若き日の晴明、山中にて語らう妖。

佐木 呉羽

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共に歩む家路

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 蒼い瞳の白い小狐は、晴明に心を開いてくれるだろうか。
 寂しさという点については、同調している。

 小狐は、これからどうするつもりなのか。自害を考え、実行しようとしていたくらいなのだから、もう生には執着が無いのかもしれない。

「なぁ……もしよければ、俺と共に暮らさぬか?」

 晴明の提案に、また小狐は眉間と鼻の上にシワを刻む。

『頭にうじが湧いたか?』
「なぜ、そうなる」

 まぁ、脈絡は無く思われても仕方がない。
 苦笑している晴明に、小狐は警戒の色を滲ませた。

『俺と共に暮らしても、利点がなにもないだろう』
「利点があれば、考えてくれるのか?」

 小狐は『ぐ……ぅ』と言葉に詰まる。
 言葉に詰まるということは、嫌ではないと受け取ってしまってもいいだろう。
 晴明は、小狐に提案を続ける。

「俺が知る知識の中で判断すれば、そなたの容姿は……神から授けられた特別だ」
『俺が、特別?』

 信じられないと、小狐は頭を振った。

『ならば……特別ならば、なぜ除け者にされなければならなかったのだ。なぜこんな容姿で生まれてきてしまったのかと、恨まない日は無かった。大好きなおかーにも、苦労と迷惑をかけたのだ。俺がこんな容姿でなければ、他の狐達と協力して狩りもできただろうに。そうすれば……猟師に撃たれることもなかった!』
「知らぬとは、罪なことだな。本来ならば、狐を統べる王になっていても不思議ではないだろうに」

 晴明は小狐を抱き上げ、視線を合わせる。

「俺には、陰陽寮に入り、天文博士になるという目標がある。縁起のよいそなたが共に居てくれると心強いのだが、どうだ? 一度は捨てようと決めたその命。俺に預けぬか?」

 小狐は考えを巡らせているのか、晴明の真意を図ろうとしているのか、蒼い瞳を逸らさない。

『それは、お主に従うということか?』
「まぁ、そういう関係にはなるだろう」

 小狐は、また考え込む。

「住む場所と食事は保証しよう。どうだ? 生きてさえいれば、楽しいと思えることが、心を震わせて感動するなにかが待っているやもしれぬ」

 晴明は、小狐の頭を撫でる。

「俺と共に暮らしてみて、それでもまだ死にたいのであれば、そのときは……止めないかもしれないし、止めるかもしれない」

 小狐は、フッと小さく笑う。

『なんだそれは。ずいぶんと勝手ではないか』
「そういうほうが、図太く生きられるのさ」

 どうだ? と晴明は続けた。

「除け者にされた経験がある、寂しいモノ同士。共に暮らそうではないか」

 微笑を浮かべる晴明に、小狐はフンと鼻を鳴らす。

『そこまで言うなら、お主のために共に暮らしてやらんでもない』

 尊大な物言いと、微かに揺れる尻尾。きっと、嬉しいのだろう。

「では、そうしてもらおうかな」

 晴明が応じると、小狐は初めて嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ときに、名はあるか?」
『名は、ある。おかーから坊やと呼ばれていた』
「う~ん。それは、ちょっと違うかなぁ」
『そう、なのか?』

 キョトンとする小狐の耳が不安げに下がる。

「よし。俺が新たに名付けよう。新たな名で、心機一転するといい」
『どんな名だ? 気に入る名をつけてくれ』

 名をもらうことに前向きな小狐は、嬉しそうに尻尾を振った。

「そうだな……」

 いざ名付けるとなると、なにがいいのか迷ってしまう。

白蒼ハクソウはどうだ? 白に蒼と書く。名は体を表すが、美しいだろう」
『白蒼……』

 蒼い瞳に輝きが宿る。

『よいと思う。白蒼……』
「気に入ってくれたのなら、よかった」

 白蒼は、自分を抱き上げている晴明を見つめた。

『そなたの名は、なんと言うのだ?』

 白蒼のような存在に、真の名を告げてはならない。魂を掌握されてしまうから。
 だが、思惑どおりに、小狐を名で縛ることはできた。喜んでいるから、少しだけ心苦しくはあるが……まあいいだろう。

 腹で考えている内容とは裏腹に、晴明は微笑と共に答えた。

「名は晴明セイメイ。安倍晴明だ」
『晴明、か……』

 覚え込むように、何度も晴明と口に出す。
 白蒼はニカッと笑い、今までで一番の笑顔を見せた。

『晴明! これから、俺に尽くせよ』
「白蒼。お前が俺に尽くすのだ。俺の従者となれ」
『ああ! 任せておけ』

 白蒼が威勢よく答えると、全身が淡い光に包まれる。

(これで、契約成立だ)

 名を与え、命令に応じた。

(さて……これから、どんな働きをしてくれるのか楽しみだ)

 白蒼を地面に戻し、晴明は顎に手を添える。

「ところで。白蒼は化けられるのか?」
『人の姿にか? 造作もないことぞ』

 クルリと宙返りをひとつすれば、女児の姿に変じた。しかし髪色は白く、瞳の色は蒼いまま。

(まぁ、そこは影響が残るだろうな)

 だが、しかし。

「お前、雌だったか?」
『おかーが、人間に化けるなら幼い女子おなごのほうが優しくしてもらえると教えてくれた』
「なるほど、そういうことか……」

 晴明は眉間を揉み、小さな溜め息を吐いた。

「これからは俺の従者となるのだから、女児では困る。男児にはなれぬか?」
『なれる』

 もう一度、宙返りをひとつ。
 水干姿の男子おのこに変じた。相変わらず髪色は白く、瞳の色は蒼い。
 晴明は頷いた。

「うん。いいだろう。上出来だ」
『よし! ならば、早く晴明の屋敷へ行こう。腹が減ってかなわぬ』
「さっきまで死のうと考えていたヤツが、腹が空いたもへったくれもあるか」
『生きるとは、そういうことだ』
「まぁ、そうだが」

 白蒼は晴明の手を引き、早く行こうと急かして歩き始める。
 繋いだ手は、晴明の手と比べて何回りも小さい。人の子にすれば、五歳か六歳くらいだろうか。

(小さいな……そりゃ、絶望もするだろう)

 人の姿に変じても、髪と瞳の色がこれでは、待ち受ける境遇は同じかもしれない。
 でも、これから白蒼には晴明が居る。少しは、心の支えになれるかもしれない。悪しきほうへ堕ちてしまわぬように、気を付けなければ。

『のぅ、晴明』

 白蒼の呼びかけに「なんだ?」と応じる。すると白蒼は、狐の姿に戻って軽やかに飛び跳ねると、晴明の肩の上に乗った。

『俺を従者にするのだ。必ず出世しろよ!』
「ふん。任せておけ。何十年かかろうと、必ず天文博士になってみせるさ」

 まずは、なにから始めよう。宿直明けの頭は、そろそろ考えることを放棄したがっている。

(寝て、起きてから考えることにしよう)

 肩に乗る白蒼の温かさが心地よい。
 山を抜け、家路に着く。
 晴明の心にポッカリ開いた穴は未だに埋まらないけれど……白蒼を得たからか、今日は、ぐっすりと眠られそうだ。



【終】
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