1 / 3
異世界転生
しおりを挟む
横断歩道を渡る、赤いランドセルの小さな背中。
遠藤マコトは、その後ろをぼんやりと歩いていた。不意に、信号を無視して突っ込んできたトラックの轟音が響く。
マコトが気づいたときには、巨大な鉄の塊が少女のすぐそばまで迫っていた。
「危ない!」
思考よりも先に足が動いた。
少女の体を力一杯突き飛ばした直後、マコトの視界は激しい衝撃と共に暗転した。
最後に脳裏を掠めたのは、「ああ、今月の支払いどうしよう」という、あまりにも下らない雑念だった。
――ガシャッ、と。
乾いた音がして、世界から色が消えた。
激痛すら一瞬だった。
次にマコトが目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。病院の天井ではない。床も壁も、境界線すら存在しない無窮の白。
「あーあ、死んじゃったね。残念だったね。でも、偉かったよ?」
頭上から、鈴を転がすような、けれどどこか他人事のような声が降ってきた。
見上げると、そこには豪華な装飾の椅子に座り、退屈そうに自分の爪を眺めている美女がいた。透き通るような銀髪と、星を閉じ込めたような瞳。その存在感だけで、マコトは彼女が「人間ではない何か」であることを理解した。
「……君が、神様なのか?」
「正解。正確にはこの世界を管轄してる女神だけどね。マコトくん、君の最期、とっても面白かったよ。自己犠牲なんて今時流行らないのに、あんなに綺麗に轢かれちゃうなんて」
女神はクスクスと笑った。マコトは、自分を死に追いやった出来事を「面白い」と評されたことに、怒りよりも先に言いようのない脱力感を覚えた。
「それで……俺はどうなるんだ。天国か、地獄か」
「どっちも満員。だからさ、君に特別に『新しい人生』をプレゼントしてあげようと思って」
女神は椅子から飛び降りると、マコトの鼻先に顔を近づけた。甘い、けれど脳を痺れさせるような香りがする。
「異世界転生、ってやつ。憧れてたでしょ? 魔法があって、魔王がいて、可愛い女の子がたくさんいる世界。私の気まぐれで、君をそこに送ってあげる」
「……異世界」
「そう。でも、ただ送るだけじゃつまらない。だからこれ、持っていって」
女神が差し出したのは、一冊の古びた日記帳だった。表紙には何も書かれていないし、ページをめくっても全て白紙だ。
「それは『異世界日記』。君がその世界で経験したこと、感じたことを書くためのもの。……でも気をつけて。そこに書いたことが、君の現実を少しずつ変えていくかもしれないから」
女神の瞳が、一瞬だけ怪しく光った。
「えっ、どういう意味だ?」
「それは行ってからのお楽しみ! あ、言い忘れてたけど。君に授けるチート能力なんだけどね、私の気分で決めちゃった」
女神が指をパチンと鳴らす。その瞬間、マコトの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「君の能力は――『死なない程度に不運』。頑張って生き抜いてね、マコトくん。君の日記、楽しみにしてるから!」
「ちょっと待て! なんだその不穏な能力は――!」
叫びは白い空間に虚しく溶け、マコトの意識は再び暗転した。
――頬に触れる、冷たい感覚で目が覚めた。
目を開けると、そこは深い森の中だった。見たこともない巨大なシダ植物が茂り、空には二つの月が浮かんでいる。
「……本当に、異世界か」
マコトは身体を起こした。体は以前よりも軽く、二十代前半の頃のような活力が戻っている。
横を見ると、女神から渡されたあの日記帳が落ちていた。
(不運……とか言ってたな、あの女)
立ち上がろうとした瞬間、足元の枯れ葉に滑り、マコトは派手に転んだ。
「痛っ……」
さらに、転んだ拍子に近くの木の枝を折ってしまった。すると、その木に巣を作っていたであろう、掌ほどの大きさがある毒々しい色の蜂が、一斉に飛び出してきた。
「うわあああ! 初っ端からこれかよ!」
マコトは必死に走り出した。
転び、木の根に足を引っ掛け、泥まみれになりながらも、なぜか蜂の一刺しを受けることはない。文字通り「死なない程度」の不幸が、彼を襲い続ける。
ようやく蜂を撒き、川のほとりで息を整えていた時だった。
マコトは何かに導かれるように、あの日記帳を開いた。
『第一日目:異世界に来た。女神は性格が悪かった。蜂に追いかけられた。』
鉛筆もないのに、指でなぞるだけで文字が浮かび上がった。
すると、日記のページが淡く光り、追記が勝手に書き込まれた。
【報酬:蜂の毒に対する微弱な耐性を獲得しました。代わりに、今日はもう一度だけ転びます。】
「……ふざけんな!」
マコトの声が、異世界の森に響き渡った。
その直後、彼は何もない平地で、やはり盛大に転んだ。
遠藤マコト、二十九歳。
彼の異世界生活は、女神の掌の上で、最高に「不運」で「特別」な一ページ目から始まった。
遠藤マコトは、その後ろをぼんやりと歩いていた。不意に、信号を無視して突っ込んできたトラックの轟音が響く。
マコトが気づいたときには、巨大な鉄の塊が少女のすぐそばまで迫っていた。
「危ない!」
思考よりも先に足が動いた。
少女の体を力一杯突き飛ばした直後、マコトの視界は激しい衝撃と共に暗転した。
最後に脳裏を掠めたのは、「ああ、今月の支払いどうしよう」という、あまりにも下らない雑念だった。
――ガシャッ、と。
乾いた音がして、世界から色が消えた。
激痛すら一瞬だった。
次にマコトが目を開けたとき、そこは真っ白な空間だった。病院の天井ではない。床も壁も、境界線すら存在しない無窮の白。
「あーあ、死んじゃったね。残念だったね。でも、偉かったよ?」
頭上から、鈴を転がすような、けれどどこか他人事のような声が降ってきた。
見上げると、そこには豪華な装飾の椅子に座り、退屈そうに自分の爪を眺めている美女がいた。透き通るような銀髪と、星を閉じ込めたような瞳。その存在感だけで、マコトは彼女が「人間ではない何か」であることを理解した。
「……君が、神様なのか?」
「正解。正確にはこの世界を管轄してる女神だけどね。マコトくん、君の最期、とっても面白かったよ。自己犠牲なんて今時流行らないのに、あんなに綺麗に轢かれちゃうなんて」
女神はクスクスと笑った。マコトは、自分を死に追いやった出来事を「面白い」と評されたことに、怒りよりも先に言いようのない脱力感を覚えた。
「それで……俺はどうなるんだ。天国か、地獄か」
「どっちも満員。だからさ、君に特別に『新しい人生』をプレゼントしてあげようと思って」
女神は椅子から飛び降りると、マコトの鼻先に顔を近づけた。甘い、けれど脳を痺れさせるような香りがする。
「異世界転生、ってやつ。憧れてたでしょ? 魔法があって、魔王がいて、可愛い女の子がたくさんいる世界。私の気まぐれで、君をそこに送ってあげる」
「……異世界」
「そう。でも、ただ送るだけじゃつまらない。だからこれ、持っていって」
女神が差し出したのは、一冊の古びた日記帳だった。表紙には何も書かれていないし、ページをめくっても全て白紙だ。
「それは『異世界日記』。君がその世界で経験したこと、感じたことを書くためのもの。……でも気をつけて。そこに書いたことが、君の現実を少しずつ変えていくかもしれないから」
女神の瞳が、一瞬だけ怪しく光った。
「えっ、どういう意味だ?」
「それは行ってからのお楽しみ! あ、言い忘れてたけど。君に授けるチート能力なんだけどね、私の気分で決めちゃった」
女神が指をパチンと鳴らす。その瞬間、マコトの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「君の能力は――『死なない程度に不運』。頑張って生き抜いてね、マコトくん。君の日記、楽しみにしてるから!」
「ちょっと待て! なんだその不穏な能力は――!」
叫びは白い空間に虚しく溶け、マコトの意識は再び暗転した。
――頬に触れる、冷たい感覚で目が覚めた。
目を開けると、そこは深い森の中だった。見たこともない巨大なシダ植物が茂り、空には二つの月が浮かんでいる。
「……本当に、異世界か」
マコトは身体を起こした。体は以前よりも軽く、二十代前半の頃のような活力が戻っている。
横を見ると、女神から渡されたあの日記帳が落ちていた。
(不運……とか言ってたな、あの女)
立ち上がろうとした瞬間、足元の枯れ葉に滑り、マコトは派手に転んだ。
「痛っ……」
さらに、転んだ拍子に近くの木の枝を折ってしまった。すると、その木に巣を作っていたであろう、掌ほどの大きさがある毒々しい色の蜂が、一斉に飛び出してきた。
「うわあああ! 初っ端からこれかよ!」
マコトは必死に走り出した。
転び、木の根に足を引っ掛け、泥まみれになりながらも、なぜか蜂の一刺しを受けることはない。文字通り「死なない程度」の不幸が、彼を襲い続ける。
ようやく蜂を撒き、川のほとりで息を整えていた時だった。
マコトは何かに導かれるように、あの日記帳を開いた。
『第一日目:異世界に来た。女神は性格が悪かった。蜂に追いかけられた。』
鉛筆もないのに、指でなぞるだけで文字が浮かび上がった。
すると、日記のページが淡く光り、追記が勝手に書き込まれた。
【報酬:蜂の毒に対する微弱な耐性を獲得しました。代わりに、今日はもう一度だけ転びます。】
「……ふざけんな!」
マコトの声が、異世界の森に響き渡った。
その直後、彼は何もない平地で、やはり盛大に転んだ。
遠藤マコト、二十九歳。
彼の異世界生活は、女神の掌の上で、最高に「不運」で「特別」な一ページ目から始まった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
ざまぁされるための努力とかしたくない
こうやさい
ファンタジー
ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。
けどなんか環境違いすぎるんだけど?
例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。
作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。
中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。
……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる