「な、何だ……これは……ッ!?」

 グレオ=バートンの顔から威圧も冷徹も消え失せ、代わりに露わになったのは驚愕の表情だった。
 轟く呪鍾の禍々しさすら、光の前ではかき消されていく。

 その光は――下の礼拝堂で祈りを捧げていたセリナの祈りが、ついに届いた証だった。
 セリナを中心に、淡い黄金の光輪が大きく広がる。
 まるで女神そのものが降臨したかのような光が――教会全体を包み、人々の呪いを静かに、確実に浄化していく。
 その浄化は教会だけで留まらず、街全体へと波紋のように広がっていった。
 倒れていた者たちが次々と目を覚まし、胸を押さえていた人々の苦悶が和らいでいく。

「ば、馬鹿な……浄化、だと……?この規模の……あり得ん……!?」

 グレオの声は震えていた。
 街一つを包み込むほどの浄化――それは聖女でなければ出来ぬ領域。

 つまり――セリナは、聖女としての力を開花させた瞬間だった。
 バニッシュは腹を押さえながらも、ニッと笑みを浮かべた。

「へへ……やったな。セリナさんの祈りが届いたんだ」

「……聖女だと……!?この街に……そんな話は……」

 グレオは完全に取り乱していた。
 先ほどまで冷徹に処刑を下そうとしていた男と同一人物とは思えない。
 目を見開き、声を震わせ、後ずさるように光から逃げるように後退する。

 だが――光は優しく、だが絶対的な力でグレオを包む。
 浄化の光が、呪鍾から吸い上げていた禍々しい魔力を断ち切り、鐘楼の中いっぱいに霧散していく。

「ふざけるなァッ!!」

 怒号とともに、彼の白髪まじりのオールバックが逆立つほど、全身から怒りが爆ぜる。
 その目は、狂気を孕んだ執念の光。
 もはや理性の残滓すら見えない。

「こんな……付け焼き刃の光で……!私の計画を! 私の悲願を! 台無しにされてたまるかァ!!」

 叫びと共にグレオは、呪鍾へ向けて手を翳す。

 途端――呪鍾の表面に刻まれた無数の呪紋が、ドス黒く脈打ち始めた。
 そして、グレオ自身の身体から、黒い怨嗟の霧が引きずり出されるように溢れ、呪鍾へと吸い込まれていく。

「呪鍾よ……! 私の怨嗟を吸え……!! 我が魂の深淵を、力として示してみせろッ!!」

 叫ぶグレオの声は、悲鳴にも祈りにも似ていた。
 その怨嗟は、長年この街を守り、裏で多くの修羅を踏んできた男の――

 救えなかった命たちへの悔恨。
 守れなかった現実への絶望。

 それでも救おうと足掻き続けた魂の、黒く濁った在り方そのものだった。

 吸われる怨嗟は底が見えず、まるで無限のよう。
 呪鍾は次第に、聖光を押し返すほどの黒い圧を生み始める。

 下の礼拝堂で祈るセリナの光輪が揺らぐ。
 女神ルミナの祝福が必死に応じるが――黒く濁った念の奔流は、それすら上回ろうとしていた。

 鐘楼に響く音は、もはや呻くような、叫ぶような、怨霊の断末魔。
 そして、黒と白――二つの力が、鐘楼の中央で衝突する。

「やめろ……グレオ……!! そんなことしても……無駄だ!!」

 カイルが血の涙のように声を張る。
 しかし、グレオは振り返り、笑った。
 絶望を纏った、哀れな笑みで。

「無駄だと……!? 私は……成すのだ……。正義では救えぬと知ったからこそ! 私は――新たな秩序となるのだァァァッ!!」

 その叫びと共に、呪鍾の黒がさらに肥大し、聖光を飲み込まんと迫る。

 ――光が押し返されていく。

 セリナの祈りが確かに教会を満たしているはずなのに、呪鍾はなおも、黒い怨嗟の気配を膨れ上がらせていた。
 鐘楼全体が、不浄な圧に軋むように震えている。

 その中心で――

「はははは……見ろ! 聖なる光が押されているぞ……!! これが私の信念の深さだ……!!」

 グレオの哄笑が、黒の渦の中に響き渡る。
 その声は、狂気ではない。
 むしろ、どこか悲痛で、長年の苦悩と焦燥を吐き出す叫びにも似ていた。

 聖光は押され、このままでは――街も、子供たちも、セリナ自身も呪いに飲まれる。

「くそ……くそ……! 何か……何か手は……!」

 腹を押さえながら、歯を食いしばるバニッシュ。
 頭の中で何度も考え、思考を巡らせる。
 しかし、この状況を覆す都合のいい力など――あるはずがない。
 そう思った、その瞬間。

(……待て。教会に張った結界……!)

 エルフが言っていた。

『即席でいいから、教会全体に結界を張れ』

 あの言葉が、蘇る。
 結界は魔力を通す導線となるなら――セリナの祈りを、増幅できるかもしれない。

「……これだ……! やるしかない……!!」

 バニッシュは倒れ気絶するミレイユに向かって叫ぶ。

「ミレイユ! ミレイユ! 起きろ! 起きてくれ!!」

 ぐにゃりと揺れる視界の中で、ミレイユはぴくりと肩を震わせる。
 焦点の合わない瞳が、なんとかバニッシュを捉えた。

「バ……バニッシュ……さん……?」

「ミレイユ! 俺に向かって魔法を撃て!!」

「え……? な、なにを……?」

 意識が朦朧としていて理解が追いつかない。
 それでもバニッシュの声は必死で、涙さえ浮かんでいた。

「いいから!! 急げ!!」

 その叫びに、ミレイユの手が震えながら杖を持ち上げる。

「……っ…… 初級火球ファイア・バレット !」

 放たれた火球が一直線にバニッシュへ飛ぶ。
 そして――火球が床に着弾。

 轟音と衝撃と共に、床板が爆ぜ、崩れ落ちる。
 だがバニッシュは笑っていた。

 ――狙い通りだ。

 崩れた床の下は、教会の広間。
 セリナの祈りが満ちる場所。結界の中心へと通じる場所。

「行くぞ……! 俺が……繋ぐ!!」

 落下するバニッシュの体は、祈りの光へと吸い込まれていく。
 運命は、いよいよ交差点へ向かっていた。

「ふはははは! 血迷ったか!!」

 鐘楼の上で、グレオが嘲笑を轟かせた。
 バニッシュが自ら床を破り落下した姿など、彼には愚行にしか見えない。

「安心しろ……! お前らも――同じ場所に葬ってやる!!」

 その宣告に、カイルは悔しさを噛み締め、拳を震わせるしかなかった。
 身体強化の反動で身体が動かず、立ち上がることすら叶わない。

 ――その一方。

 ドゴォォォン!!

 瓦礫とともに落下したバニッシュは、自らに張った防御結界で辛うじて致命傷を避けたものの、全身が悲鳴を上げていた。

「ぐ……ッ……!」

 瓦礫を押しのけ、血を垂らしながら必死に這い出る。
 しかし、立ち上がる力など残っていない。

 それでも――

(……まだ……間に合う……俺が……結界を繋げば……)

 崩れた床の下は、祈りが集束する結界の中心。
 セリナの祈りを増幅し、街全体に光を広げるための唯一の場所。

 バニッシュは這いながら移動する。
 指先だけでも進もうと、床を掻きながら。

 そのとき――

「おい! お前……何があった!?」

 エルフが駆け寄り、目を見開く。
 バニッシュは、エルフの腕にしがみつき、荒い息のまま叫ぶ。

「……お、俺を……結界の中心に……連れていけ……!」

「な、なんだと? どういうことだ!?」

「いいからッ……! 早く……! 間に合わなくなる!!」

 その声は、震えていた。
 恐怖でも痛みでもない。
 ただ、誰かを救いたいという必死の祈りそのものだった。

 エルフは目を細める。
 バニッシュの腕の力は弱い。
 だが、その目だけは死んでいなかった。

「……チッ……! 分かったよ……!」

 エルフはバニッシュの体を肩に担ぎあげる。
 その瞬間、バニッシュは小さく――しかし確かに、ホッと笑った。

「頼んだ……お前だけが……頼りなんだ……」

「言ってろ! ほら、しっかり掴まってろよ!!」

 エルフは結界の中心へ向けて、躊躇なく走り出した。

 エルフに肩へ担がれ、半ば意識を手放しながらも――バニッシュは結界の中心へと運ばれた。
 そこは、まるで光と闇の境界だった。
 セリナの祈りが生む静謐な光が教会全体に満ちている。
 しかしその光は、呪鍾が放つ禍々しい呪気とせめぎ合い、押し返され、押し戻し、必死に耐えていた。

 人々の苦しむ声は少し弱まったが、まだ街を覆う呪いは止まっていない。
 セリナは今も女神像の前でひざまずき、涙を流しながら祈り続ける。
 その震える肩に、必死に耐えようとする意志が宿っていた。

 ――だが、このままでは持たない。
 エルフはバニッシュをそっと床に下ろし、眉を寄せる。

「ここだ……ここが中心だ……! お前、何をする気だ……?」

 バニッシュは返事すらせず、震える指で床をなぞった。

 そこには、先ほど張ったばかりの即席の結界――本来なら長時間持つはずのない粗末な防護陣が広がっている。
 だが、バニッシュはそこへ、新たな術式を書き加え始めた。

 血まみれの指で、震える腕で、意識が飛びそうになりながら術式を組んでいく。

「おい……!?」

 エルフが驚愕の声を上げる。
 それでもバニッシュは顔も上げず言った。

「……セリナの……力を……この結界に、乗せる……!」

「力を乗せる……? おい、そんなことができるのか!?」

「できる……ように、するんだよ……!」

 教会の結界は本来、防御結界。
 だが、その構造を強引に書き換え――祈りの力を増幅しながら街に広げる、そんな本来あり得ない機能に変換しようとしていた。

 もちろん成功の保証などない。
 失敗すれば、すべてが台無しになる。
 それでも――バニッシュは迷わない。

 脳が焼けるような痛みの中、バニッシュの意識に浮かんだのは、かつてカイルと語り合った英雄譚だった。
 四英傑と呼ばれる伝説の存在たち。
 バニッシュはあの英雄たちに憧れた。
 カイルもまた英雄たちに憧れ共に語り合ってきた。

 だからこそ――

「……正義じゃ……救えないなんて……」

 グレオの言葉が胸を刺す。

 正義はまやかし、犠牲なくして何も変わらない。
 そんな言葉を、バニッシュは心の奥底で否定した。

「そんなわけ……ないだろ……!」

 床に広がる血の跡。
 震える指が描く術式の輝き。
 痛みに呼吸が詰まっても、バニッシュは止まらなかった。

「俺は英雄にはなれない……だが……」

 視線の先で、カイルは倒れながらも立ち上がろうとし、ミレイユは震えながらも杖を握る。
 そして――光に包まれたセリナは、必死に祈り続けている。

「アイツなら……カイルなら……必ず乗り越える……!」

 その確信が、痛みをかき消し、術式を書く力に変わった。
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