紙飛行機に乗せて

Abel - エイベル

文字の大きさ
4 / 7

まあね

しおりを挟む
 彼女の提案する青春の代行とは要約するとこういうことだった。
 彼女が僕の代わりに青春っぽいことをして、それを写真で撮り、紙飛行機に取り付けていつも通り飛ばす。彼女は写真に関する内容の手紙を書き、僕がそれに対して何か感想を送る。

 実に安直な方法だったが、青春や外の世界を謳歌することができない僕にとってはこれ以上ないほどにこの提案は美しく映った。

 『ホワイト君自身は何がしたいの?』次に彼女から送られてきた手紙の内容にはそう書いてあった。

 彼女に促されるまま、自分のしたいことや空っぽな青春への渇望について、僕は思案した。その間部屋の中を歩き回ったり、窓の外に浮かぶ入道雲を眺めたり、蝉が奏でる夏の演奏に耳を傾けたりしたのだが、全く自分のしたいことというものが自分自身でも皆目見当つかなかった。

 当然といえば当然なのだが、青春というものを体験したことのない僕にとって、それは遠く叶わない幻想だと思っていた。しかし今こういう形で叶おうとしている幻想を前に、僕は正しい青春の形というものが解らず、困惑していた。

 机に向かい、筆を額に当てて思案していると夏の暑さに耐えきれなくなった身体が体温を下げようとして汗が噴き出す。噴き出した汗は頬を伝い、滴り落ちて書き途中の手紙を滲ませた。

 『僕は青春というものを知らないから、青春の先輩である君に任せることにするよ』結局、数十分思案して何も考えが浮かばなかった僕は他人任せに講じることにした。
 『じゃあ最初は君が普段見れないような星空を観せてあげよう』
 『僕が観たことないような星空か……それは楽しみだ』

 ただでさえ僕らが住んでいる地域は田舎なのだから、それぞれの家からでも都会では観られないような星を見ることができる。ちょっとやそっとでは驚かないぞという意味合いの返事を送り、窓から星を眺めて彼女からの手紙を待った。

 翌日、泥のような思考を掬い上げるようにして目が覚めた。そして起床し、いつも通り彼女からの手紙が送られてきているであろう窓の下に目を遣るとそれはある。

 ベットから身体を引き摺り出し、健康的な足取りで窓付近の手紙を拾う。僕は夏の暑さも扇風機の稼働も忘れて、机に向き合い、手紙を確認した。

 そして眼前に飛び込んできた写真に僕は目を見遣った。何層にも重なったグラデーションの空に燦然と輝く無数の発光体。朗らかに写る夏の大三角に、ベガとアルタイルを分かつように流れる天の川は圧巻だった。
 恐らく彼女がこれを撮った場所は星以外の明かりの一切を遮った場所なんだろう。この星空にはひとかけらの不純物も入っていなかった。

 『夏の大三角に天の川!誰にも言ってない、誰も知らない穴場を知ってるから星空の写真には自信があるんだよね。どうかな、気に入ってくれたかな』
 『いやあ、流石にこれは脱帽だね。むしろこの写真が撮れるのはここしかないんじゃないかと思うよ』
 『それは嬉しい限りです。ところで今の私たちの状況って織姫と彦星に似てると思わない?』
 『どちらかといえば思わないね。だって人間不信の彦星が物語に出てきたって何も物語が進まないよ。』

 『それもそうだね』僕らは何度か星に関することを話して、彼女はまた写真付きの手紙を送ってきた。それは短冊と笹が写った写真で、僕の分と彼女の分の願いが記されていて「人間不信が治りますように。ホワイト」と「ホワイト君に逢えますように。ブラック」という内容だった。

 『ちょっと、勝手に僕の願い事を書かないでくれよ』
 『まあまあ、いいじゃないですか。私は人間不信の彦星に逢いたいんだよ』
 『仕方ないな』人間不信の彦星というワードを気に入っている彼女と彼女が書いた僕の願い事がまんざらでもなく、自然と笑いが溢れた。

 その日、僕は珍しく家族と一緒に夕食を摂り、ただでさえ珍しい行動にさらに上機嫌な僕を見て母親が言った。
 「なんかあったの?」訝しげな表情で僕を見つめる母に「まあね」と言って見せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...