梯の皇子と夢語り

佐木 呉羽

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幼馴染みの安心感

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 アサギは着飾る全てから解放され、自室にと宛てがわれている部屋の天井を仰いだ。
 位が高い人達ばかりに囲まれるのが日常になるのかと思うと、かなり憂鬱だ。
 皇子の妻となっても、今までしてきた日常の仕事をしていたい。
 それは、許される願いだろうか。

「アサギ姫。日が暮れてまいりました。いつ皇子様がおいでになるか、分かりませんよ」
「あ~んっ初夜ですよ! あ~胸がドキドキしますわ」

 しっかり準備をしようとするマツに、夢見心地で心躍らせているチヨ。
 性質が異なる二人だが、そのあべこべ具合がアサギにはちょうどよかった。

「ねぇねぇ。姫は、皇子様のこと……どうお思いになったの?」
「こら、チヨ! そんな詮索するもんじゃないわ」

 たしなめるマツに、チヨは無邪気な笑みを向ける。

「あら! だって、大事なことよ。見た目が好ましくなければ、生理的に無理でしょ? 受け入れられないと、夫婦としてなんてやっていけないって、みんな言っていたわ」
「みんなって誰よ」
「妻木のみんなよ。旦那持ちのね」
「まぁ、耳年増ね」
「経験はなくても、知識は豊富なほうがいいじゃない? 姫様には、私がいろいろ伝授してさしあげますわ」

 マツと言い合っていたチヨが、キラキラとした眼差しをアサギに向けてくる。

「いや、遠慮しておく……」

 チヨの言うがままを真に受けてしまっては、品性を疑われかねない。

(まぁ……生理的に無理ではなかったかな)

 ヤマト族の皇子に対して上から目線ではあるとは思うが、アサギにしてみれば自分事で、人生の一大事なのだ。そのくらいの審査をしても、口に出さなければ怒られはしないだろう。

「でも、絶対に自分のことが大好きよ……あの皇子様は」
「まぁ! チヨってば……そんな思い込みは失礼よ。おやめなさい」

 またも窘めるマツに、チヨは食い下がる。

「だって、軽々しく姫の頬に触れるってどうなの? しかも、皆の目の前でよ。自分に自信がなきゃ、あんなふうに振る舞えないじゃない?」

 アサギは感触を思い出してしまい、皇子に撫でられた頬をゴシゴシと擦った。
 細い指にヒンヤリと冷たい手。ゴツゴツとしたマメだらけの手の平が、涼し気な表情に相応しくなかった。
 あのマメで固くなった手の平は、皇子の今までを象徴している。きっと、戦のために鍛錬を欠かしていないのだろう。

(ああいう手を……無骨な手って言うんだろうな)

 子供の頃は男の子も女の子も一緒に遊んだり、狩りや農作業に勤しんでいたけれど……初潮を迎えて大人の女性扱いをされるようになってから、男の手に触れることは無くなっていた。
そのせいで男性に対する免疫が無くなってしまったのか……触れられただけなのに、実はあのとき、鼓動が急速に速まっていたのだ。心臓が暴れだし、どうしようと密かに焦っていたのだけれど……あの場に一緒に居たマツにもチヨにも、誰にも気付かれていなかったらしい。
 触れる、という同じ行為でも、同性と異性ではまるで違う。どうしても意識をしてしまうのだ。
 それが、大人になるということだろうか。

(あぁ……心臓、落ち着け)

 今でも、思い出しただけで心臓がドキドキする。それとも、これからを考えてしまうから鼓動が落ち着かないのか。
 こんなことで、チヨがワクワクしている夫婦の初夜を乗り越えることができるのか……不安しかない。

「さぁ姫。男女の営みで不安なことがあれば、このチヨにお尋ねください! 技をいろいろ仕入れてきましたから」

 いつもなら引いてしまう発言も、今の心境からしたらなびいてしまいそうだ。

「おやめやさいチヨ! そのようなことを姫が知っていたら、反対に不審に思われてしまいますよ」
「それはそうかもだけど……でも! 知ってるのと知らないのじゃ全然違うって言うじゃない。事前の知識は必要よ」

 やいのやいのとマツとチヨが言い合う内容を聞いていると、だんだんゲンナリしてきた。
 アサギは溜め息と共に手を掲げ、もういいわ、と言い合いを遮る。

「ありがとう、二人共。気持ちだけ頂いておくわね」

 二人が心配してくれている気持ちも、ヒシヒシと伝わってくるのだから、無碍むげにはできない。
 マツとチヨは互いに顔を見合わせると、叱られた犬のようにシュンとした。

「申し訳ありません……。少し、はしゃぎ過ぎました」

 モジモジしながら、チヨが謝罪を口にする。
 私もです……と項垂れるマツ。
 アサギは苦笑を浮かべ、そんな二人に腕を回してギュッと抱き寄せた。
 二人は、とても温かくて柔らかい。

「マツとチヨが居てくれて、二人が思っている以上に私は心強いのよ」
「アサギちゃん……」
「ふふっ。チヨ、呼び方が戻っているわ」
「あ、ごめんなさい! アサギ姫」

 笑って指摘をすると、チヨは慌てて訂正した。

「私としては、今までどおりの呼び方でも気にしないんだけどな」
「いけません。ケジメはつけませんと、どこで足下をすくわれるか分かりませんわ」

 真面目な性格のマツは、程度の低いアサギの要望をピシャリと跳ね除ける。

「ふふっ。マツのそんなところも大好きよ」
「もう……姫」

 マツは困ったように眉を下げ、ポスッとアサギの肩に額を乗せた。

「なんで、ヤマト族の皇子に召し出されなければならなかったのかしら……。妻木で、一緒に楽しく暮らしていければ平穏だったかもしれないのに」

 チヨとマツは、アサギの背中に腕を回す。

「仕方ないわ。妻木の里のみんなが……平穏に暮らしていくためだもの」

 アサギは自分に言い聞かせるように、マツの問いに答える。でも内心では、一人残してきた母が心配でたまらない。
 頭領は母のことは任せろと言っていたけれど、もし体調を崩したら、もし怪我をしたらと負の思考に傾いてしまう。
 母と娘だけの時間が、長過ぎたのだ。
 アサギは不安を掻き消すように、一緒について来てくれた幼馴染みの二人をさらにギュッと抱き締めた。
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