魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ

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柔らかな温度

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フェリクスが去った後の庭園は、まだカイルの放った殺気の余韻でピリついていた。

 カイルは無言のままエリナの手を引き、離宮へと戻っていく。その歩幅は、エリナがついてこられるよう、いつの間にか驚くほどゆっくりとしたものになっていた。

​ 部屋に入り、扉が閉まると、カイルはふぅと長い溜息をついた。

​「……殿下、あの……怒っていらっしゃいますか?」

​ エリナが申し訳なさそうに、上目遣いでカイルの顔を覗き込む。
 彼女にしてみれば、自分のせいでカイルが友人と喧嘩をしてしまったように見えたのが心苦しい。
指先をそわそわと動かし、居心地が悪そうに俯く姿は、まるで叱られた小鳥のようだ。

​「……怒ってはいない。ただ、あいつにお前をジロジロ見られたのが癪に障っただけだ」

​ カイルはソファーに腰を下ろすと、隣に座るようエリナを促した。
 エリナはおずおずと、握りこぶし一つ分ほど空けて座る。

​「……もっと寄れ。お前は、離れているとどこかへ消えてしまいそうで、落ち着かん」

​「え、あ……はい。すみません」

​ エリナが少しだけ距離を詰めると、カイルは満足げに彼女の肩を抱き寄せた。先程までの刺々しさは消え、今はただ、愛おしいものを温めているような静かな時間が流れる。

​「……エリナ。あいつが言った『力』のことだが……。お前は何か、感じていることはあるか?」

​「いえ、全然……。私、本当に洗濯しかしてきませんでしたし、魔力測定もずっと零でしたから。……きっと、あの方の勘違いだと思います」

​ エリナは本気でそう信じている。自分が「聖女」かもしれないなんて、おこがましくて考えもしない。そんな無垢な瞳を見て、カイルの口角がわずかに上がった。

​「そうか。……お前がそう言うなら、そうなのだろう」

​(……もし、お前が本当に聖女だとしても、私が守り切るだけだ)

​ カイルはエリナの頭を自分の肩に乗せ、その柔らかな髪にそっと触れた。
 エリナは驚いて体を硬くしたが、カイルから伝わってくる体温が心地よくて、次第にその緊張を解いていく。

​「殿下……。私、こんなに良くしていただいて、バチが当たらないでしょうか。……アリシア様にはいつも、私は幸せになってはいけない人間だと言われていたので……」

​ ポツリと漏らしたエリナの言葉に、カイルの瞳に鋭い光が走ったが、すぐにそれを隠して優しく囁いた。

​「……あのような奴の言葉を、自分の呪いにするな。お前はただ、ここで私の側にいればいい。それだけで、お前はこの国の誰よりも価値がある」

​「……殿下」

​ カイルの穏やかで、けれど力強い肯定。
 エリナは初めて、自分を縛っていた暗い鎖が、少しだけ解けたような気がした。
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