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357.これまで、俺に分からないことなどなかった。一メートル先に座っているケンゴの腹の中が、俺に分からないのは?
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「新人くんの、新人を言い訳にできる期間を過ぎていたね。」
とケンゴ。
「薹が立った俺が未熟者だから教育をつけてやった、と言いたいのか?」
経験がないのだから、新人で構わないのではないか?
「新人の教育担当者の業務は、新人に教育をつけるだけでは足りないんだよ、新人くん。」
とケンゴ。
突っかかりたいわけではないが、ケンゴの言い方が引っかかる。
「研修が終わる頃には、経験がない新人を使い物になる新人にしないと。
現場に配属できないレベルの新人なんて現場に回してもね。」
とケンゴ。
ケンゴの話は一般論のはずだが、話のくだりから、俺に対するあてこすりに聞こえて仕方がない。
「現場に回せる人材育成か。
公安の新人研修を俺に適用したのか?」
「新人くんは、公安希望かい?」
ケンゴは、ストレートに球を投げてきた。
「ケンゴやカガネと話をしていて、公安をやろうという気にならない俺は、公安に向いていない。」
「新人くんは、自分が向いていないと思うのかい?」
とケンゴ。
「組織の一員でいることは、俺の性に合わない。」
「自由度は低くない。」
俺は、今、ケンゴの新人研修の最終段階にいる。
新人歓迎会で俺の指導役だった北白川サナは、クビになって、もういない。
最初にクビになることが決まっている指導役の北白川サナを新人の俺につけて、指導役がクビになるところまで見せるのが、新人研修か?
ケンゴから合格を引き出さなくては、正義が勝たないデスゲームから脱出できない。
そう確信した俺は、背筋を伸ばした。
「向き不向きがある働き方であることは否定しない。
その上でどうだい?」
とケンゴ。
「人生において、公安にスカウトされる瞬間が訪れるとは思わなかった。」
「で、どうだい?」
とケンゴ。
畳み掛けることまではしなくても、はっきり拒否するまでは誘うのを止めないか。
「公安で働く気はない。
俺がしたいことは、公安に入ってすることではない。」
俺は、きっぱりと断った。
俺が誘いを断っても、ケンゴには気にした様子がない。
最初から、断られることを前提で確認の意味で聞いていたのか?
「新人くんは、強制的にであっても、人生経験が増えたら増えた分だけ、自らの可能性を広げられるね。」
とケンゴ。
俺の脳裏には、嫌な可能性が横切った。
「正義が勝たないデスゲームでの人生経験は、十分積んだと俺は思う。」
俺の人生経験を増やすために、正義が勝たないデスゲームへ逆戻りさせる、などという決断はされたくない。
「新人くんのその素直さは、評価しているよ。」
とケンゴ。
ケンゴのにこやかさを見ていると、警戒心が高まる。
「研修の甲斐はあったか?」
「どうだろうね。」
とケンゴは、不敵に笑う。
どちらだ?
俺は、ケンゴの顔だけでなく、全身を見る。
分からない。
見当もつかない。
俺は、不敵に笑うケンゴから情報を読み取ろうとして苦戦している。
答えが導き出せなくて頭を悩ませた経験など、俺にはない。
いや、なかった、だ。
正確には。
誰が何を考えていようが、何を悩んでいようが。
これまで、俺が気にかけてやる必要はなかった。
正解の道筋を示して、ぐだぐだ言わせる前に引きずっていけば、ぐだぐだ言いながらついてくる。
ぐだぐだ言うやつは、ぐだぐだ言うのが標準装備だから、相手にする必要はない。
ぐだぐだ言うやつは、成果を出すときに末席にでもいさせてやれば、黙る。
ぐだぐだ言うやつは、ぐだぐだ言うことに能力を全振りしている。
ぐだぐだ言うやつのうち、俺が引きずっても何もしないやつは、捨ててきた。
俺と話をするやつは、だいたい俺の機嫌を伺ってくる。
もしくは、高圧的に命令してくる。
または、優しさを出し惜しみすることを責め立ててくる。
俺は、俺の周りにいる有象無象の中に話す価値があるやつは、ずっといなかった。
一人を除いて。
俺が認識して、顔を見て、まともに話そうと思ったやつは、大学で出会った。
佐竹ハヤトだけは、話が通じた。
思考とその先を含めて。
俺が本音を打ち明けたのは。
もういない、たった一人だけだ。
俺とケンゴの距離は、狭い机を挟んで一メートルほど。
俺は、一メートル先にいる男が何を考えているのか、さっぱり分からない。
俺の将来に関わる決定権を握っている男の顔を見ても。
不敵に笑っているという印象しか持てない俺は。
ケンゴが、いくら訓練を積んでいたとしても。
ケンゴに手も足も出ず、そのことを悔しがっていると知られまいと気を張るしかない。
俺の苦境の原因は、自分で分かっている。
俺は、人付き合いをしてこなかった。
人付き合いをすることに見切りをつけたのは、俺だ。
俺に見切りをつけさせたのは、俺の周囲だ。
原因が分かっていても、対策が立てられないのなら。
俺は失地を挽回できない。
俺の人生経験の不足は、こういう場面で、今後、俺の足を引っ張ってくるかもしれないということさえ。
自覚できてしまう。
だから。
悔しい。
ケンゴの腹の中が分からないことが、悔しい。
ケンゴの腹の中が分からないことに対して、何の手も打てない俺自身が、悔しい。
「新人くん。そんなに握りしめて痛くないかい?」
とケンゴ。
ケンゴにからかうように指摘されるまで。
俺は、膝に置いていた両手を握りしめていたことに気付いていなかった。
くそ。
舌打ちしたい気分だ。
ケンゴの前で、わざわざ舌打ちなどしないが。
俺の左右にいるメグたんとツカサ。
部屋の出入り口の脇にいるカガネ。
三人が移動しないのは、俺の面談がまだ終わっていないから。
ケンゴは、新人研修が終了した合図を三人に出していない。
俺は、まだ、ケンゴの前で気を抜くわけにはいかない。
とケンゴ。
「薹が立った俺が未熟者だから教育をつけてやった、と言いたいのか?」
経験がないのだから、新人で構わないのではないか?
「新人の教育担当者の業務は、新人に教育をつけるだけでは足りないんだよ、新人くん。」
とケンゴ。
突っかかりたいわけではないが、ケンゴの言い方が引っかかる。
「研修が終わる頃には、経験がない新人を使い物になる新人にしないと。
現場に配属できないレベルの新人なんて現場に回してもね。」
とケンゴ。
ケンゴの話は一般論のはずだが、話のくだりから、俺に対するあてこすりに聞こえて仕方がない。
「現場に回せる人材育成か。
公安の新人研修を俺に適用したのか?」
「新人くんは、公安希望かい?」
ケンゴは、ストレートに球を投げてきた。
「ケンゴやカガネと話をしていて、公安をやろうという気にならない俺は、公安に向いていない。」
「新人くんは、自分が向いていないと思うのかい?」
とケンゴ。
「組織の一員でいることは、俺の性に合わない。」
「自由度は低くない。」
俺は、今、ケンゴの新人研修の最終段階にいる。
新人歓迎会で俺の指導役だった北白川サナは、クビになって、もういない。
最初にクビになることが決まっている指導役の北白川サナを新人の俺につけて、指導役がクビになるところまで見せるのが、新人研修か?
ケンゴから合格を引き出さなくては、正義が勝たないデスゲームから脱出できない。
そう確信した俺は、背筋を伸ばした。
「向き不向きがある働き方であることは否定しない。
その上でどうだい?」
とケンゴ。
「人生において、公安にスカウトされる瞬間が訪れるとは思わなかった。」
「で、どうだい?」
とケンゴ。
畳み掛けることまではしなくても、はっきり拒否するまでは誘うのを止めないか。
「公安で働く気はない。
俺がしたいことは、公安に入ってすることではない。」
俺は、きっぱりと断った。
俺が誘いを断っても、ケンゴには気にした様子がない。
最初から、断られることを前提で確認の意味で聞いていたのか?
「新人くんは、強制的にであっても、人生経験が増えたら増えた分だけ、自らの可能性を広げられるね。」
とケンゴ。
俺の脳裏には、嫌な可能性が横切った。
「正義が勝たないデスゲームでの人生経験は、十分積んだと俺は思う。」
俺の人生経験を増やすために、正義が勝たないデスゲームへ逆戻りさせる、などという決断はされたくない。
「新人くんのその素直さは、評価しているよ。」
とケンゴ。
ケンゴのにこやかさを見ていると、警戒心が高まる。
「研修の甲斐はあったか?」
「どうだろうね。」
とケンゴは、不敵に笑う。
どちらだ?
俺は、ケンゴの顔だけでなく、全身を見る。
分からない。
見当もつかない。
俺は、不敵に笑うケンゴから情報を読み取ろうとして苦戦している。
答えが導き出せなくて頭を悩ませた経験など、俺にはない。
いや、なかった、だ。
正確には。
誰が何を考えていようが、何を悩んでいようが。
これまで、俺が気にかけてやる必要はなかった。
正解の道筋を示して、ぐだぐだ言わせる前に引きずっていけば、ぐだぐだ言いながらついてくる。
ぐだぐだ言うやつは、ぐだぐだ言うのが標準装備だから、相手にする必要はない。
ぐだぐだ言うやつは、成果を出すときに末席にでもいさせてやれば、黙る。
ぐだぐだ言うやつは、ぐだぐだ言うことに能力を全振りしている。
ぐだぐだ言うやつのうち、俺が引きずっても何もしないやつは、捨ててきた。
俺と話をするやつは、だいたい俺の機嫌を伺ってくる。
もしくは、高圧的に命令してくる。
または、優しさを出し惜しみすることを責め立ててくる。
俺は、俺の周りにいる有象無象の中に話す価値があるやつは、ずっといなかった。
一人を除いて。
俺が認識して、顔を見て、まともに話そうと思ったやつは、大学で出会った。
佐竹ハヤトだけは、話が通じた。
思考とその先を含めて。
俺が本音を打ち明けたのは。
もういない、たった一人だけだ。
俺とケンゴの距離は、狭い机を挟んで一メートルほど。
俺は、一メートル先にいる男が何を考えているのか、さっぱり分からない。
俺の将来に関わる決定権を握っている男の顔を見ても。
不敵に笑っているという印象しか持てない俺は。
ケンゴが、いくら訓練を積んでいたとしても。
ケンゴに手も足も出ず、そのことを悔しがっていると知られまいと気を張るしかない。
俺の苦境の原因は、自分で分かっている。
俺は、人付き合いをしてこなかった。
人付き合いをすることに見切りをつけたのは、俺だ。
俺に見切りをつけさせたのは、俺の周囲だ。
原因が分かっていても、対策が立てられないのなら。
俺は失地を挽回できない。
俺の人生経験の不足は、こういう場面で、今後、俺の足を引っ張ってくるかもしれないということさえ。
自覚できてしまう。
だから。
悔しい。
ケンゴの腹の中が分からないことが、悔しい。
ケンゴの腹の中が分からないことに対して、何の手も打てない俺自身が、悔しい。
「新人くん。そんなに握りしめて痛くないかい?」
とケンゴ。
ケンゴにからかうように指摘されるまで。
俺は、膝に置いていた両手を握りしめていたことに気付いていなかった。
くそ。
舌打ちしたい気分だ。
ケンゴの前で、わざわざ舌打ちなどしないが。
俺の左右にいるメグたんとツカサ。
部屋の出入り口の脇にいるカガネ。
三人が移動しないのは、俺の面談がまだ終わっていないから。
ケンゴは、新人研修が終了した合図を三人に出していない。
俺は、まだ、ケンゴの前で気を抜くわけにはいかない。
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