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灰の下の遺言
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アリスターの離宮での生活は、言葉通り「生きた埋葬」だった。
私は、アリスターが不在の時間を狙い、彼の執務室の隠し棚を漁っていた。
生存戦略を立てるには、彼が何を考え、どこまで私を縛るつもりなのかを知る必要がある。
そこで見つけたのは、一冊の古びた手帳だった。
それは今世の彼が、私と再会する前から書き溜めていた「防衛計画」の記録。
「……これ、は……」
ページをめくる指が止まる。
そこには、今世の彼がまだ私に執着を見せる前から、密かに進めていた「フェルゼン公爵家を隣国へ逃がすルート」や「教会の司教を暗殺するための配置図」が、詳細に記されていた。
記述の端々には、彼自身の不可解な苦悩が滲んでいる。
『――理由がわからない。なぜこれほどまでに、教会の動向が不安でならないのか。
なぜ、会ったこともない司教の顔を見るたびに、その喉を掻き切りたいという衝動に駆られるのか。
ルミナ。彼女に会うのが怖い。
彼女の首筋に、冷たい鉄が触れる悪夢を毎晩見る。
もし、あの悪夢が現実になるというのなら、僕は……』
私は、その手帳を握りしめたまま、ずるずると床に座り込んだ。
(……ああ、そうだったのね、アリスター)
前世の彼は、私を捨てたのではなかった。
あの時、彼は政治的に詰んでいた。だからこそ、自分を「冷酷な裏切り者」に仕立て上げることで、私の意識を自分への憎しみに逸らし、その裏で、自分の命と引き換えに私を逃がそうとしていたのだ。
あの氷のような瞳。
あれは私を突き放すための、彼なりの、あまりに不器用で絶望的な「最期の愛」だった。
そして今世。
記憶を失った彼は、魂に刻まれた「守れなかった」という後悔だけを燃料にして、暴走している。
前世で理性を優先して私を救えなかったから、今世では理性を捨てて、世界を壊してでも私を囲おうとしている。
「……何を見ているんだい、ルミナ」
背後で、冷たい声がした。
いつの間にか、アリスターが扉のそばに立っていた。
彼は私が手に持っている手帳を、ひどく虚ろな瞳で見つめている。
「アリスター様……これは……」
「……ああ。それは、僕が自分でも説明できない狂気を書き留めたゴミだよ」
アリスターはゆっくりと歩み寄り、私の手から手帳を奪い取った。
「ルミナ。君の首元を見るたびに、僕は気が狂いそうになる。……なぜか、そこが赤く染まって、君が僕を恨んで死んでいく幻影が見えるんだ。記憶なんてない。でも、僕の魂が、二度とあんな無様な真似はするなと僕を殴り続けている」
アリスターは私の肩を掴み、その場に跪いた。
「君を救えない『正義』なんていらない。君を失うくらいなら、僕は喜んで化け物になろう。……ねえ、ルミナ。僕を、もう二度とあんな孤独な場所に置き去りにしないでくれ」
その瞳に宿るのは、前世の自分さえも呪い、否定した末の、究極の歪み。
(……ああ、そう。そういうことだったのね)
私は、彼の金の髪にゆっくりと指を差し入れた。
私の憎しみは、拠り所を失って霧散していく。
代わりに胸を満たしたのは、逃げ場のない、濁った憐憫と絶望。
「……ええ。分かったわ、アリスター」
私は彼の頬を包み込み、優しく微笑んでみせた。
彼は記憶がないからこそ、自分自身の「愛の亡霊」に取り憑かれている。私が何をしても、どこへ逃げても、彼は私を逃がさない。
前世の彼が果たせなかった「守護」という名の呪縛を、今世の彼が完成させようとしているのだから。
「私はどこへも行かない。あなたの腕の中で、あなたの国が朽ち果てるのを、一緒に見ていてあげる」
それは、生存戦略の敗北宣言であり、共犯者として地獄へ堕ちるための、初めての「愛の言葉」だった。
私は、アリスターが不在の時間を狙い、彼の執務室の隠し棚を漁っていた。
生存戦略を立てるには、彼が何を考え、どこまで私を縛るつもりなのかを知る必要がある。
そこで見つけたのは、一冊の古びた手帳だった。
それは今世の彼が、私と再会する前から書き溜めていた「防衛計画」の記録。
「……これ、は……」
ページをめくる指が止まる。
そこには、今世の彼がまだ私に執着を見せる前から、密かに進めていた「フェルゼン公爵家を隣国へ逃がすルート」や「教会の司教を暗殺するための配置図」が、詳細に記されていた。
記述の端々には、彼自身の不可解な苦悩が滲んでいる。
『――理由がわからない。なぜこれほどまでに、教会の動向が不安でならないのか。
なぜ、会ったこともない司教の顔を見るたびに、その喉を掻き切りたいという衝動に駆られるのか。
ルミナ。彼女に会うのが怖い。
彼女の首筋に、冷たい鉄が触れる悪夢を毎晩見る。
もし、あの悪夢が現実になるというのなら、僕は……』
私は、その手帳を握りしめたまま、ずるずると床に座り込んだ。
(……ああ、そうだったのね、アリスター)
前世の彼は、私を捨てたのではなかった。
あの時、彼は政治的に詰んでいた。だからこそ、自分を「冷酷な裏切り者」に仕立て上げることで、私の意識を自分への憎しみに逸らし、その裏で、自分の命と引き換えに私を逃がそうとしていたのだ。
あの氷のような瞳。
あれは私を突き放すための、彼なりの、あまりに不器用で絶望的な「最期の愛」だった。
そして今世。
記憶を失った彼は、魂に刻まれた「守れなかった」という後悔だけを燃料にして、暴走している。
前世で理性を優先して私を救えなかったから、今世では理性を捨てて、世界を壊してでも私を囲おうとしている。
「……何を見ているんだい、ルミナ」
背後で、冷たい声がした。
いつの間にか、アリスターが扉のそばに立っていた。
彼は私が手に持っている手帳を、ひどく虚ろな瞳で見つめている。
「アリスター様……これは……」
「……ああ。それは、僕が自分でも説明できない狂気を書き留めたゴミだよ」
アリスターはゆっくりと歩み寄り、私の手から手帳を奪い取った。
「ルミナ。君の首元を見るたびに、僕は気が狂いそうになる。……なぜか、そこが赤く染まって、君が僕を恨んで死んでいく幻影が見えるんだ。記憶なんてない。でも、僕の魂が、二度とあんな無様な真似はするなと僕を殴り続けている」
アリスターは私の肩を掴み、その場に跪いた。
「君を救えない『正義』なんていらない。君を失うくらいなら、僕は喜んで化け物になろう。……ねえ、ルミナ。僕を、もう二度とあんな孤独な場所に置き去りにしないでくれ」
その瞳に宿るのは、前世の自分さえも呪い、否定した末の、究極の歪み。
(……ああ、そう。そういうことだったのね)
私は、彼の金の髪にゆっくりと指を差し入れた。
私の憎しみは、拠り所を失って霧散していく。
代わりに胸を満たしたのは、逃げ場のない、濁った憐憫と絶望。
「……ええ。分かったわ、アリスター」
私は彼の頬を包み込み、優しく微笑んでみせた。
彼は記憶がないからこそ、自分自身の「愛の亡霊」に取り憑かれている。私が何をしても、どこへ逃げても、彼は私を逃がさない。
前世の彼が果たせなかった「守護」という名の呪縛を、今世の彼が完成させようとしているのだから。
「私はどこへも行かない。あなたの腕の中で、あなたの国が朽ち果てるのを、一緒に見ていてあげる」
それは、生存戦略の敗北宣言であり、共犯者として地獄へ堕ちるための、初めての「愛の言葉」だった。
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