6 / 37
ウサギの耳
しおりを挟む
紫色の衣から、白い衣に着替えたツクヨミが祭壇の前に立っている。
陽菜は儀式の邪魔にならないように、遠く離れた縁側に腰掛けていた。
ツクヨミの姿は見えるけど、声は届かない。それくらいの距離。
セツが居たら「もっと近くで!」と前に押し出されそうだけど、陽菜にとってはこれくらいがちょうどよかった。
(やっぱり、ツクヨミ様は神様なんだ……)
一緒に餅つきをしていたときと今では、ツクヨミの雰囲気がまるで違う。
清楚で、神秘的で、神々しくて。今のほうが、イメージしているとおりの神様だ。
畏れ多くて、近寄りがたい。そんな神様を陽菜は、実際に今この瞬間、目の当たりにしている。
(なんか、変な感じ)
餅とり粉をつけていたにもかかわらず、少し火傷をして薄(うっす)ら赤くなってしまった手の平に視線を落とす。
ウサギの耳をした精霊達と、神であるツクヨミと、一緒に餅つきをしたなんて話を誰が信じてくれるだろう。
家に帰って家族に話したとしても、夢でも見ていたんだろうと、笑われて一蹴されてしまうに違いない。
(夢……なのかな)
目が覚めたら布団の中で、実はススキを摘みに行く途中で眠ってしまい、祖母におんぶされて家に帰っていたとか……そんなオチではないだろうか。
頬をつねってみると、痛い。痛みがあれば、夢ではないらしい。
(じゃあ、やっぱり……私が見ている今の世界は、本当なんだろうな)
祭壇の正面には、宝石みたいな地球が見える。
(本当なんだとしたら、ここって……やっぱり月で、宇宙なのかな)
ここが本当に月ならば、普通に呼吸はできないだろう。
でも、息はできる。重力の差も感じない。水があるし、建物も建っている。
地球の、陽菜が暮らしている世界となにひとつ違わないのは、ここがセツの言うコッチの世界だからだろうか。
「なんで、コッチの世界に来ちゃったんだろうなぁ」
ただ走って、ススキの原に駆け込んだだけなのに。
タイミングが合って、というようなことを……セツはツクヨミに言っていた。
(ただタイミングが合うだけで、こんな場所に来ちゃうなんてな~)
セツに出会えたからよかったものの、そうでなければ、今頃どうしていたのか見当がつかない。
でも確実に言えることとすれば、間違いなく、あの道で途方にくれていたということ。
多分コッチの世界には、妖みたいな惑わそうとする悪い存在も居るだろうし……出会えたのが、セツでよかった。
セツだったから、ツクヨミの元へ連れて来てもらえて、帰る道筋を作ってもらえるのだから。
(私は、ツイてる。運がいい)
なにより、この体験は宝だと思う。
神という存在を見て、言葉を交わし、一緒に餅つきまでしたのだ。
人に話しても信じてはくれないだろうけど、心の中にずっと残っていく、とても貴重な陽菜だけの実体験だ。
祭壇の前でツクヨミが礼をし、何事か言葉を述べている様子を黙って眺めた。
池の水面には、地球が映り込む。
空に浮かぶ地球と水面に映る地球の間が、一筋の光で結ばれた。
(凄い……幻想的)
両手の親指と人差し指で枠を作り、見ている空間を切り取る。
カメラを手にしていれば、今この瞬間、この光景を残すことができたのに。
(私の目が、カメラにならないかな)
絵心があれば、もしかしたら、この場面を覚えておいて描くことができるかもしれない。でも陽菜には、そんな技術も画力も無かった。
残念……と呟き、陽菜は手を下ろす。
微かに、ツクヨミの声が風に乗って聞こえてきた。
ツクヨミの言葉は、祝詞を奏上したアッチの世界の人達に向けられたもの。
今コッチの世界に居る陽菜が聞いてはいけない。そんな気がする。
両手を耳に当て、穏やかなツクヨミの声を遮断する。
目蓋を閉じると、静寂が訪れた。
(これで目を開けたら、アッチの世界に戻ってないかな)
ほんの少しの期待を込めて、目蓋を持ち上げる。
すると、空に浮かぶ地球と水面に映る地球を結んでいた光の筋が、どんどん膨らんでいく。袋が限界にまで達して破裂したように、光の粒子が一面に飛び散った。
「うあっ」
大風が吹き抜けるように、光の粒子が駆けて行く。
しばらくして風が止み、顔を守っていた手を退けた。
なにか異変がないか、自分の体を観察する。見た目の変化はなにもない。だけど、少しだけ頭がムズムズする。
なんだろう? と不審に思い、指の先で触れてみた。柔らかな手触りで、長い物が伸びている。
(これって、まさか……)
慌てて両手で触り、頭から伸びている物の全体像を手の平で確認する。鏡を見ているわけではないから、確証はない。でも……。
「ウサ耳だ」
陽菜の頭に、セツ達と同じウサギの耳が生えていた。
陽菜は儀式の邪魔にならないように、遠く離れた縁側に腰掛けていた。
ツクヨミの姿は見えるけど、声は届かない。それくらいの距離。
セツが居たら「もっと近くで!」と前に押し出されそうだけど、陽菜にとってはこれくらいがちょうどよかった。
(やっぱり、ツクヨミ様は神様なんだ……)
一緒に餅つきをしていたときと今では、ツクヨミの雰囲気がまるで違う。
清楚で、神秘的で、神々しくて。今のほうが、イメージしているとおりの神様だ。
畏れ多くて、近寄りがたい。そんな神様を陽菜は、実際に今この瞬間、目の当たりにしている。
(なんか、変な感じ)
餅とり粉をつけていたにもかかわらず、少し火傷をして薄(うっす)ら赤くなってしまった手の平に視線を落とす。
ウサギの耳をした精霊達と、神であるツクヨミと、一緒に餅つきをしたなんて話を誰が信じてくれるだろう。
家に帰って家族に話したとしても、夢でも見ていたんだろうと、笑われて一蹴されてしまうに違いない。
(夢……なのかな)
目が覚めたら布団の中で、実はススキを摘みに行く途中で眠ってしまい、祖母におんぶされて家に帰っていたとか……そんなオチではないだろうか。
頬をつねってみると、痛い。痛みがあれば、夢ではないらしい。
(じゃあ、やっぱり……私が見ている今の世界は、本当なんだろうな)
祭壇の正面には、宝石みたいな地球が見える。
(本当なんだとしたら、ここって……やっぱり月で、宇宙なのかな)
ここが本当に月ならば、普通に呼吸はできないだろう。
でも、息はできる。重力の差も感じない。水があるし、建物も建っている。
地球の、陽菜が暮らしている世界となにひとつ違わないのは、ここがセツの言うコッチの世界だからだろうか。
「なんで、コッチの世界に来ちゃったんだろうなぁ」
ただ走って、ススキの原に駆け込んだだけなのに。
タイミングが合って、というようなことを……セツはツクヨミに言っていた。
(ただタイミングが合うだけで、こんな場所に来ちゃうなんてな~)
セツに出会えたからよかったものの、そうでなければ、今頃どうしていたのか見当がつかない。
でも確実に言えることとすれば、間違いなく、あの道で途方にくれていたということ。
多分コッチの世界には、妖みたいな惑わそうとする悪い存在も居るだろうし……出会えたのが、セツでよかった。
セツだったから、ツクヨミの元へ連れて来てもらえて、帰る道筋を作ってもらえるのだから。
(私は、ツイてる。運がいい)
なにより、この体験は宝だと思う。
神という存在を見て、言葉を交わし、一緒に餅つきまでしたのだ。
人に話しても信じてはくれないだろうけど、心の中にずっと残っていく、とても貴重な陽菜だけの実体験だ。
祭壇の前でツクヨミが礼をし、何事か言葉を述べている様子を黙って眺めた。
池の水面には、地球が映り込む。
空に浮かぶ地球と水面に映る地球の間が、一筋の光で結ばれた。
(凄い……幻想的)
両手の親指と人差し指で枠を作り、見ている空間を切り取る。
カメラを手にしていれば、今この瞬間、この光景を残すことができたのに。
(私の目が、カメラにならないかな)
絵心があれば、もしかしたら、この場面を覚えておいて描くことができるかもしれない。でも陽菜には、そんな技術も画力も無かった。
残念……と呟き、陽菜は手を下ろす。
微かに、ツクヨミの声が風に乗って聞こえてきた。
ツクヨミの言葉は、祝詞を奏上したアッチの世界の人達に向けられたもの。
今コッチの世界に居る陽菜が聞いてはいけない。そんな気がする。
両手を耳に当て、穏やかなツクヨミの声を遮断する。
目蓋を閉じると、静寂が訪れた。
(これで目を開けたら、アッチの世界に戻ってないかな)
ほんの少しの期待を込めて、目蓋を持ち上げる。
すると、空に浮かぶ地球と水面に映る地球を結んでいた光の筋が、どんどん膨らんでいく。袋が限界にまで達して破裂したように、光の粒子が一面に飛び散った。
「うあっ」
大風が吹き抜けるように、光の粒子が駆けて行く。
しばらくして風が止み、顔を守っていた手を退けた。
なにか異変がないか、自分の体を観察する。見た目の変化はなにもない。だけど、少しだけ頭がムズムズする。
なんだろう? と不審に思い、指の先で触れてみた。柔らかな手触りで、長い物が伸びている。
(これって、まさか……)
慌てて両手で触り、頭から伸びている物の全体像を手の平で確認する。鏡を見ているわけではないから、確証はない。でも……。
「ウサ耳だ」
陽菜の頭に、セツ達と同じウサギの耳が生えていた。
0
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる