【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ

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月光石

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正宮の喧騒を背に、馬車は夜の闇へと滑り出した。

​ 離宮へ向かう車内、カイルは一言も発さなかった。

 窓の外を流れる月光が、彼の険しい横顔を断続的に照らす。組んだ足、膝に置かれた拳、そして隣に座るエリナを逃がさないように囲い込んでいる大きな腕。そのすべてから、張り詰めたような緊張感が漂っている。

​ エリナは、ダンスの余韻とカイルの沈黙に戸惑い、彼の袖をそっと引いた。

​「……カイル様? あの、怒っていらっしゃいますか……?」

​ その声に、カイルの肩が微かに揺れた。彼はゆっくりと顔を向け、射抜くような視線でエリナを見つめる。

​「……怒ってはいない。ただ、抑えているだけだ」

​「何を……ですか?」

​「お前を今すぐこの場で、誰の目も届かない場所に閉じ込めてしまいたいという衝動を、だ」

​ カイルの声は低く、ひどく掠れていた。彼はエリナの手を掬い上げると、手袋越しではなく、柔らかな肌に直接、唇を押し当てた。

​「あの会場にいた全員が、お前に目を奪われていた。……父上ですらお前の光に圧倒され、フェリクスや名も知らぬ貴族共も、品性もなくお前を凝視していた。お前が美しく輝けば輝くほど、私は……」

​ 言葉の続きは、離宮の車寄せに馬車が止まる音にかき消された。

​ 扉が開くやいなや、カイルはエリナを抱き上げるようにして降ろし、出迎えたマルクや侍女たちを「下がれ」の一言で下がらせた。
 
 静まり返った離宮の廊下を、カイルはエリナを促しながら足早に進む。たどり着いたのは、彼女の寝室ではなく、カイル自身の私室だった。

​ 重厚な扉が閉められ、鍵がかけられる音がカチリと響く。

​「……やっと二人きりだ」

​ カイルはふう、と深く溜息をつくと、先ほどまでの険しい表情を崩し、どこか子供のような安心した顔でエリナを見つめた。

​「カイル様……?」

​「ああ、悪い。……これほどまでに疲れる夜会は初めてだ。お前を誰にも触れさせないよう見張っているだけで、戦場にいるより何倍も神経を削った」

​ カイルはそう言って、部屋の隅にある重厚な金庫から、小さな、けれど品格のある木箱を取り出した。彼はそれをエリナの前に差し出し、少し照れくさそうに視線を逸らす。

​「……夜会では、あんな家のサファイアを付けさせてしまったが。……本来、お前に相応しいのはこっちだと思ってな」

​ エリナがそっと蓋を開けると、中には、見たこともないほど透明度の高い『月光石』の首飾りが収められていた。

 それはエリナの放つ淡い黄金の光と、彼女の純粋な瞳の色を混ぜ合わせたような、穏やかで優しい輝きを放っている。

​「これ……」

​「……これは、私が自ら職人に作らせたものだ。お前を初めて離宮へ連れてきたその日から、ずっと相応しい贈り物を考えていた」

​ カイルは箱から首飾りを取り出すと、エリナの背後に回り、その白い首筋に鎖をかけた。

​「石の輝きがお前の瞳に、そしてお前の清浄な魔力に最も似ているものを選び抜いた。……ベルシュタインの古臭い宝石などより、こちらの方がよほどお前を美しく飾る」

​ カイルは満足げに、自分の選んだ宝石がエリナの肌の上で輝くのを眺めた。

​「ベルシュタインの血も、過去の虐待も……もうお前には何の関係もない。その石が、お前が私によって選ばれ、私に守られている証だ。……一生、離さないからな」

​ 鏡に映った自分の姿を見て、エリナの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
 サファイアのような冷たい重さではなく、温かい光に包まれているような感覚。

​「……ありがとうございます、カイル様。私、この輝きに恥じないよう、ずっとあなたの隣にいます」

​「ああ。……一生、離さないからな」

​ カイルは満足げに頷くと、エリナをソファーに座らせ、自分もその隣にどっかと腰を下ろした。そのまま彼女の肩に自分の頭を預け、やっとリラックスしたように目を閉じる。

​「……疲れた。少しこのまま、お前の傍にいさせてくれ」


離宮の寝室に、柔らかな朝陽が差し込む。

 鳥のさえずりで目を覚ましたエリナは、自分の肩にずっしりとかかる心地よい重みで、昨夜の出来事が夢ではなかったことを悟った。

​「……ふふ。カイル様、本当にそのまま寝ちゃったんだわ」

​ 隣では、アスガルドの「獅子」と恐れられる第一王子が、エリナの肩に頭を預けたまま、無防備な寝顔を晒している。

 昨夜、首飾りを贈ったあとに「少しだけ……」と目を閉じたカイルは、よほど疲れ果てていたのか、一度も起きることなく朝を迎えたようだった。

​ 起こさないようにじっとしていたエリナだったが、ふと部屋の入り口に気配を感じて視線を向ける。

​「……あ」

​ そこには、朝食のワゴンを引いて入ってきたマルクが、石像のように固まって立っていた。

 カイルのあまりの無防備さと、エリナを抱え込むようにして眠る執着心の強さに、さすがのマルクも眼鏡の奥の目を丸くしている。

​「……殿下。いつまでそうしてエリナ様を拘束しているおつもりですか?」

​ マルクがわざとらしく大きな音を立ててティーカップを置くと、カイルの眉がピクリと跳ねた。

​「……ん。……マルクか。朝から騒々しいぞ」

​「それはこちらのセリフです。主人が自室に戻らず、婚約者の肩を枕にして朝を迎えるなど……。騎士団に知られれば、あなたの威厳は地を這うことになりますよ」

​ カイルはゆっくりと上体を起こし、寝ぼけ眼で自分の位置を確認すると、少しだけ気まずそうに咳払いをした。

​「……フン。私の勝手だ。それより、エリナの肩が凝っていないか確認するのが先だろう」

​「カイル様、大丈夫ですよ。……とっても、温かかったですから」

​ エリナがクスリと笑うと、カイルは耳を少し赤くして、彼女の頭を乱暴に、けれど愛おしそうに撫でた。

​「……そうか。ならいい。……マルク、昨夜の『残党』どもはどうなった」

​ カイルの目が一瞬で鋭い王子のものに戻る。マルクは手際よく新聞と報告書をテーブルに広げた。

​「ベルシュタイン元伯爵夫妻、およびアリシア嬢。公衆の面前での聖女侮辱罪、および不法侵入の罪により、爵位剥奪。現在は王都から最も遠い洗濯場にて、無期限の労働刑に処されました」

​ その報告を聞いて、カイルは冷ややかに口角を上げた。

​「……お似合いの末路だな。エリナ、お前を苦しめた奴らはもういない。……これからは、この温かい朝だけが、お前の日常だ」

​ カイルが差し出したスプーンを、エリナは幸せそうに受け取る。

 窓の外には、昨夜の魔法の名残か、庭園いっぱいに黄金の光を帯びた花々が風に揺れていた。

それが、私がようやく手に入れた“朝”なのだと、胸の奥でそっと確かめた。
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