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申込は突然に
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妻木の里を治める頭領に呼び出され、アサギは緊張に身を固くしていた。
恰幅のいい頭領が中央に鎮座し、左右の壁に沿うようにズラリと重役達も座っている。
だだっ広い板敷の床の上に藁で編んだ筵が敷かれ、アサギは母と共に揃えた両手をつき、深々と頭を下げていた。
(いったい、私になんの用があるのかしら……)
普段この場所では、集落の運営といった政の話し合いが行われているのだ。一介の小娘が、こんな場に呼び出されるなどそうそう無い。
「アサギ、頭を上げよ」
言葉に従い、アサギは上体を起こす。その場に集う者達の視線は、アサギに集中している。視線が痛くて、アサギは身を縮めた。
「そう固くなるな。今日は、お前に頼みがあって呼んだのだ」
「頼み……ですか?」
「そう。さる高貴なお方から、お前に縁談の申し込みがきている」
「縁談?」
わざわざ縁談が来ているからと、こんな場に呼ばれるとは思いもよらない。
「そなたの母親には、すでに話してある」
アサギは母の口からなにも聞かされておらず、寝耳に水だ。斜め後ろに控えている母を盗み見る。申し訳なさそうに、アサギから顔を背けていた。
「断るという、選択肢は……?」
「ない。断ることは許されない」
頭領の即答に、ですよね……と肩を落とす。
頼みと言っているけれど、これは命令に他ならない。
「相手は、ヤマト族の皇子だ」
「ヤマト族ですか!」
思わず、大きな声を出してしまった。
ヤマト族といえば、アサギ達イヅモ族を支配下に置き、不可侵であると約束をしているにも関わらず徐々に勢力を拡大させていっている。
アサギの立場からすれば、自分達の土地を脅かす侵略者だ。
「なんで、ヤマト族から……縁談なんて」
誰に問うでもなく、絶望が口を吐いて出る。答える者は無く、静寂が耳に痛い。
ゴソリと、誰かが身動ぎする音がやけに大きく聞こえた。
「アサギ……」
名を呼ばれ、アサギは頭領に顔を向ける。
「我らの地域に、絶対的な王が不在なことは知っているな」
「はい」
何代も前には、スサノヲという名の王がここら一帯を治め、オオクニという名の王がさらに勢力を拡大して国を造り、平和に治めていたという。
オオクニが治めていた国の住人は、イヅモ族と自らを認識していた。対してヤマト族は、あとから勢力を伸ばしてきた一族だ。
ヤマト族の戦力は強く、応戦したイヅモ族は戦力を削がれていく一方だったと聞いている。国を譲る代わりに、ここだけは自分達に治めさせてほしいと訴え、その訴えが認められた中に、アサギが住む地域も含まれていた。
現在のオオクニの血を引く一族は、ヤマト族の中央に自治の継続を認めてもらうことばかりに躍起となり、国内の平穏が脅かされているのになにも手を打とうとしてくれない。
だから各地域の集落がそれぞれに力を持ち始め、誰かが号令をかければそれに従うという組織図ではなくなってしまった。
「この妻木の地で平穏に暮らしていくためには、イズモの王以外の庇護を受ける必要がある」
「そのための条件が、私との結婚なんですね」
うむ、と頭領は頷く。
「皇子は言っていた。スサノヲ王やオオクニ王と同じく、婚姻によって血の繋がりを強くするためだと。そして、なにより……そなたの美貌は、都でも評判らしい」
アサギは眉をひそめた。
絶世の美女だなんだと噂があるのは知っているけれど、その評判を聞いて期待値が上げられては甚だ迷惑だ。期待が高ければ、思っていたよりも見劣りしていた場合、落胆しかされないではないか。
「皇子から、早急に召し出すようにと達しが届いておる。早々に準備を整えて二、三日ののちに出立致せ」
頭領からの言葉に、アサギは再び頭を下げる。
里の中でも縁談が持ち上がっていないし、今現在アサギに意中の相手が居るわけでもなく、断る理由はひとつしかない。
「恐れながら……この度の縁談お断り致したく。年老いた母を一人残し、都へ赴くことなどできません」
アサギの答えに、ざわめきが広がる。それもそうだ。皇子からの勅を辞退するなど、正気の沙汰ではないというもの。
でも、父が亡くなってから村の皆と協力してアサギを育ててくれた母を一人だけ残し、妻木の里を離れることなどしたくない。
アサギの肩に、そっと手が触れる。慣れ親しんだ優しい母の手だ。
「名誉なことよ。私は大丈夫だから、お勤めと思って行ってきておくれ」
母はアサギの手を取り、ギュッと握り締める。
「お願い……アサギ。母の幸せを願うのであれば、行っておくれ」
「お母さん……」
最愛の母から重ねて懇願されては、立つ瀬もない。
アサギは申し出を渋々承諾することにした。
恰幅のいい頭領が中央に鎮座し、左右の壁に沿うようにズラリと重役達も座っている。
だだっ広い板敷の床の上に藁で編んだ筵が敷かれ、アサギは母と共に揃えた両手をつき、深々と頭を下げていた。
(いったい、私になんの用があるのかしら……)
普段この場所では、集落の運営といった政の話し合いが行われているのだ。一介の小娘が、こんな場に呼び出されるなどそうそう無い。
「アサギ、頭を上げよ」
言葉に従い、アサギは上体を起こす。その場に集う者達の視線は、アサギに集中している。視線が痛くて、アサギは身を縮めた。
「そう固くなるな。今日は、お前に頼みがあって呼んだのだ」
「頼み……ですか?」
「そう。さる高貴なお方から、お前に縁談の申し込みがきている」
「縁談?」
わざわざ縁談が来ているからと、こんな場に呼ばれるとは思いもよらない。
「そなたの母親には、すでに話してある」
アサギは母の口からなにも聞かされておらず、寝耳に水だ。斜め後ろに控えている母を盗み見る。申し訳なさそうに、アサギから顔を背けていた。
「断るという、選択肢は……?」
「ない。断ることは許されない」
頭領の即答に、ですよね……と肩を落とす。
頼みと言っているけれど、これは命令に他ならない。
「相手は、ヤマト族の皇子だ」
「ヤマト族ですか!」
思わず、大きな声を出してしまった。
ヤマト族といえば、アサギ達イヅモ族を支配下に置き、不可侵であると約束をしているにも関わらず徐々に勢力を拡大させていっている。
アサギの立場からすれば、自分達の土地を脅かす侵略者だ。
「なんで、ヤマト族から……縁談なんて」
誰に問うでもなく、絶望が口を吐いて出る。答える者は無く、静寂が耳に痛い。
ゴソリと、誰かが身動ぎする音がやけに大きく聞こえた。
「アサギ……」
名を呼ばれ、アサギは頭領に顔を向ける。
「我らの地域に、絶対的な王が不在なことは知っているな」
「はい」
何代も前には、スサノヲという名の王がここら一帯を治め、オオクニという名の王がさらに勢力を拡大して国を造り、平和に治めていたという。
オオクニが治めていた国の住人は、イヅモ族と自らを認識していた。対してヤマト族は、あとから勢力を伸ばしてきた一族だ。
ヤマト族の戦力は強く、応戦したイヅモ族は戦力を削がれていく一方だったと聞いている。国を譲る代わりに、ここだけは自分達に治めさせてほしいと訴え、その訴えが認められた中に、アサギが住む地域も含まれていた。
現在のオオクニの血を引く一族は、ヤマト族の中央に自治の継続を認めてもらうことばかりに躍起となり、国内の平穏が脅かされているのになにも手を打とうとしてくれない。
だから各地域の集落がそれぞれに力を持ち始め、誰かが号令をかければそれに従うという組織図ではなくなってしまった。
「この妻木の地で平穏に暮らしていくためには、イズモの王以外の庇護を受ける必要がある」
「そのための条件が、私との結婚なんですね」
うむ、と頭領は頷く。
「皇子は言っていた。スサノヲ王やオオクニ王と同じく、婚姻によって血の繋がりを強くするためだと。そして、なにより……そなたの美貌は、都でも評判らしい」
アサギは眉をひそめた。
絶世の美女だなんだと噂があるのは知っているけれど、その評判を聞いて期待値が上げられては甚だ迷惑だ。期待が高ければ、思っていたよりも見劣りしていた場合、落胆しかされないではないか。
「皇子から、早急に召し出すようにと達しが届いておる。早々に準備を整えて二、三日ののちに出立致せ」
頭領からの言葉に、アサギは再び頭を下げる。
里の中でも縁談が持ち上がっていないし、今現在アサギに意中の相手が居るわけでもなく、断る理由はひとつしかない。
「恐れながら……この度の縁談お断り致したく。年老いた母を一人残し、都へ赴くことなどできません」
アサギの答えに、ざわめきが広がる。それもそうだ。皇子からの勅を辞退するなど、正気の沙汰ではないというもの。
でも、父が亡くなってから村の皆と協力してアサギを育ててくれた母を一人だけ残し、妻木の里を離れることなどしたくない。
アサギの肩に、そっと手が触れる。慣れ親しんだ優しい母の手だ。
「名誉なことよ。私は大丈夫だから、お勤めと思って行ってきておくれ」
母はアサギの手を取り、ギュッと握り締める。
「お願い……アサギ。母の幸せを願うのであれば、行っておくれ」
「お母さん……」
最愛の母から重ねて懇願されては、立つ瀬もない。
アサギは申し出を渋々承諾することにした。
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