4 / 46
幼馴染みの安心感
しおりを挟む
アサギは着飾る全てから解放され、自室にと宛てがわれている部屋の天井を仰いだ。
位が高い人達ばかりに囲まれるのが日常になるのかと思うと、かなり憂鬱だ。
皇子の妻となっても、今までしてきた日常の仕事をしていたい。
それは、許される願いだろうか。
「アサギ姫。日が暮れてまいりました。いつ皇子様がおいでになるか、分かりませんよ」
「あ~んっ初夜ですよ! あ~胸がドキドキしますわ」
しっかり準備をしようとするマツに、夢見心地で心躍らせているチヨ。
性質が異なる二人だが、そのあべこべ具合がアサギにはちょうどよかった。
「ねぇねぇ。姫は、皇子様のこと……どうお思いになったの?」
「こら、チヨ! そんな詮索するもんじゃないわ」
窘めるマツに、チヨは無邪気な笑みを向ける。
「あら! だって、大事なことよ。見た目が好ましくなければ、生理的に無理でしょ? 受け入れられないと、夫婦としてなんてやっていけないって、みんな言っていたわ」
「みんなって誰よ」
「妻木のみんなよ。旦那持ちのね」
「まぁ、耳年増ね」
「経験はなくても、知識は豊富なほうがいいじゃない? 姫様には、私がいろいろ伝授してさしあげますわ」
マツと言い合っていたチヨが、キラキラとした眼差しをアサギに向けてくる。
「いや、遠慮しておく……」
チヨの言うがままを真に受けてしまっては、品性を疑われかねない。
(まぁ……生理的に無理ではなかったかな)
ヤマト族の皇子に対して上から目線ではあるとは思うが、アサギにしてみれば自分事で、人生の一大事なのだ。そのくらいの審査をしても、口に出さなければ怒られはしないだろう。
「でも、絶対に自分のことが大好きよ……あの皇子様は」
「まぁ! チヨってば……そんな思い込みは失礼よ。おやめなさい」
またも窘めるマツに、チヨは食い下がる。
「だって、軽々しく姫の頬に触れるってどうなの? しかも、皆の目の前でよ。自分に自信がなきゃ、あんなふうに振る舞えないじゃない?」
アサギは感触を思い出してしまい、皇子に撫でられた頬をゴシゴシと擦った。
細い指にヒンヤリと冷たい手。ゴツゴツとしたマメだらけの手の平が、涼し気な表情に相応しくなかった。
あのマメで固くなった手の平は、皇子の今までを象徴している。きっと、戦のために鍛錬を欠かしていないのだろう。
(ああいう手を……無骨な手って言うんだろうな)
子供の頃は男の子も女の子も一緒に遊んだり、狩りや農作業に勤しんでいたけれど……初潮を迎えて大人の女性扱いをされるようになってから、男の手に触れることは無くなっていた。
そのせいで男性に対する免疫が無くなってしまったのか……触れられただけなのに、実はあのとき、鼓動が急速に速まっていたのだ。心臓が暴れだし、どうしようと密かに焦っていたのだけれど……あの場に一緒に居たマツにもチヨにも、誰にも気付かれていなかったらしい。
触れる、という同じ行為でも、同性と異性ではまるで違う。どうしても意識をしてしまうのだ。
それが、大人になるということだろうか。
(あぁ……心臓、落ち着け)
今でも、思い出しただけで心臓がドキドキする。それとも、これからを考えてしまうから鼓動が落ち着かないのか。
こんなことで、チヨがワクワクしている夫婦の初夜を乗り越えることができるのか……不安しかない。
「さぁ姫。男女の営みで不安なことがあれば、このチヨにお尋ねください! 技をいろいろ仕入れてきましたから」
いつもなら引いてしまう発言も、今の心境からしたらなびいてしまいそうだ。
「おやめやさいチヨ! そのようなことを姫が知っていたら、反対に不審に思われてしまいますよ」
「それはそうかもだけど……でも! 知ってるのと知らないのじゃ全然違うって言うじゃない。事前の知識は必要よ」
やいのやいのとマツとチヨが言い合う内容を聞いていると、だんだんゲンナリしてきた。
アサギは溜め息と共に手を掲げ、もういいわ、と言い合いを遮る。
「ありがとう、二人共。気持ちだけ頂いておくわね」
二人が心配してくれている気持ちも、ヒシヒシと伝わってくるのだから、無碍にはできない。
マツとチヨは互いに顔を見合わせると、叱られた犬のようにシュンとした。
「申し訳ありません……。少し、はしゃぎ過ぎました」
モジモジしながら、チヨが謝罪を口にする。
私もです……と項垂れるマツ。
アサギは苦笑を浮かべ、そんな二人に腕を回してギュッと抱き寄せた。
二人は、とても温かくて柔らかい。
「マツとチヨが居てくれて、二人が思っている以上に私は心強いのよ」
「アサギちゃん……」
「ふふっ。チヨ、呼び方が戻っているわ」
「あ、ごめんなさい! アサギ姫」
笑って指摘をすると、チヨは慌てて訂正した。
「私としては、今までどおりの呼び方でも気にしないんだけどな」
「いけません。ケジメはつけませんと、どこで足下をすくわれるか分かりませんわ」
真面目な性格のマツは、程度の低いアサギの要望をピシャリと跳ね除ける。
「ふふっ。マツのそんなところも大好きよ」
「もう……姫」
マツは困ったように眉を下げ、ポスッとアサギの肩に額を乗せた。
「なんで、ヤマト族の皇子に召し出されなければならなかったのかしら……。妻木で、一緒に楽しく暮らしていければ平穏だったかもしれないのに」
チヨとマツは、アサギの背中に腕を回す。
「仕方ないわ。妻木の里のみんなが……平穏に暮らしていくためだもの」
アサギは自分に言い聞かせるように、マツの問いに答える。でも内心では、一人残してきた母が心配でたまらない。
頭領は母のことは任せろと言っていたけれど、もし体調を崩したら、もし怪我をしたらと負の思考に傾いてしまう。
母と娘だけの時間が、長過ぎたのだ。
アサギは不安を掻き消すように、一緒について来てくれた幼馴染みの二人をさらにギュッと抱き締めた。
位が高い人達ばかりに囲まれるのが日常になるのかと思うと、かなり憂鬱だ。
皇子の妻となっても、今までしてきた日常の仕事をしていたい。
それは、許される願いだろうか。
「アサギ姫。日が暮れてまいりました。いつ皇子様がおいでになるか、分かりませんよ」
「あ~んっ初夜ですよ! あ~胸がドキドキしますわ」
しっかり準備をしようとするマツに、夢見心地で心躍らせているチヨ。
性質が異なる二人だが、そのあべこべ具合がアサギにはちょうどよかった。
「ねぇねぇ。姫は、皇子様のこと……どうお思いになったの?」
「こら、チヨ! そんな詮索するもんじゃないわ」
窘めるマツに、チヨは無邪気な笑みを向ける。
「あら! だって、大事なことよ。見た目が好ましくなければ、生理的に無理でしょ? 受け入れられないと、夫婦としてなんてやっていけないって、みんな言っていたわ」
「みんなって誰よ」
「妻木のみんなよ。旦那持ちのね」
「まぁ、耳年増ね」
「経験はなくても、知識は豊富なほうがいいじゃない? 姫様には、私がいろいろ伝授してさしあげますわ」
マツと言い合っていたチヨが、キラキラとした眼差しをアサギに向けてくる。
「いや、遠慮しておく……」
チヨの言うがままを真に受けてしまっては、品性を疑われかねない。
(まぁ……生理的に無理ではなかったかな)
ヤマト族の皇子に対して上から目線ではあるとは思うが、アサギにしてみれば自分事で、人生の一大事なのだ。そのくらいの審査をしても、口に出さなければ怒られはしないだろう。
「でも、絶対に自分のことが大好きよ……あの皇子様は」
「まぁ! チヨってば……そんな思い込みは失礼よ。おやめなさい」
またも窘めるマツに、チヨは食い下がる。
「だって、軽々しく姫の頬に触れるってどうなの? しかも、皆の目の前でよ。自分に自信がなきゃ、あんなふうに振る舞えないじゃない?」
アサギは感触を思い出してしまい、皇子に撫でられた頬をゴシゴシと擦った。
細い指にヒンヤリと冷たい手。ゴツゴツとしたマメだらけの手の平が、涼し気な表情に相応しくなかった。
あのマメで固くなった手の平は、皇子の今までを象徴している。きっと、戦のために鍛錬を欠かしていないのだろう。
(ああいう手を……無骨な手って言うんだろうな)
子供の頃は男の子も女の子も一緒に遊んだり、狩りや農作業に勤しんでいたけれど……初潮を迎えて大人の女性扱いをされるようになってから、男の手に触れることは無くなっていた。
そのせいで男性に対する免疫が無くなってしまったのか……触れられただけなのに、実はあのとき、鼓動が急速に速まっていたのだ。心臓が暴れだし、どうしようと密かに焦っていたのだけれど……あの場に一緒に居たマツにもチヨにも、誰にも気付かれていなかったらしい。
触れる、という同じ行為でも、同性と異性ではまるで違う。どうしても意識をしてしまうのだ。
それが、大人になるということだろうか。
(あぁ……心臓、落ち着け)
今でも、思い出しただけで心臓がドキドキする。それとも、これからを考えてしまうから鼓動が落ち着かないのか。
こんなことで、チヨがワクワクしている夫婦の初夜を乗り越えることができるのか……不安しかない。
「さぁ姫。男女の営みで不安なことがあれば、このチヨにお尋ねください! 技をいろいろ仕入れてきましたから」
いつもなら引いてしまう発言も、今の心境からしたらなびいてしまいそうだ。
「おやめやさいチヨ! そのようなことを姫が知っていたら、反対に不審に思われてしまいますよ」
「それはそうかもだけど……でも! 知ってるのと知らないのじゃ全然違うって言うじゃない。事前の知識は必要よ」
やいのやいのとマツとチヨが言い合う内容を聞いていると、だんだんゲンナリしてきた。
アサギは溜め息と共に手を掲げ、もういいわ、と言い合いを遮る。
「ありがとう、二人共。気持ちだけ頂いておくわね」
二人が心配してくれている気持ちも、ヒシヒシと伝わってくるのだから、無碍にはできない。
マツとチヨは互いに顔を見合わせると、叱られた犬のようにシュンとした。
「申し訳ありません……。少し、はしゃぎ過ぎました」
モジモジしながら、チヨが謝罪を口にする。
私もです……と項垂れるマツ。
アサギは苦笑を浮かべ、そんな二人に腕を回してギュッと抱き寄せた。
二人は、とても温かくて柔らかい。
「マツとチヨが居てくれて、二人が思っている以上に私は心強いのよ」
「アサギちゃん……」
「ふふっ。チヨ、呼び方が戻っているわ」
「あ、ごめんなさい! アサギ姫」
笑って指摘をすると、チヨは慌てて訂正した。
「私としては、今までどおりの呼び方でも気にしないんだけどな」
「いけません。ケジメはつけませんと、どこで足下をすくわれるか分かりませんわ」
真面目な性格のマツは、程度の低いアサギの要望をピシャリと跳ね除ける。
「ふふっ。マツのそんなところも大好きよ」
「もう……姫」
マツは困ったように眉を下げ、ポスッとアサギの肩に額を乗せた。
「なんで、ヤマト族の皇子に召し出されなければならなかったのかしら……。妻木で、一緒に楽しく暮らしていければ平穏だったかもしれないのに」
チヨとマツは、アサギの背中に腕を回す。
「仕方ないわ。妻木の里のみんなが……平穏に暮らしていくためだもの」
アサギは自分に言い聞かせるように、マツの問いに答える。でも内心では、一人残してきた母が心配でたまらない。
頭領は母のことは任せろと言っていたけれど、もし体調を崩したら、もし怪我をしたらと負の思考に傾いてしまう。
母と娘だけの時間が、長過ぎたのだ。
アサギは不安を掻き消すように、一緒について来てくれた幼馴染みの二人をさらにギュッと抱き締めた。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる