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まあね
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彼女の提案する青春の代行とは要約するとこういうことだった。
彼女が僕の代わりに青春っぽいことをして、それを写真で撮り、紙飛行機に取り付けていつも通り飛ばす。彼女は写真に関する内容の手紙を書き、僕がそれに対して何か感想を送る。
実に安直な方法だったが、青春や外の世界を謳歌することができない僕にとってはこれ以上ないほどにこの提案は美しく映った。
『ホワイト君自身は何がしたいの?』次に彼女から送られてきた手紙の内容にはそう書いてあった。
彼女に促されるまま、自分のしたいことや空っぽな青春への渇望について、僕は思案した。その間部屋の中を歩き回ったり、窓の外に浮かぶ入道雲を眺めたり、蝉が奏でる夏の演奏に耳を傾けたりしたのだが、全く自分のしたいことというものが自分自身でも皆目見当つかなかった。
当然といえば当然なのだが、青春というものを体験したことのない僕にとって、それは遠く叶わない幻想だと思っていた。しかし今こういう形で叶おうとしている幻想を前に、僕は正しい青春の形というものが解らず、困惑していた。
机に向かい、筆を額に当てて思案していると夏の暑さに耐えきれなくなった身体が体温を下げようとして汗が噴き出す。噴き出した汗は頬を伝い、滴り落ちて書き途中の手紙を滲ませた。
『僕は青春というものを知らないから、青春の先輩である君に任せることにするよ』結局、数十分思案して何も考えが浮かばなかった僕は他人任せに講じることにした。
『じゃあ最初は君が普段見れないような星空を観せてあげよう』
『僕が観たことないような星空か……それは楽しみだ』
ただでさえ僕らが住んでいる地域は田舎なのだから、それぞれの家からでも都会では観られないような星を見ることができる。ちょっとやそっとでは驚かないぞという意味合いの返事を送り、窓から星を眺めて彼女からの手紙を待った。
翌日、泥のような思考を掬い上げるようにして目が覚めた。そして起床し、いつも通り彼女からの手紙が送られてきているであろう窓の下に目を遣るとそれはある。
ベットから身体を引き摺り出し、健康的な足取りで窓付近の手紙を拾う。僕は夏の暑さも扇風機の稼働も忘れて、机に向き合い、手紙を確認した。
そして眼前に飛び込んできた写真に僕は目を見遣った。何層にも重なったグラデーションの空に燦然と輝く無数の発光体。朗らかに写る夏の大三角に、ベガとアルタイルを分かつように流れる天の川は圧巻だった。
恐らく彼女がこれを撮った場所は星以外の明かりの一切を遮った場所なんだろう。この星空にはひとかけらの不純物も入っていなかった。
『夏の大三角に天の川!誰にも言ってない、誰も知らない穴場を知ってるから星空の写真には自信があるんだよね。どうかな、気に入ってくれたかな』
『いやあ、流石にこれは脱帽だね。むしろこの写真が撮れるのはここしかないんじゃないかと思うよ』
『それは嬉しい限りです。ところで今の私たちの状況って織姫と彦星に似てると思わない?』
『どちらかといえば思わないね。だって人間不信の彦星が物語に出てきたって何も物語が進まないよ。』
『それもそうだね』僕らは何度か星に関することを話して、彼女はまた写真付きの手紙を送ってきた。それは短冊と笹が写った写真で、僕の分と彼女の分の願いが記されていて「人間不信が治りますように。ホワイト」と「ホワイト君に逢えますように。ブラック」という内容だった。
『ちょっと、勝手に僕の願い事を書かないでくれよ』
『まあまあ、いいじゃないですか。私は人間不信の彦星に逢いたいんだよ』
『仕方ないな』人間不信の彦星というワードを気に入っている彼女と彼女が書いた僕の願い事がまんざらでもなく、自然と笑いが溢れた。
その日、僕は珍しく家族と一緒に夕食を摂り、ただでさえ珍しい行動にさらに上機嫌な僕を見て母親が言った。
「なんかあったの?」訝しげな表情で僕を見つめる母に「まあね」と言って見せた。
彼女が僕の代わりに青春っぽいことをして、それを写真で撮り、紙飛行機に取り付けていつも通り飛ばす。彼女は写真に関する内容の手紙を書き、僕がそれに対して何か感想を送る。
実に安直な方法だったが、青春や外の世界を謳歌することができない僕にとってはこれ以上ないほどにこの提案は美しく映った。
『ホワイト君自身は何がしたいの?』次に彼女から送られてきた手紙の内容にはそう書いてあった。
彼女に促されるまま、自分のしたいことや空っぽな青春への渇望について、僕は思案した。その間部屋の中を歩き回ったり、窓の外に浮かぶ入道雲を眺めたり、蝉が奏でる夏の演奏に耳を傾けたりしたのだが、全く自分のしたいことというものが自分自身でも皆目見当つかなかった。
当然といえば当然なのだが、青春というものを体験したことのない僕にとって、それは遠く叶わない幻想だと思っていた。しかし今こういう形で叶おうとしている幻想を前に、僕は正しい青春の形というものが解らず、困惑していた。
机に向かい、筆を額に当てて思案していると夏の暑さに耐えきれなくなった身体が体温を下げようとして汗が噴き出す。噴き出した汗は頬を伝い、滴り落ちて書き途中の手紙を滲ませた。
『僕は青春というものを知らないから、青春の先輩である君に任せることにするよ』結局、数十分思案して何も考えが浮かばなかった僕は他人任せに講じることにした。
『じゃあ最初は君が普段見れないような星空を観せてあげよう』
『僕が観たことないような星空か……それは楽しみだ』
ただでさえ僕らが住んでいる地域は田舎なのだから、それぞれの家からでも都会では観られないような星を見ることができる。ちょっとやそっとでは驚かないぞという意味合いの返事を送り、窓から星を眺めて彼女からの手紙を待った。
翌日、泥のような思考を掬い上げるようにして目が覚めた。そして起床し、いつも通り彼女からの手紙が送られてきているであろう窓の下に目を遣るとそれはある。
ベットから身体を引き摺り出し、健康的な足取りで窓付近の手紙を拾う。僕は夏の暑さも扇風機の稼働も忘れて、机に向き合い、手紙を確認した。
そして眼前に飛び込んできた写真に僕は目を見遣った。何層にも重なったグラデーションの空に燦然と輝く無数の発光体。朗らかに写る夏の大三角に、ベガとアルタイルを分かつように流れる天の川は圧巻だった。
恐らく彼女がこれを撮った場所は星以外の明かりの一切を遮った場所なんだろう。この星空にはひとかけらの不純物も入っていなかった。
『夏の大三角に天の川!誰にも言ってない、誰も知らない穴場を知ってるから星空の写真には自信があるんだよね。どうかな、気に入ってくれたかな』
『いやあ、流石にこれは脱帽だね。むしろこの写真が撮れるのはここしかないんじゃないかと思うよ』
『それは嬉しい限りです。ところで今の私たちの状況って織姫と彦星に似てると思わない?』
『どちらかといえば思わないね。だって人間不信の彦星が物語に出てきたって何も物語が進まないよ。』
『それもそうだね』僕らは何度か星に関することを話して、彼女はまた写真付きの手紙を送ってきた。それは短冊と笹が写った写真で、僕の分と彼女の分の願いが記されていて「人間不信が治りますように。ホワイト」と「ホワイト君に逢えますように。ブラック」という内容だった。
『ちょっと、勝手に僕の願い事を書かないでくれよ』
『まあまあ、いいじゃないですか。私は人間不信の彦星に逢いたいんだよ』
『仕方ないな』人間不信の彦星というワードを気に入っている彼女と彼女が書いた僕の願い事がまんざらでもなく、自然と笑いが溢れた。
その日、僕は珍しく家族と一緒に夕食を摂り、ただでさえ珍しい行動にさらに上機嫌な僕を見て母親が言った。
「なんかあったの?」訝しげな表情で僕を見つめる母に「まあね」と言って見せた。
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