白紙の叙事詩

ムラサメ

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摩滅する光

黄色い花

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翌朝、一行は重い沈黙を抱えたまま、城塞都市レギウムへと辿り着いた。
 高くそびえ立つ石造りの城壁、行き交う多くの人々、活気に満ちた市場の匂い。そこは、魔王軍の影を感じさせない「平和」が、かろうじて保たれている場所だった。

​「……着いたな。ようやく、まともな屋根の下で眠れるぜ」

​ グレンがわざと明るい声を出し、背負い袋を担ぎ直した。リリーも、まだ顔色は冴えなかったが、街の喧騒に少しだけ安堵したように息を吐く。
​ そんな中、一人の少年が人混みを縫って駆け寄ってきた。

「あ、勇者様! アルバス様だ!」

 少年は泥だらけの手で、道端に咲いていた小さな黄色い花を差し出した。

「これ、あげる! 僕、勇者様みたいに強くなって、みんなを守るんだ!」

​ 本来なら、アルバスの胸には温かな誇りが宿るはずだった。かつての彼にとって、こうした子供の笑顔こそが、剣を振るう理由そのものだったからだ。
 だが、アルバスは立ち止まり、その花を見つめて、ただ戸惑った。
​(……この感覚は、なんだ?)
​ 知識としては知っている。子供の好意には笑顔で応えるべきだ。だが、かつて母親に頭を撫でられた時のあの手の温もりが、どうしても思い出せない。リリーを「守りたい」と心から震えたあの夜の情熱が、今はどこを探しても見当たらない。
 
「……ああ。ありがとう。大切にする」

​ アルバスは花を受け取り、少年の頭に手を置いた。
 その動作は、鏡の前で練習したかのように完璧だった。けれど、置かれた手には温度がなく、少年の目を見る瞳には、かつてあったはずの「慈しみ」の光が欠けていた。
 
「……勇者様?」

 少年が、ふと不安げに首をかしげる。
 アルバスはそれに答えられず、逃げるように背を向けて歩き出した。

​「アルバス、待てよ! お前、今の……」

 グレンの呼びかけを、アルバスは言葉で遮った。

「執政官カシムが待っている。報告を急ごう」

​ 執政官の館の重厚な扉が開くと、恰幅の良い男が顔を輝かせて出迎えた。 

「おお、アルバス殿! よくぞ戻ってくれた! さあ、まずは喉を潤してくれ。君の好きなあのワインを用意してある!」

​ カシムは以前、アルバスと国の未来を語り合い、涙を流しながら握手を交わした男だ。アルバスの脳内には、その事実がはっきりと刻まれている。
 だが、再会を喜ぶカシムが親しげに肩を叩いてきたとき、アルバスはその手の熱さに微かな拒絶感すら覚えた。

​(……初めて仲間と笑い合った時の、あの胸の弾みは、どんなだっただろう)

​「カシムさん、お心遣いに感謝します。……ですが、まずは戦況の報告を」

​ アルバスの返答は、あまりに礼儀正しく、あまりに事務的だった。
 カシムが「はは、相変わらず真面目だな」と苦笑しながらも、その瞳に一瞬の戸惑いを浮かべるのを、アルバスは見逃さなかった。

​ 失ったのは、たった三つ。
 母親の温もり。仲間と笑った記憶。そして、隣にいる少女への愛おしさ。
 
 それだけで、勇者アルバスという人間の「正しさ」は、血の通わない精密機械のような、薄気味悪い「正解」へと変貌しつつあった。
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