【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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前編

君の瞳に映る世界

​「……はい。ゼノ様。私、この国のこと、もっと知りたいです。……あの、実は私、ずっと行ってみたかった場所があって……」

​ 私が指先をいじりながら俯きがちに言うと、ゼノ様は驚いたように目を見開き、それから弾むような声で問い返した。

「本当かい? どこかな。 格式高いレストラン?それとも、歴史ある美術館とか」

「……あの、前回街へ連れていただいた時に通りかかった、裏通りの小さなお店なんです。すごく甘くて、幸せな香りがしていて……皆さんが楽しそうに並んでいた、あのお店に、私も並んでみたいんです」

​ 私が顔を赤くしてそう告げると、ゼノ様は一瞬ポカンとした後、思わずといった具合に吹き出した。馬鹿にされたのかと思って顔を上げると、そこにはこれ以上ないほど愛おしげに目を細める顔があった。

​「はは、なんだ。そんな簡単なことだったのか。……いいよ、ミア。本当はあまり人混みに君を連れ出したくはないけれど、君が『食べたい』と言ってくれるなら、僕に断る権利なんてない。最高に美味しいものを食べに行こう」

​ ゼノ様は私の手を取り、その甲にそっとキスを落とした。

​ 私たちは準備を整え、二度目となる王都の街へと繰り出した。

 ゼノ様は深い帽子を被り、眼鏡をかけて変装しているけれど、その隙間から覗く鋭くも情熱的な赤い瞳と、眩しい金髪から漏れ出る気品は、街行く人々の視線を無意識に惹きつけている。

​ たどり着いたのは、レンガ造りの壁に可愛らしい看板が掲げられたスイーツ店だった。行列は前よりも長く伸びていたけれど、ゼノ様は嫌な顔一つせず、私の隣に並んでくれた。

 人混みの中で、彼がさりげなく私の腰を引き寄せ、守るように立ってくれる。

​「……ゼノ様、やっぱり目立っています。皆さん、ゼノ様のことを見ていますよ」

​​ 私が小声で伝えると、ゼノ様は意外そうに瞬きをして、それから私の耳元に顔を近づけて囁いた。

​「僕を? ……いや、彼らが見ているのは君の方だよ、ミア。困ったな、君が他の男に見られていないか心配で、僕は気が気じゃないんだ。……あまり僕から離れないで。君が誰かに連れて行かれたら、僕は正気を保てる自信がない」

​「えっ、私……? いえ、皆さん絶対ゼノ様を格好いいと思って見てるんですよ……?」

​ 本気で「君の方が注目されている」と思い込んでいるゼノ様に、私は思わず呆気に取られてしまった。王子様ともあろう人が、自分の魅力には無頓着で、私のことばかり心配している。そのズレた過保護さが、可笑しくて、同時にたまらなく愛おしかった。

​「……もう。私は、ちゃんとここにいますから。ゼノ様こそ、あんまり怖い顔で周りを見ないでくださいね」

​「……ああ、そうだね。すまない、つい。君を誰にも触れさせたくなくて」


行列を抜けて手に入れた焼きたてのフルーツタルトを手に、私たちは近くにある噴水広場のベンチへと腰を下ろした。

 午後の柔らかな光が噴水の水しぶきに反射して、街全体がキラキラと輝いて見える。

​「ほら、あーん、して。今日は僕が君を甘やかす日なんだから、遠慮はいらないよ」

​ ゼノ様が当然のような顔で一口分を切り分けて差し出してきた。

​ 恥ずかしさを堪えて口を開けると、サクサクとした生地の食感と、果実の甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

​「……っ、美味しいです……! ゼノ様、こんなに美味しいものが世の中にあるんですね」

​「はは、大げさだなあ。でも、君がそんなに喜んでくれるなら、並んだ甲斐があったよ」

​ ゼノ様は自分の分には目もくれず、満足そうに私の食事を見守っている。その眼差しがあまりに熱くて、タルトの甘さとは別の熱が胸に広がっていく。

​「ゼノ様も、食べてください。……はい、あーん」

​ お返しに私がタルトを差し出すと、ゼノ様は一瞬驚いたように目を見開き、それから少しだけ顔を赤くしてそれを口にした。

​「……ああ、確かに。……今まで食べたどんな高級な菓子よりも、ずっと甘い気がするよ」

​ そう言って微笑むゼノ様の顔は、王宮で見せる冷徹な騎士の顔とは正反対の、年相応の青年のものだった。

​ 私たちはその後も、街の雑貨屋を覗いたり、広場で大道芸を見たりと、穏やかな時間を過ごした。

 エリュシオンの人々はみんな明るく、平和を慈しんでいるのが伝わってくる。私の知らない「温かな日常」がここにはあって、それを見せてくれたゼノ様の優しさが、じわりと胸に染みていく。

​ けれど。

 日が傾き始め、街が琥珀色に染まる頃。

​ 雑貨屋を出て、人混みの中を歩いていたときだった。ふと、背筋に氷を押し当てられたような、嫌な感触が走った。

​「……ミア? どうしたんだい」

​ 私の足が止まったことに気づき、ゼノ様が心配そうに覗き込んでくる。

​「……いえ、その。……誰かに、見られているような気がして」

​ ゼノ様の顔が、一瞬で鋭いものに変わった。

 彼はさりげなく私の肩を抱き寄せると、視線だけで周囲を鋭く走査した。けれど、そこには楽しそうに笑う市民たちの姿があるだけで、不審な影は見当たらない。

​「……私の気のせいかもしれません。ごめんなさい、せっかくのお出かけなのに」

​ 不安で下を向いた私の顎を、ゼノ様は指先で優しく持ち上げた。

​「謝らないで。君が少しでも不安を感じたなら、それは僕にとって一番の重大事だ。……帰ろう。君を怖がらせるものは、何ひとつとして僕が近づけさせないから」

​ ゼノ様は力強くそう言うと、私の指の隙間に自分の指を絡ませ、一歩も離さないというように強く握りしめた。

 繋いだ手から伝わってくる熱が、さっきの嫌な感触を上書きしていく。

 私はゼノ様の広い背中を見つめながら、どんな時でもこの人が私を守ってくれるのだと、その愛を確かな勇気に変えて、歩き出した。

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